雪だるまが視交叉を押し上げる―下垂体腺腫と両耳側半盲を視覚路から読み解く
第106回医師国家試験 B問題 第16問
国試問題にチャレンジ
頭部MRIの造影T1強調冠状断像を別に示す。 この病変によって生じる視野異常として考えられるのはどれか。

- a.
- b.
- c.
- d.
- e.
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
トルコ鞍内から鞍上部へ伸び、鞍隔膜でくびれた雪だるま状の造影腫瘤は下垂体腺腫(マクロアデノーマ)に典型的な所見です。下垂体の直上には視交叉があり、腫瘍が正中下方から押し上げると、網膜鼻側由来の交叉線維が障害され、両眼の耳側視野が欠ける両耳側半盲が生じます。視覚路の障害部位と視野異常は、視交叉より前なら一眼の視野欠損、視交叉正中なら両耳側半盲、視交叉より後ろの一側病変なら対側の同名性欠損と整理でき、頭頂葉では下同名四半盲、後頭葉では黄斑回避を伴う同名半盲がみられます。下垂体腺腫では初期に上耳側から欠けやすく、非機能性腺腫は視野障害で初めて発見されることも多いため、画像所見と視覚路の解剖を結びつけて考える力は、眼科・脳神経外科・内分泌の各領域で役立ちます。
解答・解説
正解はcです
画像所見
造影T1強調冠状断像では、トルコ鞍(蝶形骨の中央にある下垂体を収めるくぼみ)の内部から鞍上部(トルコ鞍の上方)へ伸びる、境界明瞭な腫瘤が認められる。腫瘤はほぼ均一に造影され、トルコ鞍の入口にあたる鞍隔膜の部分でくびれるため、雪だるま状(8の字状)の形をしている。両側には内頸動脈の断面(flow voidとして黒く抜ける円形の構造)がみえ、腫瘤はその間を上方へ発育している。この形態はトルコ鞍内から発生して上方へ伸びた下垂体腺腫(最大径10mm以上のマクロアデノーマ)に典型的である。
視野異常を考える手順
視交叉は下垂体のすぐ上方、鞍隔膜の上に位置する。鞍内から上方へ伸びた腫瘍は、視交叉を正中の下方から押し上げるように圧迫する。 視交叉の正中部では、左右両眼の網膜の鼻側半分から来る神経線維が交叉している。網膜の鼻側半分は、視野では耳側(外側)の半分を担当する。したがって正中部が障害されると、両眼とも耳側半分の視野が欠ける「両耳側半盲」が生じる。 なお、下垂体腺腫は視交叉を下から圧迫するため、交叉線維のうち下方を走る線維(網膜の下鼻側由来、視野の上耳側に対応)が先に障害されやすく、初期には両耳側の上方から視野欠損が始まることが多い。
選択肢図の読み方
左右の円はそれぞれ左眼・右眼の視野を患者側からみたもので、黒く塗られた部分が欠損部である。各円の左半分は左側の視野、右半分は右側の視野を表す。左眼の耳側は円の左半分、右眼の耳側は円の右半分にあたる。
選択肢考察
- ×a.
両眼とも左半分が黒く塗られており、左同名半盲を示す。同名半盲は、視交叉より後方(中枢側)の視覚路、すなわち視索・外側膝状体・視放線・後頭葉視覚野の一側性障害で生じる。左側の視野が欠けるのは右側の視覚路が障害された場合である。本問の腫瘍は視交叉を正中下方から圧迫しており、一側の視索のみを選択的に障害する位置関係ではないので、この視野異常は考えにくい。
- ×b.
左眼では右半分、右眼では左半分が欠損しており、両眼とも鼻側(内側)の視野が失われた両鼻側半盲である。これは視交叉の両外側、すなわち交叉しない線維(網膜の耳側半分由来)が左右両方から障害された場合に生じうる。両側内頸動脈の硬化・拡張による圧迫などが原因として挙げられるが、まれである。正中から圧迫する下垂体腺腫の所見とは合わない。
- ○c.
左眼では左半分、右眼では右半分、すなわち両眼とも耳側の視野が欠損した両耳側半盲である。視交叉の正中部で交叉する線維は網膜の鼻側半分から来ており、視野の耳側半分を担当する。本問の画像にみられる鞍内から鞍上部へ伸展する腫瘤(下垂体腺腫)は、視交叉を正中の下方から押し上げてこの交叉線維を障害するため、両耳側半盲が生じる。下垂体腺腫のほか、頭蓋咽頭腫や鞍結節髄膜腫など視交叉近傍の正中部腫瘍でも同様の視野障害を示しうる。
- ×d.
左眼の視野は保たれ、右眼の視野全体が欠損しており、右眼の全盲(一眼の失明)を示す。これは視交叉より前方(末梢側)、すなわち右の網膜や右視神経の障害で生じる。たとえば視神経管骨折による視神経損傷、視神経炎、網膜中心動脈閉塞症などが原因となる。下垂体腺腫が一側の視神経に強く偏って進展すれば片眼の視力障害を起こすこともあるが、本問の画像のように正中から上方に伸びる腫瘍で考えられる典型的な視野異常ではない。
- ×e.
両眼とも左下の1/4が欠損しており、左下同名四半盲である。図では中心部が欠損から除外されており、黄斑回避(視野の中心部が保たれること)を伴っている。視野の下半分は網膜の上半分に対応し、その線維は視放線の上方(頭頂葉側)を通って、後頭葉では鳥距溝の上側(楔部)に投射する。したがって左下同名四半盲は、右頭頂葉を通る視放線の上部、あるいは右後頭葉の鳥距溝上唇の障害で生じる。黄斑回避は後頭葉の病変(後大脳動脈領域の梗塞など)でみられやすい。いずれも視交叉より後方の病変であり、本問の腫瘍では生じない。
視覚路の障害部位と視野異常
・網膜・視神経(視交叉より前): 障害側の一眼の視野欠損(全盲など)。 ・視交叉正中部: 両耳側半盲(下垂体腺腫、頭蓋咽頭腫、鞍結節髄膜腫など)。 ・視交叉外側(両側): 両鼻側半盲(まれ)。 ・視索: 対側の同名半盲(左右で欠損の形がそろわない不一致性のことが多い)。 ・視放線の下部(側頭葉を通るMeyer係蹄): 対側の上同名四半盲。 ・視放線の上部(頭頂葉): 対側の下同名四半盲。 ・後頭葉視覚野: 対側の同名半盲。黄斑回避を伴いやすい(黄斑部の視覚野は中大脳動脈と後大脳動脈の二重支配を受けること、黄斑の皮質代表領域が広いことなどが理由とされる)。
覚え方の基本
・網膜の鼻側半分の線維は視交叉で交叉し、耳側半分の線維は交叉しない。 ・網膜の像は上下左右が反転するため、網膜の鼻側は視野の耳側、網膜の上半分は視野の下半分を担当する。 ・視交叉より後ろの一側性病変では、必ず「対側の同名性」の視野欠損となる。
下垂体腺腫
下垂体前葉細胞に由来する良性腫瘍で、ホルモン産生の有無により機能性(プロラクチノーマ、成長ホルモン産生腺腫、ACTH産生腺腫など)と非機能性に分けられる。非機能性腺腫はホルモン過剰症状を示さないため、腫瘍が大きくなって視交叉を圧迫し、視野障害(両耳側半盲)や頭痛で発見されることが多い。正常下垂体の圧迫による下垂体機能低下症を伴うこともある。MRIでは鞍内から鞍上部に伸び、鞍隔膜でくびれた雪だるま状の形がよく知られる。治療は経蝶形骨洞手術が基本であり、プロラクチノーマではドパミン作動薬(カベルゴリンなど)による薬物療法が第一選択となる。
鑑別すべき鞍上部腫瘍
頭蓋咽頭腫は小児と中高年に多く、嚢胞と石灰化を伴いやすい。鞍結節髄膜腫は硬膜に沿った付着(dural tail sign)を示すことがある。いずれも視交叉を圧迫し得るが、両耳側半盲が上方からではなく下方から始まる傾向(上方から視交叉を圧迫するため)があるなどの違いがある。
POINT
・鞍内から鞍上部に伸び、鞍隔膜でくびれる雪だるま状の造影腫瘤は下垂体腺腫を考える。 ・下垂体腺腫は視交叉を正中下方から圧迫し、交叉線維(網膜鼻側由来)を障害して両耳側半盲を生じる。初期は上耳側から欠ける。 ・視交叉より前の障害は一眼の視野欠損、後ろの一側障害は対側の同名性視野欠損。 ・側頭葉(Meyer係蹄)障害は対側上同名四半盲、頭頂葉障害は対側下同名四半盲、後頭葉障害は黄斑回避を伴う同名半盲。
