右肩上がりの1本線を読み解く―2000年代の感染症報告数とHIV/AIDS
第105回医師国家試験 B問題 第62問
国試問題にチャレンジ
我が国の感染症発生動向調査における梅毒,破傷風,日本脳炎,マラリア,細菌性赤痢,つつが虫病,Creutzfeldt-Jakob病および後天性免疫不全症候群の患者報告数の推移の図を示す。 矢印で示すのはどれか。

- a.梅毒
- b.破傷風
- c.日本脳炎
- d.マラリア
- e.細菌性赤痢
- f.つつが虫病
- g.Creutzfeldt-Jakob病
- h.後天性免疫不全症候群
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
感染症発生動向調査は感染症法に基づく届出を集計する仕組みで、細菌性赤痢(3類)や日本脳炎・マラリア・つつが虫病(4類)は直ちに、梅毒・破傷風・Creutzfeldt-Jakob病・後天性免疫不全症候群(5類全数把握)は原則7日以内に届け出ます。2000年代には、無症候性のHIV感染者を含む後天性免疫不全症候群の報告が増え続け、2008年に1,557件と当時の最多を記録し、図中で最も多く右肩上がりの系列に一致します。同じ時期、細菌性赤痢は減少、つつが虫病は横ばい、日本脳炎は年間数例でした。その後はHIV/AIDSが減少傾向に転じる一方、梅毒が急増して2022年以降は年間1万人を超えており、疫学データは年代とともに変わることを意識する必要があります。報告数の大きさと推移の形から疾患を推定する力は、感染症対策の優先度を考える公衆衛生的な視点の基礎になります。
解答・解説
正解はhです
図の読み取り
図は平成13〈2001〉年から平成21〈2009〉年までの、感染症発生動向調査(感染症法に基づき医師の届出を集計して流行状況を把握する仕組み)における8疾患の年間報告数の推移である。矢印の系列は次の特徴をもつ。 ・全期間を通じて8疾患中で最も報告数が多い(約900人から始まり、最大で約1,600人)。 ・平成15年ごろから右肩上がりに増え、平成20〈2008〉年にピーク(約1,550人)を迎え、平成21年にやや減少している(約1,450人)。
考え方
選択肢の8疾患はいずれも全数把握(診断したすべての症例を届け出る)対象である。この時期に年間1,000人を超えて報告され、しかも増加を続けていた全数把握疾患は、後天性免疫不全症候群(AIDS: acquired immunodeficiency syndrome、届出上はHIV感染症を含む)である。HIV感染者とAIDS患者を合わせた新規報告数は、平成20年に1,557件で過去最多となり、平成21年は1,452件であった。これは図の矢印の系列の形と一致する。 他の系列も確認しておくと、800人前後から大きく減少していく系列が細菌性赤痢、500〜800人台で平成20年にピークをもつ系列が梅毒、400人前後で推移する系列がつつが虫病、100〜200人程度の低い位置にある系列がCreutzfeldt-Jakob病・破傷風・マラリア、ほぼ0の系列が日本脳炎と考えられる。 なお本問は「現在の国試対策として有用ではない設問」とされている。図が2009年までのデータであり、その後の動向(とくに梅毒の急増とHIV/AIDS報告数の減少)によって、現在は疾患ごとの報告数の大小関係が大きく変わっているためである(supplement参照)。
選択肢考察
- ×a. 梅毒
梅毒は5類感染症(全数把握)で、診断後7日以内に届け出る。報告数は平成15〈2003〉年ごろまで減少し、その後増加に転じ、平成20〈2008〉年839人、平成21〈2009〉年692人であった。図では500〜800人台で推移し平成20年にピークをもつ系列に当たり、矢印の系列(1,000人以上)よりも少ない。ただし2010年代以降は急増し、2022年以降は年間1万人を超えており、現在では選択肢中で最も報告数が多い疾患である。
- ×b. 破傷風
破傷風は5類感染症(全数把握)で、診断後7日以内に届け出る。年間報告数はおおむね100人前後で、明らかな増加傾向はない。患者の多くは破傷風トキソイドの予防接種を受けていない、あるいは免疫が減衰した高齢者である。図では下方の低い系列の一つであり、矢印の系列ではない。
- ×c. 日本脳炎
日本脳炎は4類感染症(動物や飲食物を介してヒトに感染する疾患群)で、診断後直ちに届け出る。ワクチン接種の普及などにより患者は激減し、年間数例程度にとどまる(平成15〜20年の6年間で計33例)。図ではほぼ0で推移する最下段の系列であり、矢印の系列ではない。
- ×d. マラリア
マラリアは4類感染症で、診断後直ちに届け出る。国内での感染はなく、すべて流行地で感染した輸入感染症である。年間報告数は60〜70例前後で横ばいであり、図では下方の低い系列の一つである。
- ×e. 細菌性赤痢
細菌性赤痢は3類感染症(特定の職業への就業によって集団発生を起こしうる疾患群)で、診断後直ちに届け出る。報告数は平成13〈2001〉年の約800例から減少を続け、平成18〈2006〉年には500例以下、平成21年には200例以下となった。図では左上から右下へ大きく下がっていく系列に当たり、増加している矢印の系列とは推移が逆である。
- ×f. つつが虫病
つつが虫病は4類感染症で、診断後直ちに届け出る。Orientia tsutsugamushiを保有するツツガムシ(ダニの一種)の幼虫に刺されて感染するリケッチア症で、年間報告数は400例前後で横ばいである。図では400人前後を推移する系列に当たり、矢印の系列ではない。
- ×g. Creutzfeldt-Jakob病
Creutzfeldt-Jakob病(CJD)はプリオン病の代表で、5類感染症(全数把握)として診断後7日以内に届け出る。大部分は孤発性で、報告数は年間100〜200例程度である。図では下方の系列の一つであり、矢印の系列ではない。
- ○h. 後天性免疫不全症候群
後天性免疫不全症候群は5類感染症(全数把握)で、診断後7日以内に届け出る。届出対象は正確には「後天性免疫不全症候群(HIV感染症を含む)」であり、AIDSを発症していない無症候性のHIV感染者も届け出る。HIV感染者とAIDS患者を合わせた新規報告数は2000年代を通じて増加し、平成20〈2008〉年に1,557件と過去最多、平成21〈2009〉年に1,452件であった。図の中で最も報告数が多く、増加を続けて平成20年にピークをもつ矢印の系列と一致する。
感染症法の類型と届出(本問の疾患)
・3類感染症(診断後直ちに届出):細菌性赤痢、コレラ、腸チフス、パラチフス、腸管出血性大腸菌感染症 ・4類感染症(診断後直ちに届出):日本脳炎、マラリア、つつが虫病など ・5類感染症のうち全数把握疾患(原則として診断後7日以内に届出):梅毒、破傷風、Creutzfeldt-Jakob病、後天性免疫不全症候群(HIV感染症を含む)など ・5類感染症のうち定点把握疾患:インフルエンザ、感染性胃腸炎など。指定された医療機関(定点)のみが報告する。
図の時期以降の動向
・HIV/AIDS:新規報告数は2013年ごろの約1,600件を最多として以降は減少傾向となり、2020年代は年間1,000件前後で推移している。新規報告のうち、HIV感染に気づかずAIDSを発症して初めて診断される例(いわゆる「いきなりエイズ」)が約3割を占めることが課題である。感染経路は男性同性間の性的接触が最も多い。 ・梅毒:2010年代前半から急増し、2022年以降は年間1万人を超える報告が続いている。若年女性や異性間性的接触による感染の増加、先天梅毒の報告もみられる。 ・細菌性赤痢は減少を続け、多くは海外での感染(輸入例)である。
HIV感染症の基本
HIV(human immunodeficiency virus)はCD4陽性T細胞に感染して細胞性免疫を低下させる。未治療では数年〜10年程度の無症候期を経て、ニューモシスチス肺炎などの指標疾患を発症した段階でAIDSと診断される。多剤併用の抗レトロウイルス療法(ART)により、現在は長期生存が可能であり、ウイルス量を検出限界未満に保てば性交渉で他者に感染させない(U=U)ことも示されている。
POINT
・感染症発生動向調査では、疾患ごとの類型と届出期限(3類・4類は直ちに、5類全数把握は原則7日以内)を押さえる。 ・後天性免疫不全症候群の届出は「HIV感染症を含む」ため、無症候性のHIV感染者も届け出る。 ・2000年代はHIV/AIDSが増加を続け、全数把握疾患の中で報告数が特に多かった(2008年に1,557件で最多)。 ・現在は梅毒の急増(年間1万人超)とHIV/AIDSの減少傾向という、図とは異なる状況になっている。 ・細菌性赤痢は減少、つつが虫病は横ばい、日本脳炎は年間数例である。
