寝たきり・独居・発熱と下痢―体の「水」が尽きかけたとき腎臓が出すサイン
第106回医師国家試験 F問題 第20問
国試問題にチャレンジ
70歳の女性。1人暮らし。5日前からの発熱と下痢とを主訴に,往診の依頼があった。2年前に大腿骨頸部骨折を受傷して以来,自宅で寝たきりになっている。意識は清明。体温38.0℃。脈拍104/分,整。血圧86/50 mmHg。呼吸数24/分。 この患者で認める可能性が高いのはどれか。
- a.黄疸
- b.腹水
- c.乏尿
- d.甲状腺腫大
- e.外頸静脈怒張
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
発熱と下痢が続く寝たきり・独居の高齢者は、水分とNaの喪失に加えて自力での飲水が難しく、脱水に陥りやすい状態です。低血圧と頻脈は循環血液量減少に対する代償反応であり、腎血流とGFRの低下、RAA系やADHによるNa・水の再吸収亢進から腎前性の乏尿(1日尿量400 mL未満)をきたします。腎前性では尿中Na低値、FENa 1%未満、BUN/Cr比上昇が特徴で、放置すると急性尿細管壊死へ進展しうるため早期の補液が重要です。黄疸・腹水・甲状腺腫大・頸静脈怒張はそれぞれ肝胆道疾患、体液貯留、甲状腺疾患、右房圧上昇を示す所見で、脱水ではむしろ頸静脈は虚脱します。生活背景とバイタルサインから病態を推論し、出現しうる所見を予測する力は、検査に頼れない在宅医療や救急の現場で特に役立ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・70歳女性、1人暮らし。2年前の大腿骨頸部骨折以来、自宅で寝たきり。 ・5日前から発熱と下痢が続いている。 ・意識は清明。体温38.0℃、脈拍104/分(頻脈)、血圧86/50 mmHg(低血圧)、呼吸数24/分(頻呼吸)。
病態の評価
5日間の下痢で消化管から水とNaが失われ、発熱に伴う発汗や不感蒸泄の増加でも水分が失われている。一方、寝たきりで1人暮らしのため、自分で水を取りに行ったり十分に飲んだりすることが難しく、失った分を補えない。さらに高齢者は口渇感が鈍く、体内の水分量(特に筋肉量の減少による細胞内液量)ももともと少ないため、脱水に陥りやすい。 低血圧と頻脈は、脱水によって循環血液量が減少し、心拍数を上げて心拍出量を保とうとしている状態(代償反応)を示しており、循環血液量減少によるショックに近い状態と考えられる。発熱と下痢の原因としてはまず感染性腸炎が考えられ、頻呼吸と低血圧を伴うことから敗血症への進展にも注意が必要である。
設問の考え方
循環血液量が減ると腎血流量と糸球体濾過量が低下し、同時にレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系や抗利尿ホルモン(ADH:antidiuretic hormone、バソプレシン)の作用でNaと水の再吸収が亢進するため、尿量が減少する(腎前性の乏尿)。したがって、この患者で最も認める可能性が高いのは乏尿である。他の選択肢は、脱水とは別の病態(肝胆道疾患、腹膜・門脈圧亢進、甲状腺疾患、右心不全など)を示す所見であり、本例の経過から積極的に予想されるものではない。
選択肢考察
- ×a. 黄疸
誤り。黄疸は血中ビリルビンの上昇により皮膚や眼球結膜が黄染する所見で、肝細胞障害、胆道閉塞、溶血などでみられる。発熱を伴う黄疸では急性胆管炎などを考えるが、その場合は右季肋部痛や腹部の圧痛を伴うことが多い。本例は下痢が主症状で腹痛などの記載もなく、黄疸を予想させる所見はない。
- ×b. 腹水
誤り。腹水は肝硬変(門脈圧亢進・低アルブミン血症)、ネフローゼ症候群、心不全、癌性腹膜炎、細菌性腹膜炎などでみられる。感染が腹膜に波及した腹膜炎では強い腹痛・圧痛や筋性防御を伴うが、本例にはそのような記載がない。むしろ本例は体液量が減少した状態であり、腹水がたまる病態とは合わない。
- ○c. 乏尿
正しい。乏尿は1日尿量が400 mL未満(目安として0.5 mL/kg/時未満)に減少した状態である。下痢・発熱による水分喪失と飲水不足から脱水となり、循環血液量が減少している本例では、腎血流量と糸球体濾過量が低下する。加えて、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活性化によるNa再吸収亢進と、ADH分泌亢進による集合管での水再吸収亢進が起こり、濃縮された少量の尿しか出なくなる。これは腎前性急性腎障害の所見でもあり、尿比重・尿浸透圧の上昇、尿中Na濃度の低下、BUN/Cr比の上昇(20以上)などを伴う。
- ×d. 甲状腺腫大
誤り。甲状腺腫大はバセドウ病、橋本病、亜急性甲状腺炎、甲状腺腫瘍などでみられる。甲状腺機能亢進症でも発熱・下痢・頻脈を起こし、甲状腺クリーゼでは高熱や意識障害を伴うことがあるが、その場合は著しい頻脈、手指振戦、発汗過多、脈圧の開大、眼球突出などの手掛かりがあるはずである。本例には甲状腺疾患を示唆する所見がなく、長期臥床と飲水困難のある高齢者の発熱・下痢に伴う脱水として説明できる。
- ×e. 外頸静脈怒張
誤り。頸静脈怒張は右房圧(中心静脈圧)の上昇を反映する所見で、右心不全、心タンポナーデ、収縮性心膜炎、緊張性気胸、上大静脈症候群などでみられる。脱水で循環血液量が減少している本例では中心静脈圧は低下し、頸静脈はむしろ虚脱して見えにくくなる。
高齢者が脱水に陥りやすい理由
・筋肉量の減少により体内総水分量が少ない(特に細胞内液が減る)。 ・口渇中枢の感受性が低下し、喉の渇きを自覚しにくい。 ・腎の尿濃縮能が低下し、水分を保持しにくい。 ・ADL(日常生活動作)の低下、認知機能障害、嚥下障害などで自力での飲水が難しい。夜間頻尿を嫌って飲水を控えることもある。 ・利尿薬などの内服薬の影響。 本例のように寝たきりで1人暮らしの高齢者は、介護・生活環境の面からも特に脱水の危険が高い。
脱水の主な身体所見
・口腔粘膜・腋窩の乾燥、皮膚ツルゴール(皮膚の張り)の低下、毛細血管再充満時間の延長。 ・頻脈、起立性低血圧、さらに進むと低血圧・ショック。 ・頸静脈の虚脱、体重減少。 ・尿量の減少(乏尿)、濃縮尿。 ・高度になると意識障害。
乏尿・無尿の定義と分類
・乏尿:1日尿量400 mL未満。無尿:1日尿量100 mL未満。多尿:1日尿量がおおむね2,500〜3,000 mLを超える状態。 ・急性腎障害(AKI)の原因は、腎前性(脱水・出血・心不全などによる腎血流低下)、腎性(急性尿細管壊死、糸球体腎炎、間質性腎炎など)、腎後性(尿路閉塞)に分ける。 ・腎前性では尿細管機能が保たれるため、尿中Na濃度が低く(20 mEq/L未満)、Na排泄分画(FENa)が1%未満、尿浸透圧が高い。腎前性の状態が長く続くと急性尿細管壊死に進展しうるため、早期の補液が重要である。
本例への対応の考え方
細胞外液補充液(生理食塩液、乳酸リンゲル液など)による補液を行い、血圧・脈拍・尿量の改善を確認する。あわせて血液検査(電解質、BUN、Cr、炎症反応)や便・血液培養で原因と重症度を評価する。頻呼吸と低血圧を伴う感染症であり、敗血症の可能性を念頭に、入院での治療を検討する。
POINT
・発熱・下痢が続く寝たきり・独居の高齢者は、水分喪失と飲水困難から脱水をきたしやすい。 ・脱水による循環血液量減少では、低血圧・頻脈・頸静脈虚脱・乏尿がみられる。 ・乏尿は1日尿量400 mL未満。脱水による乏尿は腎前性で、尿中Na低値・FENa 1%未満・BUN/Cr比上昇が特徴。 ・頸静脈怒張は右房圧上昇(右心不全など)の所見であり、脱水ではむしろ虚脱する。
