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お酒が奪うビタミンB1―Wernicke脳症とKorsakoff症候群、似た名前の中から病因で見抜く

第106回医師国家試験 D問題 第15問

国試問題にチャレンジ

第106回 D問題 第15問

アルコール依存症と関係があるのはどれか。2つ選べ。

  1. a.Leigh脳症
  2. b.Wernicke脳症
  3. c.Korsakoff症候群
  4. d.Kartagener症候群
  5. e.Lambert-Eaton症候群

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、アルコール依存症に関係する疾患を選ぶ問題だ。選択肢には人名のついた「脳症」や「症候群」が並んでいて、名前だけでは混乱しやすい。カギは、それぞれの病気が「何によって起こるのか」を押さえておくこと。まず、アルコール依存症の人にどんな栄養障害が起きやすいか考えてみよう。
医学生医学生
お酒ばかり飲んで食事をとらないので、ビタミン不足になりそうです。特にビタミンB1でしょうか。
ドクタードクター
その通り。アルコールでカロリーをまかなって食事量が減ることに加え、消化管からの吸収障害、肝臓での貯蔵能の低下が重なって、チアミン、つまりビタミンB1が欠乏しやすい。チアミンが糖代謝で何をしているか覚えているかな。
医学生医学生
生化学で習いました。ピルビン酸脱水素酵素やα-ケトグルタル酸脱水素酵素の補酵素ですよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。トランスケトラーゼの補酵素でもある。脳は糖を主なエネルギー源にしているから、チアミンが足りないと真っ先にダメージを受ける。その急性期の姿がWernicke脳症だ。
医学生医学生
三徴は意識障害、眼球運動障害、運動失調でしたよね。
ドクタードクター
正解。ただし三徴がそろうのは一部の患者さんだけなので、そろわなくても疑うことが大切だ。病変は乳頭体や第三脳室・中脳水道の周囲、視床内側などにできる。では、Korsakoff症候群との関係は?
医学生医学生
Wernicke脳症のあとに記憶障害が残るもの、というイメージです。
ドクタードクター
そう。Wernicke脳症に引き続いて、あるいは慢性的なチアミン欠乏から生じる健忘症候群で、両者をまとめてWernicke-Korsakoff症候群とも呼ぶ。特徴は新しいことを覚えられない記銘力障害、逆向性健忘、失見当識、そして作話。意識は清明で、知能も比較的保たれるのがポイントだ。
医学生医学生
精神科の実習で、昨日のことを聞かれて実際にはなかった出来事をすらすら話す患者さんがいて驚きました。あれが作話なんですね。
ドクタードクター
本人に嘘をついている自覚はなく、記憶の空白を埋めているんだ。この2つがアルコール依存症と関係する正解になる。残りの選択肢も病因で整理しよう。Leigh脳症はどうかな。
医学生医学生
「脳症」という名前なのでWernicke脳症と同じ栄養障害の仲間かと一瞬思いました。
ドクタードクター
そう迷わせるのが狙いだね。Leigh脳症は亜急性壊死性脳脊髄症とも呼ばれるミトコンドリア病の一型で、ピルビン酸脱水素酵素複合体や呼吸鎖の遺伝子異常でATP産生が障害される。主に乳幼児期に発症し、MRIで基底核や脳幹に左右対称の病変、乳酸・ピルビン酸の上昇がみられる。遺伝性で、飲酒とは関係ない。
医学生医学生
Kartagener症候群は内臓逆位の病気でしたよね。
ドクタードクター
そう、原発性線毛機能不全症の一型で、線毛のダイニン腕などの異常による内臓逆位、気管支拡張症、慢性副鼻腔炎が三主徴だ。精子の鞭毛も動きにくいので男性不妊を伴うことがある。これも先天性疾患だね。
医学生医学生
Lambert-Eaton症候群は肺小細胞癌に合併する神経筋接合部の病気だったと思います。
ドクタードクター
その通り。神経終末の電位依存性カルシウムチャネルに対する自己抗体でアセチルコリン放出が減る。重症筋無力症と違って、反復運動で筋力が一時的に改善し、高頻度反復刺激で振幅が漸増するのが特徴だ。腫瘍随伴症候群の代表で、アルコールとは関係しない。
医学生医学生
似た名前でも、栄養障害、ミトコンドリア病、線毛異常、自己免疫と、病因がまったく違うんですね。
ドクタードクター
そこが整理のコツだ。最後に臨床で最も大事な注意点を伝えておこう。アルコール多飲の患者さんが意識障害や低血糖で救急搬送されたとき、いきなりブドウ糖を入れると、糖代謝でチアミンが消費されてWernicke脳症を悪化させうる。だからブドウ糖の前か同時にチアミンを非経口投与するのが原則だ。
医学生医学生
救急科の実習でも、アルコール多飲の人にはまずビタミンB1を入れると教わりました。Korsakoff症候群は治りにくいから、Wernicke脳症の段階で止めることが大事なんですね。
ドクタードクター
まさにそう。ほかにもアルコール関連の神経・精神障害として、最終飲酒後2〜3日頃に起こる振戦せん妄、意識清明下で幻聴が出るアルコール幻覚症、脳梁が障害されるMarchiafava-Bignami病、ニコチン酸欠乏によるペラグラ脳症などがある。低ナトリウム血症を急速に補正したときの橋中心髄鞘崩壊症も、アルコール多飲者で起こりやすいので覚えておこう。

まとめ

アルコール依存症では食事量の減少、吸収障害、肝臓での貯蔵能低下によりビタミンB1(チアミン)が欠乏しやすく、急性期にWernicke脳症、その後遺症としてKorsakoff症候群を生じます。Wernicke脳症は意識障害・眼球運動障害・小脳性運動失調を三徴とし、Korsakoff症候群は意識清明下での記銘力障害・失見当識・作話が特徴です。Leigh脳症はミトコンドリア病、Kartagener症候群は原発性線毛機能不全症、Lambert-Eaton症候群は肺小細胞癌に伴う抗VGCC抗体による疾患で、いずれも飲酒とは関係しません。臨床ではブドウ糖投与の前か同時にチアミンを投与することが重要で、Wernicke脳症の段階での早期治療が不可逆な健忘を防ぎます。名前の似た疾患を病因で整理する姿勢は、選択肢に惑わされない確かな知識につながります。

解答・解説

正解はb, cです

アルコール依存症に合併する中枢神経障害を問う一般問題である。 長期の大量飲酒者は、食事量の減少(アルコールでカロリーをまかなう)、消化管からの吸収障害、肝臓での貯蔵能低下などが重なり、ビタミンB1(チアミン)が欠乏しやすい。チアミンはピルビン酸脱水素酵素やα-ケトグルタル酸脱水素酵素、トランスケトラーゼの補酵素として糖代謝に不可欠であり、糖をエネルギー源とする脳は欠乏の影響を強く受ける。その結果として急性期に生じるのがWernicke脳症、その後遺症として慢性的な記憶障害が残った状態がKorsakoff症候群である。両者は同一病態の急性期と慢性期とみなされ、まとめてWernicke-Korsakoff症候群とも呼ばれる。 残りの選択肢は、ミトコンドリア病(Leigh脳症)、線毛の先天異常(Kartagener症候群)、腫瘍随伴性の神経筋接合部疾患(Lambert-Eaton症候群)であり、いずれも飲酒とは病因的な関係がない。名前が似た「〜脳症」「〜症候群」を病因で区別できるかがポイントとなる。

選択肢考察

  1. ×a.  Leigh脳症

    Leigh脳症(亜急性壊死性脳脊髄症)はミトコンドリア病の一型である。ピルビン酸脱水素酵素複合体や呼吸鎖複合体の遺伝子異常(ミトコンドリアDNAまたは核DNAの変異)により、ATP(アデノシン三リン酸)産生が障害される。主に乳幼児期に発症し、発達退行、筋緊張低下、眼振、呼吸異常などを呈し、MRIで基底核や脳幹に左右対称性の病変を認める。血中・髄液中の乳酸・ピルビン酸上昇が手がかりとなる。遺伝性疾患であり、アルコール依存症とは関係しない。

  2. ○b.  Wernicke脳症

    Wernicke脳症はビタミンB1(チアミン)欠乏による急性脳症であり、原因として最も多いのがアルコール依存症に伴う栄養障害である。古典的三徴は意識障害(せん妄・注意障害など)、眼球運動障害(外眼筋麻痺・眼振)、小脳性運動失調(歩行失調)であるが、三徴がそろう例は一部にすぎない。病変は乳頭体、第三脳室・中脳水道周囲、視床内側などに生じる。治療は速やかなチアミンの非経口投与であり、ブドウ糖を先に投与するとチアミンが消費され症状が悪化しうるため、ブドウ糖輸液の前か同時にチアミンを投与する。したがってアルコール依存症と関係がある。

  3. ○c.  Korsakoff症候群

    Korsakoff症候群は、Wernicke脳症に引き続いて(あるいは慢性的なチアミン欠乏により)生じる健忘症候群であり、アルコール依存症が代表的な背景である。記銘力障害(前向性健忘)、逆向性健忘、失見当識、作話を特徴とし、意識は清明で知能は比較的保たれる。乳頭体や視床背内側核の障害が関与する。いったん完成すると回復は不十分なことが多いため、Wernicke脳症の段階での早期治療が重要である。アルコール依存症と関係がある。

  4. ×d.  Kartagener症候群

    Kartagener症候群は原発性線毛機能不全症(primary ciliary dyskinesia)の一型で、主に常染色体劣性遺伝形式をとる。線毛のダイニン腕などの構造異常により線毛運動が障害され、内臓逆位、気管支拡張症、慢性副鼻腔炎の三主徴を呈する。精子の鞭毛運動も障害されるため男性不妊を伴うことがある。先天性疾患であり、アルコール依存症とは関係しない。

  5. ×e.  Lambert-Eaton症候群

    Lambert-Eaton筋無力症候群は、神経終末の電位依存性カルシウムチャネル(P/Q型VGCC)に対する自己抗体により、アセチルコリン放出が減少する自己免疫疾患である。約半数は肺小細胞癌に伴う腫瘍随伴症候群として発症する。近位筋優位の筋力低下、腱反射低下、口渇などの自律神経症状を示し、重症筋無力症と異なり反復運動で筋力が一時的に改善する。神経反復刺激試験では高頻度刺激で振幅が漸増(waxing)する。アルコール依存症とは関係しない。

アルコール関連の精神・神経障害

・急性中毒:単純酩酊、複雑酩酊、病的酩酊 ・離脱症状:早期(最終飲酒後数時間〜2日程度)に手指振戦、発汗、不眠、不安、離脱けいれん(アルコールてんかん)。後期(最終飲酒後2〜3日頃)に振戦せん妄(意識混濁、幻視、精神運動興奮、自律神経亢進) ・アルコール幻覚症:意識清明下で主に幻聴が出現する ・アルコール性嫉妬妄想 ・栄養障害関連:Wernicke脳症、Korsakoff症候群(ビタミンB1欠乏)、ペラグラ脳症(ニコチン酸欠乏) ・その他:Marchiafava-Bignami病(脳梁の脱髄・壊死)、橋中心髄鞘崩壊症(低ナトリウム血症の急速補正で生じやすい)、アルコール性小脳変性症、多発ニューロパチー、アルコール性認知症

Wernicke脳症とKorsakoff症候群の対比

・Wernicke脳症:急性、意識障害・眼球運動障害・失調、治療で改善しうる ・Korsakoff症候群:慢性、意識清明下の健忘・作話・失見当識、改善しにくい

POINT

・Wernicke脳症とKorsakoff症候群はいずれもビタミンB1欠乏が原因で、アルコール依存症が代表的背景 ・Wernicke脳症の三徴:意識障害、眼球運動障害、小脳性運動失調 ・Korsakoff症候群:記銘力障害、失見当識、作話(意識清明) ・ブドウ糖投与の前にチアミンを投与する ・Leigh脳症=ミトコンドリア病、Kartagener症候群=線毛機能不全、Lambert-Eaton症候群=肺小細胞癌に伴う抗VGCC抗体

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。