甲状腺全摘の翌朝、指がつる―副甲状腺が教える「足すべき1つ」
第105回医師国家試験 D問題 第58問
国試問題にチャレンジ
67歳の男性。進行喉頭癌と診断され,昨日,甲状腺全摘を含む拡大手術を受けた。今朝から両手のしびれ感を訴えている。手指の有痛性筋攣縮を認める。 輸液に加えるのはどれか。
- a.Na
- b.K
- c.Cl
- d.Ca
- e.P
- f.Mg
- g.Cu
- h.Fe
- i.Zn
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
甲状腺全摘、特に悪性腫瘍に対する拡大手術の後早期に、両手や口周囲のしびれ、手指の有痛性攣縮といったテタニー症状が出たら、副甲状腺の摘出や血流障害によるPTH欠乏と低Ca血症を考えます。治療はグルコン酸カルシウムの緩徐な静注・点滴で、心電図モニター下に行い、その後は経口Ca製剤と活性型ビタミンD製剤で維持します。PTH欠乏では高リン血症となるためリンは補充せず、Ca補充に反応しにくい場合は低Mg血症の合併を確認します。術後出血による気道閉塞、反回神経麻痺、甲状腺機能低下症とあわせて甲状腺術後の合併症を整理しておくことは、外科病棟での早期発見と安全な管理に直結します。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・進行喉頭癌に対し、前日に甲状腺全摘を含む拡大手術(喉頭全摘に加え、甲状腺や周囲組織・リンパ節を一塊に切除する手術)を受けている。 ・術翌朝から両手のしびれ感が出現し、手指の有痛性筋攣縮を認める。
病態の推定
甲状腺の背面には上下左右計4腺の副甲状腺が付着している。甲状腺全摘、特に悪性腫瘍に対して周囲組織ごと切除する拡大手術では、副甲状腺が一緒に摘出されたり、副甲状腺を栄養する血管(主に下甲状腺動脈の枝)が損傷されて血流が途絶えたりしやすい。その結果、副甲状腺ホルモン(PTH)の分泌が急激に低下する(術後副甲状腺機能低下症)。 PTHは、①骨吸収を促して骨からCaを動員する、②腎遠位尿細管でのCa再吸収を促進する、③腎でのビタミンDの活性化(1α水酸化)を促して腸管からのCa吸収を高める、という作用により血清Caを維持している。PTHが欠乏すると数時間~数日のうちに低Ca血症が生じる。 低Ca血症では神経・筋細胞膜の興奮性が高まり、口周囲や手指のしびれ(感覚異常)に始まり、手指の有痛性筋攣縮、助産師の手位(Trousseau徴候)などのテタニー症状が現れる。重症では喉頭痙攣、全身痙攣、QT延長による不整脈をきたしうる。本症例の術後早期のしびれと手指の有痛性攣縮は、まさにこの経過に合致する。
設問の考え方
原因は副甲状腺機能低下による低Ca血症であるから、輸液にCaを加えて補正する。症状のある急性の低Ca血症では、グルコン酸カルシウムを静脈内に緩徐に投与し、必要に応じて持続点滴で維持する。経口摂取が可能になれば、経口Ca製剤と活性型ビタミンD製剤による長期管理へ移行する。
選択肢考察
- ×a. Na
誤り。Naの異常(低Na血症・高Na血症)は主に意識障害、頭痛、痙攣などの中枢神経症状をきたす。本症例の病態は副甲状腺機能低下による低Ca血症であり、Naの補充は手指のしびれやテタニーの改善につながらない。
- ×b. K
誤り。低K血症では主に筋力低下、麻痺、不整脈がみられる。低K血症に伴う代謝性アルカローシスでは、アルブミンに結合するCaが増えてイオン化Caが低下し、テタニーが起こることはある。しかし甲状腺全摘直後のテタニーの原因としてKは考えにくく、K補充は治療にならない。
- ×c. Cl
誤り。Clの補充は、嘔吐などによる低Cl性代謝性アルカローシスの補正には用いられるが、副甲状腺機能低下症による低Ca血症には無効である。
- ○d. Ca
正しい。甲状腺全摘を含む拡大手術で副甲状腺が摘出・損傷され、PTH分泌が低下して低Ca血症を起こし、テタニー症状(しびれ、手指の有痛性筋攣縮)が出現したと考えられる。原因である低Ca血症を補正するため、グルコン酸カルシウムなどのCa製剤を輸液に加えて静注・点滴する。静注は心電図をみながらゆっくり行う(急速静注は不整脈の危険がある)。その後は経口Ca製剤と活性型ビタミンD製剤で維持する。
- ×e. P
誤り。PTHには腎近位尿細管でのリン再吸収を抑制する作用があるため、副甲状腺機能低下症では尿中リン排泄が減り、むしろ高リン血症となる。ここにリンを加えると高リン血症を悪化させ、リン酸カルシウムとして沈着することで血清Caをさらに低下させるおそれがある。
- ×f. Mg
誤り。低Mg血症はPTH分泌の低下やPTHへの反応性低下を招き、低Ca血症やテタニーの原因となる。そのため、Ca補充に反応しにくい難治性の低Ca血症では血清Mgを確認し、低値なら補充する。しかし本症例は甲状腺全摘直後に生じた経過から副甲状腺機能低下が原因と考えられ、第一に加えるべきはCaである。
- ×g. Cu
誤り。銅は長期の中心静脈栄養などで欠乏すると貧血、好中球減少、神経障害(脊髄症)をきたす微量元素である。術翌日のテタニーとは関係がない。
- ×h. Fe
誤り。鉄欠乏は小球性低色素性貧血をきたすが、テタニーの原因にはならない。本症例で補充する理由はない。
- ×i. Zn
誤り。亜鉛欠乏は長期の中心静脈栄養などで生じ、皮膚炎(口囲・四肢末端)、味覚障害、脱毛、創傷治癒遅延をきたす。術翌日の急性のしびれや筋攣縮とは関係がない。
甲状腺手術後の主な合併症
・術後出血:頸部血腫による気道圧迫・窒息の危険があり、術後早期に最も注意すべき合併症の一つである。 ・反回神経麻痺:嗄声、両側麻痺では呼吸困難(声門が閉じた位置で固定するため)。 ・副甲状腺機能低下症:低Ca血症によるテタニー。多くは術後1~3日以内に出現する。副甲状腺の血流障害による一過性のものと、摘出による永続性のものがある。 ・甲状腺機能低下症:甲状腺全摘後は甲状腺ホルモン(レボチロキシン)の補充が必須となる。 ・甲状腺クリーゼ:甲状腺機能亢進状態のまま手術した場合に起こりうる。
低Ca血症の身体所見
・Trousseau徴候:上腕にマンシェットを巻き、収縮期血圧以上で約3分間圧迫すると、手指が助産師の手位(手関節屈曲、中手指節関節屈曲、指節間関節伸展、母指内転)となる。 ・Chvostek徴候:耳前部の顔面神経を叩打すると、同側の口角や顔面筋が収縮する。 ・心電図:QT延長。
低Ca血症の治療
・急性・症候性:グルコン酸カルシウムの緩徐静注、続いて持続点滴。静注時は心電図モニターを行い、ジギタリス服用中の患者では特に注意する。Ca製剤は炭酸水素ナトリウムやリン酸を含む輸液と混合すると沈殿を生じる。 ・慢性(永続性副甲状腺機能低下症):活性型ビタミンD製剤(アルファカルシドール、カルシトリオール)と経口Ca製剤。PTH欠乏下では腎でのCa再吸収が低下しているため、血清Caを正常下限程度に保ち、高Ca尿症や腎結石に注意する。 ・低Mg血症の合併があればMgも補充する(Mgが不足したままではPTH分泌・作用が回復せず、Ca補充に反応しにくい)。
血清Caの評価
血清総Caはアルブミン濃度の影響を受けるため、低アルブミン血症では補正Ca値=実測Ca+(4-アルブミン値)で評価する。アルカローシスではイオン化Caが低下するため、過換気でもテタニーが起こる。
POINT
・甲状腺全摘(特に悪性腫瘍に対する拡大手術)後の早期に手指・口周囲のしびれやテタニーが出現したら、副甲状腺機能低下による低Ca血症を考える。 ・治療はCa製剤(グルコン酸カルシウム)の緩徐静注・点滴、その後は経口Ca製剤と活性型ビタミンD製剤。 ・副甲状腺機能低下症では高リン血症となるため、リンは補充しない。 ・Ca補充に反応しにくい低Ca血症では低Mg血症を確認する。 ・甲状腺術後の合併症:出血(気道閉塞)、反回神経麻痺、副甲状腺機能低下症、甲状腺機能低下症。
