腫瘍は動脈で、肝臓は門脈で生きる―肝動脈塞栓術の適応は「二重血流」と「肝予備能」で決まる
第106回医師国家試験 B問題 第19問
国試問題にチャレンジ
肝細胞癌に対する動脈塞栓術の適応となるのはどれか。
- a.難治性腹水がある。
- b.門脈本幹に腫瘍塞栓を認める。
- c.肝両葉に腫瘍が多発している。
- d.PT 25%(基準80~120)である。
- e.総ビリルビン6.3 mg/dLである。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
肝動脈塞栓術(TACE)は、肝細胞癌がほぼ肝動脈から、非腫瘍部の肝が主に門脈から栄養されるという二重血流支配を利用して、腫瘍を選択的に壊死させる治療です。カテーテルで複数の腫瘍を選択的に治療できるため、切除やラジオ波焼灼術が難しい肝両葉の多発例は代表的な適応となります。一方、門脈本幹に腫瘍栓がある場合は肝梗塞の危険があり、難治性腹水、高度の黄疸、PT活性の著明な低下などChild-Pugh C相当の肝予備能低下では、塞栓後に肝不全を来しやすいため適応となりません。「腫瘍側の条件」と「背景肝側の条件」を分けて考えることは、肝細胞癌の治療アルゴリズム全体を理解するうえで基本となる視点です。
解答・解説
正解はcです
肝動脈塞栓術(transcatheter arterial embolization:TAE、抗癌薬と油性造影剤リピオドールを併用する場合は肝動脈化学塞栓療法 transcatheter arterial chemoembolization:TACE)は、大腿動脈などから挿入したカテーテルを腫瘍の栄養動脈まで進め、塞栓物質で血流を途絶させて腫瘍を壊死に陥らせる治療である。 この治療が成り立つ理由は、肝臓の二重血流支配にある。正常肝細胞は血流の大部分(約70〜80%)を門脈から受けるのに対し、典型的な肝細胞癌(多血性の古典的肝細胞癌)はほぼ肝動脈のみから栄養される。そのため肝動脈を塞栓すると、腫瘍は虚血に陥る一方で、非腫瘍部の肝細胞は門脈血流で生き残ることができる。 この原理から、TAEの適応・非適応を考える軸は二つある。 1)腫瘍側の条件:切除やラジオ波焼灼術(RFA)で根治をねらえない状況、すなわち多発例(特に肝両葉にまたがるもの)や大型腫瘍でよく選ばれる。カテーテルで区域・亜区域ごとに選択的に塞栓できるため、腫瘍の数や分布にかかわらず施行できるのが強みである。 2)非腫瘍部(背景肝)の条件:塞栓後も門脈血流で肝が生き延びられること、そして虚血による一時的な肝障害に耐えられるだけの肝予備能があることが前提となる。門脈本幹が閉塞している例や、高度の肝不全(難治性腹水、著明な黄疸、凝固能の高度低下など、Child-Pugh分類Cに相当する状態)では、塞栓により広範な肝壊死や肝不全を来す危険が高く、適応とならない。 選択肢のうち、腫瘍側の条件のみを示し、肝予備能や門脈血流の問題を含まないものが適応となる。
選択肢考察
- ×a. 難治性腹水がある。
難治性腹水は、利尿薬などでコントロールできない腹水であり、肝硬変が高度に進行し肝予備能が著しく低下していることを示す(Child-Pugh分類で腹水は評価項目の一つであり、コントロール困難な腹水は最も高い点数となる)。このような状態で肝動脈を塞栓すると、塞栓後の肝障害を契機に肝不全が進行する危険が大きいため、TAEの適応とならない。
- ×b. 門脈本幹に腫瘍塞栓を認める。
門脈本幹に腫瘍栓(腫瘍塞栓)がある場合、非腫瘍部の肝はすでに門脈からの血流が大きく途絶えており、肝動脈血流への依存度が高まっている。ここで肝動脈を塞栓すると、門脈・肝動脈の両方の血流が失われて広範な肝梗塞・肝不全を来すおそれがある。そのため門脈本幹の腫瘍栓(門脈侵襲Vp4)はTAEの禁忌とされる。このような例では、薬物療法(分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬)、肝動注化学療法、放射線治療、状況によっては肝切除などが検討される。
- ○c. 肝両葉に腫瘍が多発している。
肝両葉に腫瘍が多発している場合、肝切除では十分な残肝量を確保できず、ラジオ波焼灼術も腫瘍数が多いと根治的に行えない。一方、TAEはカテーテルで肝動脈枝を選択しながら複数の腫瘍を同時に治療でき、腫瘍の個数や分布に制約されにくい。そのため、肝予備能が保たれ、門脈本幹の閉塞や肝外転移がない多発肝細胞癌は、TAE(TACE)の代表的な良い適応である。わが国の肝癌診療ガイドラインでも、肝予備能良好(Child-Pugh A〜B)で脈管侵襲・肝外転移がなく、腫瘍数が4個以上の場合には塞栓療法が第一に推奨されている。
- ×d. PT 25%(基準80~120)である。
プロトロンビン時間(prothrombin time:PT)は肝で合成される凝固因子の量を反映し、肝の合成能の指標となる。PT活性25%は基準の3分の1以下で、高度の肝合成能低下(Child-Pugh分類でPT活性40%未満は最も高い点数)を示す。肝予備能が著しく乏しく、塞栓による肝障害で肝不全に陥る危険が高いうえ、カテーテル穿刺部の出血リスクも高いため、TAEの適応とならない。
- ×e. 総ビリルビン6.3 mg/dLである。
総ビリルビン6.3 mg/dLは高度の黄疸であり、肝の処理能力が大きく損なわれていることを示す(Child-Pugh分類では3.0 mg/dLを超えると最も高い点数)。一般に総ビリルビンが3 mg/dLを超える例ではTAEによる肝不全のリスクが高く、適応外とされる。ただし、黄疸が肝予備能の低下ではなく腫瘍による胆管閉塞で生じている場合には、まず胆道ドレナージで減黄を図るなど別の考え方が必要になる。
肝細胞癌の治療選択の基本的な考え方
わが国の肝癌診療ガイドラインでは、主に「肝予備能」「肝外転移」「脈管侵襲」「腫瘍数」「腫瘍径」をもとに治療を選択する。 ・肝予備能良好(Child-Pugh A〜B)、肝外転移・脈管侵襲なし: 腫瘍数1〜3個で径3 cm以内 → 肝切除またはラジオ波焼灼術(RFA) 腫瘍数1〜3個で径3 cm超 → 肝切除(単発なら第一選択)、塞栓療法 腫瘍数4個以上 → 塞栓療法(TACE)、肝動注化学療法、薬物療法 ・脈管侵襲あり:肝切除、塞栓療法、薬物療法、肝動注化学療法などから状態に応じて選択(門脈本幹の腫瘍栓では塞栓療法は原則行わない) ・肝外転移あり:薬物療法(免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬) ・Child-Pugh C:ミラノ基準内かつ65歳以下などの条件を満たせば肝移植、それ以外は緩和ケア
Child-Pugh分類の評価項目
脳症、腹水、血清ビリルビン、血清アルブミン、プロトロンビン活性(またはINR)の5項目をそれぞれ1〜3点で評価し、合計5〜6点をA、7〜9点をB、10〜15点をCとする。ビリルビンは2.0 mg/dL未満で1点、2.0〜3.0 mg/dLで2点、3.0 mg/dL超で3点。PT活性は70%超で1点、40〜70%で2点、40%未満で3点である。
TAEの主な合併症
塞栓後症候群(発熱、腹痛、悪心、肝逸脱酵素上昇)が高頻度にみられ、そのほか肝不全、肝膿瘍、胆嚢梗塞(胆嚢動脈への誤塞栓)、胆管障害などがある。
POINT
・肝細胞癌は主に肝動脈から、非腫瘍部の肝は主に門脈から栄養されるため、肝動脈塞栓で腫瘍を選択的に壊死させられる。 ・TAE(TACE)の良い適応:切除やRFAが難しい多発例(肝両葉多発を含む)・大型腫瘍で、肝予備能が保たれているもの。 ・適応外:門脈本幹の腫瘍栓(肝梗塞の危険)、高度の肝予備能低下(難治性腹水、総ビリルビン高値〈目安3 mg/dL超〉、PT著明低下などChild-Pugh C相当)。
