StudyMed医師国家試験

猛暑で水を控えた高齢者―「どこに残るか」で選ぶ熱中症の輸液

第106回医師国家試験 A問題 第25問

国試問題にチャレンジ

第106回 A問題 第25問

78歳の女性。2日前から全身倦怠感が強いことを主訴に来院した。尿量が少なく色が濃いことも気になっている。8月で猛暑日が続いていたが,胃腸が弱いので冷たい飲料を飲み過ぎないようにしていたという。悪心を認める。意識レベルはJCSⅠ-1。体温37.8℃。脈拍96/分,整。血圧98/54 mmHg。呼吸数24/分。全身に発汗を認める。血液所見:赤血球426万,Hb 14.2 g/dL,Ht 42%,白血球13,300,血小板20万。血液生化学所見:総蛋白7.2 g/dL,アルブミン4.2 g/dL,尿素窒素30 mg/dL,クレアチニン1.3 mg/dL,総ビリルビン1.6 mg/dL,AST 62 IU/L,ALT 33 IU/L,LD 350 IU/L(基準176~353),γ-GTP 47 IU/L(基準8~50),Na 137 mEq/L,K 5.0 mEq/L,Cl 104 mEq/L。  現時点で使用する輸液製剤として適切なのはどれか。

  1. a.脂肪乳剤
  2. b.注射用蒸留水
  3. c.5%ブドウ糖液
  4. d.乳酸リンゲル液
  5. e.高カロリー輸液製剤

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、猛暑の中で水分を控えていた高齢者の脱水に対して、どの輸液製剤を選ぶかという問題だ。ポイントは2つ。まず、どんな種類の脱水が起きているのかを血清Naから判断すること。そして、各製剤が体のどこに分布するかを理解することだよ。
医学生医学生
暑い時期に水分摂取が足りず、倦怠感や悪心があるので、熱中症による脱水だと思います。
ドクタードクター
そうだね。高齢者は口渇を感じにくく、腎臓の尿濃縮能も落ちているから、屋内でも脱水に陥りやすい。では、検査値から脱水の程度や影響をどう読む?
医学生医学生
HtやHbが高めなので血液濃縮ですね。BUN/Cr比も20を超えているので、腎前性の腎機能障害でしょうか。
ドクタードクター
その通り。頻脈、血圧低下、尿量減少と合わせて、循環血液量が減って腎臓への血流が落ちている状態だ。倦怠感や悪心、ごく軽い意識の曇りがあるから、日本救急医学会の分類ではII度、つまり医療機関での輸液が必要な中等症に相当する。ASTが軽度に上がっているのは、放置すると重症へ進みかねないサインとも受け取れるね。
医学生医学生
救急科の実習で、熱中症はI度なら経口補水、II度からは点滴と教わりました。
ドクタードクター
まさにそこが分かれ目だ。次に脱水の型を考えよう。血清Naは正常範囲だね。これは何を意味するかな。
医学生医学生
水とNaが同じくらいの割合で失われた等張性脱水ということですか。汗には塩分も含まれているので納得です。
ドクタードクター
正解。つまり不足しているのは細胞外液そのものだ。だから、組成が細胞外液に近く、投与後も細胞外にとどまる製剤を選ぶ。答えは乳酸リンゲル液だよ。
医学生医学生
生理学で、体液は細胞内液が2/3、細胞外液が1/3と習いました。細胞外液補充液は細胞内に入らないから、血管内に残りやすいということですね。
ドクタードクター
その通り。Naを細胞外液と同程度含むので細胞外液に分布し、血管内にはおよそ1/4が残る。乳酸は肝臓で重炭酸に代謝されるから、生理食塩液に比べて高Cl性アシドーシスを起こしにくいという利点もある。
医学生医学生
でも、5%ブドウ糖液も等張だと聞いたので、脱水なら使えそうな気がしてしまいます。
ドクタードクター
そこはよくある誤解だね。ボトルの中では等張でも、ブドウ糖は体内ですぐ代謝されるから、実質的には電解質を含まない水を入れることになる。この自由水は細胞内外を問わず体液全体に広がり、血管内に残るのは約1/12しかない。循環を立て直す力は弱く、Naも補えない。5%ブドウ糖液が活躍するのは、水の喪失が主体で血清Naが上がる高張性脱水の補正などだ。
医学生医学生
注射用蒸留水は、名前からして水そのものなので、さらに向いていなさそうですね。
ドクタードクター
その通り。浸透圧がほぼ0の純水で、粉末薬の溶解や希釈に使うものだ。そのまま静脈に大量に入れると血液が低張になり、赤血球に水が流れ込んで溶血を起こす。輸液として直接投与することはないよ。
医学生医学生
脂肪乳剤や高カロリー輸液製剤は、栄養のための製剤ですよね。
ドクタードクター
そう。脂肪乳剤はエネルギーと必須脂肪酸の補給、高カロリー輸液製剤は経口摂取が長く困難な人に中心静脈から投与して栄養を保つためのものだ。どちらも循環血液量を補う作用はなく、急性の脱水の初期治療には使わない。
医学生医学生
乳酸リンゲル液にはKが含まれていますが、K 5.0 mEq/Lだと気にしなくていいのでしょうか。
ドクタードクター
鋭い質問だね。乳酸リンゲル液のKは4 mEq/Lとわずかで、K 5.0は基準範囲の上限付近、しかも無尿ではなく乏尿の段階だ。輸液で循環が戻って尿が出ればKは排泄されるから問題ない。無尿が確認された場合や明らかな高K血症があれば、Kを含まない生理食塩液を選ぶ、という使い分けを覚えておこう。
医学生医学生
脱水の型をNaで判断して、製剤がどこに分布するかで選ぶ、という流れですね。
ドクタードクター
その通り。臨床では輸液と並行して涼しい環境への移動や体の冷却を行い、意識障害の進行、肝・腎機能障害、凝固異常が出てきたらIII度として集中治療を考える。高齢者は頻尿を嫌って水分を控えることも多いから、予防として夏場の水分と塩分の摂取を具体的に指導することも大切だよ。

まとめ

猛暑の中で水分摂取が不足した高齢者に、倦怠感・悪心・頻脈・血圧低下・尿量減少・血液濃縮がみられれば、輸液を要するII度相当の熱中症による脱水と考えます。血清Naが正常なら水とNaがほぼ等しく失われた等張性脱水であり、細胞外液に分布して血管内に約1/4が残る乳酸リンゲル液などの細胞外液補充液で循環血液量を回復させます。5%ブドウ糖液は代謝後に自由水として体液全体に広がり血管内には約1/12しか残らないため高張性脱水向けであり、注射用蒸留水は溶血の危険から直接投与せず、脂肪乳剤や高カロリー輸液製剤は栄養目的の製剤です。乳酸リンゲル液は少量のKを含むため、無尿や明らかな高K血症ではK非含有の生理食塩液を選びます。脱水の型と製剤の体内分布を結びつけて考えることは、熱中症に限らずあらゆる場面での輸液選択の基礎となります。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

・背景: 78歳の高齢女性。8月の猛暑日が続く中、冷たい飲み物を控えていた=水分摂取が不足していた。高齢者は口渇を感じにくく、腎臓の尿濃縮能も落ちているため、もともと脱水に陥りやすい。 ・症状: 2日前からの強い全身倦怠感、悪心、尿量減少と濃縮尿。意識レベルはJCS(Japan Coma Scale)Ⅰ-1(清明とはいえないがほぼ覚醒している)と軽い意識の曇りがある。 ・バイタルサイン: 体温37.8℃、脈拍96/分の頻脈、血圧98/54 mmHgと低め、呼吸数24/分と頻呼吸。全身に発汗がある。 ・検査: Ht 42%、Hb 14.2 g/dLは高齢女性としては高めで血液濃縮を示唆する。BUN 30 mg/dL、Cr 1.3 mg/dLでBUN/Cr比は約23と20を超えており、腎血流の低下による腎前性の腎機能障害が考えられる。AST 62 IU/L、総ビリルビン1.6 mg/dLは軽度に上昇しているが、ALT 33 IU/L、γ-GTP 47 IU/L(基準8~50)、LD 350 IU/L(基準176~353)はいずれも基準範囲内であり、明らかな肝障害とまではいえない。白血球13,300はストレス反応による増加と考えられる。Na 137 mEq/Lは基準範囲内、K 5.0 mEq/Lは基準範囲の上限付近、Cl 104 mEq/Lも正常である。

診断へのプロセス

高温環境への曝露+水分摂取不足という状況で、倦怠感・悪心・頻脈・血圧低下・尿量減少・血液濃縮がそろっており、発汗による水とNaの喪失に補給が追いつかなかった脱水、すなわち熱中症と判断できる。日本救急医学会の重症度分類では、倦怠感・悪心・軽い意識障害(JCS 1以下)を示す状態はⅡ度(中等症、いわゆる熱疲労)に相当し、医療機関での輸液治療が必要な段階である。Ⅲ度(重症)の指標となる明らかな肝・腎障害や中枢神経症状はまだないが、ASTの軽度上昇や腎前性の腎機能低下がみられることから、治療が遅れればⅢ度へ進行するおそれがあり、早期の輸液が重要である。 さらに、血清Naが正常範囲にあることから、水とNaがほぼ等しい割合で失われた等張性脱水(細胞外液の欠乏が主体)と考えられる。

設問の考え方

本症例でまず行うべきは、失われた細胞外液を補い、循環血液量を回復させて血圧と腎血流を保つことである。そのためには、電解質組成が細胞外液に近く、投与後も細胞外(血管内と間質)にとどまる等張電解質輸液(細胞外液補充液)を選ぶ。栄養補給のための製剤や、電解質を含まず細胞内へ移行してしまう製剤は、現時点の目的に合わない。

選択肢考察

  1. ×a.  脂肪乳剤

    脂肪乳剤は、大豆油などを乳化させた製剤で、エネルギー源(1 g当たり約9 kcal)と必須脂肪酸の補給を目的に、主に中心静脈栄養や末梢静脈栄養の一部として用いる。循環血液量を補う作用はなく、脱水で血圧が低下している本患者の初期治療には不適切である。

  2. ×b.  注射用蒸留水

    注射用蒸留水は電解質も糖も含まない純水で、浸透圧はほぼ0である。粉末注射薬の溶解や薬剤の希釈に用いるものであり、そのまま静脈内に大量投与すると、血液が著しく低張になって赤血球内に水が流れ込み、溶血を起こす。輸液として直接投与することはない。

  3. ×c.  5%ブドウ糖液

    5%ブドウ糖液はボトル内では血漿とほぼ等張だが、投与されたブドウ糖は速やかに代謝されるため、実質的には「電解質を含まない水(自由水)」を入れることになる。この水は細胞内外の区別なく体液全体に分布し、血管内に残るのは投与量のおよそ1/12にすぎない。そのため循環血液量を回復させる効果は小さく、Naを補うこともできない。5%ブドウ糖液は、自由水が不足する高張性脱水(血清Na>150 mEq/L程度)の補正や、水分の維持に用いる製剤である。血清Na 137 mEq/Lの等張性脱水で、循環不全の徴候がある本患者の初期輸液としては適さない。

  4. ○d.  乳酸リンゲル液

    乳酸リンゲル液は細胞外液補充液(等張電解質輸液)の一つで、Na 130 mEq/L、K 4 mEq/L、Ca 3 mEq/L、Cl 109 mEq/L、乳酸28 mEq/Lを含み、組成が細胞外液に近い。投与した水とNaは細胞外液に分布し、そのうち約1/4が血管内にとどまるため、ブドウ糖液に比べ効率よく循環血液量を回復できる。乳酸は肝臓で重炭酸に代謝されるので、生理食塩液に比べ高Cl性アシドーシスを起こしにくい。本症例のような等張性脱水を伴う熱中症の初期輸液として適切である。 なお、本製剤はKを少量含む。K 5.0 mEq/Lは基準範囲の上限付近であり、また無尿ではなく乏尿の段階である。輸液で循環が回復し尿量が得られればKは尿中に排泄されるため、使用に問題はない。無尿が確認された場合や明らかな高K血症がある場合には、Kを含まない生理食塩液などを選ぶ。

  5. ×e.  高カロリー輸液製剤

    高カロリー輸液製剤は、高濃度のブドウ糖・アミノ酸・電解質などを含み、経口摂取や経腸栄養が長期間困難な患者に中心静脈から投与して栄養状態を維持・改善するための製剤である。浸透圧が非常に高く末梢静脈からは投与できない。急性の脱水に対して循環血液量を補う目的には用いない。

体液の分布と輸液製剤の分布

体重の約60%が水分(体液)で、その2/3が細胞内液、1/3が細胞外液である。細胞外液はさらに間質液(約3/4)と血漿(約1/4)に分かれる。 ・細胞外液補充液(生理食塩液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液など): Naを細胞外液と同程度に含むため、細胞内には入らず細胞外液に分布する。血管内に残るのは投与量の約1/4。 ・5%ブドウ糖液: ブドウ糖が代謝されると自由水となり、体液全体に分布する。血管内に残るのは約1/12。 ・維持液(3号液など)や開始液(1号液): 両者の中間の性質をもつ。

脱水の型

・等張性脱水: 水とNaが同じ割合で失われる。血清Naは正常。細胞外液補充液で補正する。 ・高張性脱水(水欠乏性): 水の喪失が主体。血清Naが上昇し、口渇が強い。自由水(5%ブドウ糖液や低張液)で補う。 ・低張性脱水(Na欠乏性): Naの喪失が主体。血清Naが低下し、循環不全が目立つ。生理食塩液などで補正する。

熱中症の重症度(日本救急医学会の分類)

・Ⅰ度(軽症): めまい、立ちくらみ、こむら返り、大量の発汗など。涼しい場所での安静と経口での水・塩分補給で対応する。 ・Ⅱ度(中等症): 頭痛、嘔吐、倦怠感、虚脱感、集中力や判断力の低下(JCS 1以下)。医療機関での診察、輸液が必要となる。 ・Ⅲ度(重症): 中枢神経症状(JCS 2以上、けいれんなど)、肝・腎機能障害、血液凝固異常(DIC)のいずれかを伴う。入院し集中治療を行う。 2024年の診療ガイドラインでは、Ⅲ度のうち特に重篤なもの(深部体温40℃以上かつGCS 8以下など)をⅣ度として区別する考え方が示された。 治療の基本は、涼しい環境への移動と冷却、そして細胞外液補充液による水・Naの補充である。

高齢者の熱中症

高齢者は体内水分量が少なく、口渇感が鈍く、腎臓の尿濃縮能も低下している。また頻尿を嫌って水分を控えることもあり、屋内でも熱中症を発症しやすい。

POINT

・高温環境+水分摂取不足+倦怠感・悪心・頻脈・血圧低下・尿量減少・血液濃縮 → 脱水を伴う熱中症(Ⅱ度相当)。 ・血清Naが正常 → 等張性脱水。循環血液量の回復には細胞外液補充液(乳酸リンゲル液、生理食塩液など)を用いる。 ・5%ブドウ糖液は自由水として体液全体に分布し、血管内に残るのは約1/12。高張性脱水の補正向けである。 ・注射用蒸留水は溶解・希釈用で、直接静注すると溶血を起こす。 ・脂肪乳剤・高カロリー輸液は栄養目的であり、急性の脱水治療には使わない。 ・乳酸リンゲル液はK 4 mEq/Lを含むが、無尿でなく尿量が確保できる見込みなら使用してよい。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。