左右バラバラの症状が語る脱髄―髄液に漏れ出す「ミエリン塩基性蛋白」
第105回医師国家試験 I問題 第30問
国試問題にチャレンジ
右半身の感覚障害と左上下肢の筋力低下とを訴える30歳台女性の頭部MRIのFLAIR像(A)(B)を別に示す。 脳脊髄液検査で異常を示す可能性が高いのはどれか。

- a.タウ蛋白
- b.14-3-3蛋白
- c.アミロイドβ蛋白
- d.ミエリン塩基性蛋白
- e.アデノシンデアミナーゼ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
若年女性で左右別々の神経症状があり、FLAIR像で側脳室周囲に壁と垂直に並ぶ卵円形の高信号病変が多発していれば、多発性硬化症を考えます。多発性硬化症は中枢神経の髄鞘が自己免疫機序で破壊される疾患で、髄液では髄鞘成分であるミエリン塩基性蛋白が急性期に上昇し、オリゴクローナルバンド陽性やIgG index上昇も重要な所見です。タウ上昇とAβ42低下はAlzheimer病、14-3-3蛋白はCreutzfeldt-Jakob病、ADAは結核性髄膜炎と、髄液マーカーと疾患を対応づけて整理しておきましょう。治療前には抗アクアポリン4抗体で視神経脊髄炎スペクトラム障害を鑑別することも臨床上欠かせません。病態から「髄液に何が出てくるか」を推論する姿勢は、検査値の丸暗記に頼らない理解につながります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・30歳台の女性:多発性硬化症(multiple sclerosis: MS)の好発年齢・性別(若年成人、女性に多い)に一致する。 ・右半身の感覚障害と左上下肢の筋力低下:左右で別々の症状があり、一つの病巣では説明しにくい。中枢神経内に複数の病巣が存在すること(空間的多発)を示唆する。 ・頭部 MRI の FLAIR 像(FLAIR は脳脊髄液の信号を抑えた T2 強調像で、脳室周囲の病変が見やすい撮像法):大脳白質、特に側脳室周囲に境界明瞭な卵円形の高信号病変が多発している。病変の長軸は側脳室壁に対して垂直に並ぶ傾向があり、これは髄質静脈に沿って脱髄が広がることを反映した MS に典型的な所見(ovoid lesion、矢状断では Dawson's fingers と呼ばれる)である。
診断
若年女性、空間的に多発する神経症状、脳室周囲白質の多発性脱髄病変から、多発性硬化症と診断できる。
設問の考え方
MS は中枢神経の髄鞘(ミエリン)が自己免疫機序で破壊される脱髄疾患である。したがって脳脊髄液では、髄鞘の崩壊を反映する髄鞘構成成分(ミエリン塩基性蛋白)の上昇と、中枢神経内での免疫グロブリン産生を示す所見(IgG index 上昇、オリゴクローナルバンド陽性)が特徴となる。他の選択肢は、それぞれ別の疾患(Alzheimer 病、Creutzfeldt-Jakob 病、結核性髄膜炎)の髄液マーカーであり、疾患とマーカーの対応を整理しておくことが求められる。
選択肢考察
- ×a. タウ蛋白
タウ蛋白は神経細胞の微小管に結合する蛋白で、過剰にリン酸化されたタウが凝集したものが Alzheimer 病の神経原線維変化の主成分である。Alzheimer 病では髄液中の総タウ蛋白とリン酸化タウ蛋白がともに上昇する。総タウは神経細胞の崩壊を広く反映するため、Creutzfeldt-Jakob 病でも著明に上昇する。MS の診断マーカーではない。
- ×b. 14-3-3蛋白
14-3-3 蛋白は神経細胞内に多く含まれる蛋白で、急速な神経細胞破壊が起こると髄液中に漏れ出る。孤発性 Creutzfeldt-Jakob 病で発症早期から上昇し、総タウ蛋白の著増とともに診断の補助となる(現在は RT-QuIC 法による異常プリオン蛋白の検出がより特異的な検査として用いられる)。MS の所見ではない。
- ×c. アミロイドβ蛋白
アミロイドβ蛋白(Aβ)は Alzheimer 病の老人斑の主成分である。Alzheimer 病では Aβ42 が脳内に沈着して髄液中へ出にくくなるため、髄液中の Aβ42(あるいは Aβ42/Aβ40 比)は「低下」する。MS で変化する項目ではない。
- ○d. ミエリン塩基性蛋白
ミエリン塩基性蛋白(myelin basic protein: MBP)は中枢神経の髄鞘を構成する主要な蛋白の一つである。MS では髄鞘が破壊されるため、特に急性増悪期(再発期)に髄液中の MBP が上昇し、脱髄の活動性を反映する。本例は MRI で活動性のある脱髄病変が多発していると考えられ、MBP が異常高値を示す可能性が高い。なお MBP 上昇は MS に特異的ではなく、他の脱髄疾患や脳梗塞などの髄鞘破壊でもみられる。MS の髄液ではこのほか、オリゴクローナルバンド陽性、IgG index 上昇が重要な所見である。
- ×e. アデノシンデアミナーゼ
アデノシンデアミナーゼ(adenosine deaminase: ADA)はプリン代謝酵素で、活性化した T リンパ球に多く含まれる。結核性胸膜炎の胸水と同様に、結核性髄膜炎では髄液中の ADA が上昇し、診断の補助となる。MS の所見ではない。
多発性硬化症の概要
中枢神経系(脳・脊髄・視神経)の髄鞘が自己免疫機序により破壊される脱髄疾患である。20〜40歳台の若年成人に好発し、女性に多い。病変が時間的・空間的に多発し、再発と寛解を繰り返すのが特徴である。 ・主な症状:視神経炎(視力低下、中心暗点)、感覚障害、運動麻痺、複視、核間性眼筋麻痺(MLF 症候群)、小脳失調、膀胱直腸障害など。体温上昇で症状が一過性に悪化する Uhthoff 徴候、頸部前屈で背部から四肢に電撃痛が走る Lhermitte 徴候が知られる。 ・MRI:T2 強調像・FLAIR 像で脳室周囲・皮質直下・テント下・脊髄に高信号病変。活動性病変はガドリニウム造影で増強される。 ・診断:McDonald 診断基準(2017年改訂)で、臨床所見と MRI により空間的多発・時間的多発を証明する。髄液オリゴクローナルバンド陽性は時間的多発の代わりとして用いることができる。 ・治療:急性増悪期はステロイドパルス療法(無効なら血漿浄化療法)、再発予防にはインターフェロンβ、フィンゴリモド、ナタリズマブ、フマル酸ジメチルなどの疾患修飾薬を用いる。 ・鑑別:視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)は抗アクアポリン4抗体陽性で、3椎体以上に及ぶ長い脊髄病変や重い視神経炎が特徴である。MS の治療薬(インターフェロンβなど)で増悪することがあるため鑑別が重要である。
髄液マーカーの対応
・ミエリン塩基性蛋白上昇、オリゴクローナルバンド陽性、IgG index 上昇:多発性硬化症 ・総タウ・リン酸化タウ上昇、Aβ42 低下:Alzheimer 病 ・14-3-3 蛋白・総タウ著増、RT-QuIC 陽性:Creutzfeldt-Jakob 病 ・ADA 上昇、糖低下、リンパ球優位の細胞増多:結核性髄膜炎
POINT
・若年女性、空間的に多発する神経症状、脳室周囲白質の多発卵円形病変(側脳室に垂直)→ 多発性硬化症。 ・MS の髄液所見:ミエリン塩基性蛋白上昇(急性期、脱髄の反映)、オリゴクローナルバンド陽性、IgG index 上昇。 ・タウ上昇・Aβ42 低下は Alzheimer 病、14-3-3 蛋白は Creutzfeldt-Jakob 病、ADA は結核性髄膜炎。
