脳外科手術なのに胸部写真がカギ―巨大ブラと笑気の危ない関係
第104回医師国家試験 G問題 第42問
国試問題にチャレンジ
42歳の男性。全身麻酔下で緊急脳動脈瘤クリッピング術を行う。術前の胸部エックス線写真を別に示す。 使用すべきでない麻酔薬はどれか。

- a.亜酸化窒素
- b.セボフルラン
- c.イソフルラン
- d.チオペンタール
- e.プロポフォール
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
胸部エックス線で肺紋理が消失した薄壁の透亮域を認めれば巨大ブラを考え、これは体内の閉鎖腔として麻酔上の注意点になります。亜酸化窒素は窒素より30倍以上血液に溶けやすいため、閉鎖腔に速やかに流入して容積や内圧を増大させ、ブラの破裂から緊張性気胸を招くおそれがあるので使用すべきではありません。さらに亜酸化窒素は脳血流量や頭蓋内圧を上げうるため、脳神経外科手術にも適しません。一方、セボフルランやイソフルランなどの揮発性吸入麻酔薬、チオペンタールやプロポフォールなどの静脈麻酔薬は閉鎖腔を膨張させず使用可能です。気胸、イレウス、気脳症、中耳や眼内ガスなど亜酸化窒素を避けるべき病態をまとめて理解しておくことは、術前評価に基づく安全な麻酔薬選択の基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
42歳男性に対し、全身麻酔下で緊急の脳動脈瘤クリッピング術を予定している。設問は「術前の胸部エックス線写真」を踏まえて使用を避けるべき麻酔薬を問うており、答えの鍵は胸部写真にある。
画像の読み取り
左肺野に肺紋理(肺血管影)が消えて透過性が亢進した広い領域があり、その辺縁は薄い壁で縁取られている。これは巨大肺嚢胞(巨大ブラ)の所見である。気胸でも肺紋理の消失と透過性亢進はみられるが、気胸では虚脱した肺が肺門側に縮み、臓側胸膜の線(pleural line)が胸壁と平行に見えるのに対し、巨大ブラでは含気腔が肺実質内に存在するため、残存肺との境界が嚢胞側に向かって凹む(肺実質が嚢胞に押されて上に凸の形になる)という違いがある。
設問の考え方
巨大ブラは周囲の気道とほとんど交通しない「体内の閉鎖腔(ガスがたまった閉じた空間)」とみなせる。閉鎖腔があるときに問題になる麻酔薬は亜酸化窒素(笑気、N2O)である。亜酸化窒素は窒素に比べて血液への溶解度がはるかに高いため、閉鎖腔に速やかに流れ込む一方、腔内の窒素はゆっくりとしか抜けない。その結果、腔の容積(コンプライアンスの高い腔の場合)や内圧(壁の硬い腔の場合)が増大する。巨大ブラが膨張すると、陽圧換気と相まってブラが破裂し、緊張性気胸を起こす危険がある。 また本症例は脳神経外科手術であり、亜酸化窒素には脳血流量・脳代謝・頭蓋内圧を上昇させる作用もあるため、この点からも積極的に選ぶ理由はない。一方、揮発性吸入麻酔薬(セボフルラン、イソフルラン)や静脈麻酔薬(チオペンタール、プロポフォール)は閉鎖腔を膨張させないので、巨大ブラがあっても使用できる。
選択肢考察
- ○a. 亜酸化窒素
使用すべきでない。亜酸化窒素の血液/ガス分配係数は約0.47で、窒素(約0.015)の約30倍以上血液に溶けやすい。そのため、閉鎖腔内の窒素が血液に抜けていくよりもはるかに速く亜酸化窒素が腔内へ移行し、腔の容積・内圧が上がる。75%程度の高濃度で吸入すると、気胸の容積は数十分で2倍以上になりうるとされる。巨大ブラではブラの膨張・破裂による気胸、ひいては緊張性気胸を招くおそれがあるため避けるべきである。加えて亜酸化窒素は脳血管を拡張させ頭蓋内圧を上げうるため、脳動脈瘤手術との相性もよくない。
- ×b. セボフルラン
使用できる。セボフルランは揮発性吸入麻酔薬で、血液への溶解度が低く導入・覚醒が速い。気道刺激性が少ないため緩徐導入にも用いられる。亜酸化窒素のように閉鎖腔へ大量に移行して容積を増やすことはなく、巨大ブラの存在は使用の妨げにならない。高濃度では脳血管拡張作用があるが、通常の維持濃度(1 MAC程度以下)であれば脳神経外科麻酔にも広く使われている。
- ×c. イソフルラン
使用できる。イソフルランも揮発性吸入麻酔薬であり、閉鎖腔を膨張させる性質はない。脳代謝を抑制する一方で、濃度依存性に脳血管を拡張させるため、頭蓋内圧が高い場合は濃度に配慮する。巨大ブラを理由に禁忌となる薬ではない。
- ×d. チオペンタール
使用できる。チオペンタールは超短時間作用型のバルビツール酸系静脈麻酔薬で、導入に用いられる。脳酸素消費量・脳血流量・頭蓋内圧を低下させる作用があり、脳保護を期待して脳神経外科麻酔で用いられてきた。静脈から投与する薬であり、閉鎖腔の容積には影響しない。なお、喘息発作を誘発しうること、急性間欠性ポルフィリン症で禁忌であることは別途押さえておく。
- ×e. プロポフォール
使用できる。プロポフォールは導入・維持の両方に使える静脈麻酔薬で、作用発現・覚醒が速い。脳代謝と脳血流量を低下させ頭蓋内圧を下げる方向に働くため、脳神経外科手術の全静脈麻酔(TIVA)でもよく使われる。閉鎖腔を膨張させることはなく、巨大ブラがあっても問題なく使用できる。
亜酸化窒素が閉鎖腔を膨張させる機序
体内の閉鎖腔にたまったガスは、主に空気由来で窒素が大部分を占める。亜酸化窒素を用いる麻酔では、吸入気は亜酸化窒素・酸素(+揮発性麻酔薬)で構成され、窒素は含まれない。すると、閉鎖腔と血液の間で「窒素が腔から血液へ」「亜酸化窒素が血液から腔へ」と交換が起こる。亜酸化窒素は窒素より30倍以上血液に溶けやすく、血液によって大量に運ばれてくるため、流入量が流出量を大きく上回り、腔内のガス量が増える。壁が伸びやすい腔では容積が、壁が硬い腔では内圧が上昇する。
亜酸化窒素を避けるべき主な病態
・気胸、巨大肺嚢胞(ブラ) ・腸閉塞(イレウス):腸管拡張の増悪 ・気脳症、開頭術後早期:頭蓋内圧上昇 ・空気塞栓:気泡の増大 ・中耳手術・鼓膜形成術:中耳圧の上昇による移植片の偏位 ・眼内ガス(SF6など)注入後の硝子体手術:眼圧上昇・失明の危険 ・カフ付き気管チューブのカフ:カフ圧上昇(カフ圧のモニタリングが必要)
その他の亜酸化窒素の特徴
・MAC(最小肺胞濃度)は約105%で、単独では十分な麻酔深度が得られず、他剤と併用する。 ・鎮痛作用は強いが、筋弛緩作用はない。 ・麻酔終了時に急に中止すると、肺胞内へ大量に拡散して酸素を希釈する(拡散性低酸素症)ため、中止後しばらく高濃度酸素を投与する。 ・ビタミンB12を不活化し、長時間・反復曝露でメチオニン合成酵素が阻害され、巨赤芽球性貧血や亜急性連合性脊髄変性症を起こしうる。 ・脳血流量・頭蓋内圧を上昇させる。
巨大ブラ患者の全身麻酔で注意すること
陽圧換気そのものがブラ内圧を上げて破裂のきっかけになりうるため、気道内圧を低く保つ換気設定を心がけ、術中の急な換気困難・低酸素・血圧低下では気胸(緊張性気胸)を疑い、胸腔ドレナージに備える。
POINT
・胸部エックス線で巨大ブラ(肺紋理が消失した薄壁の透亮域)を読み取る。 ・亜酸化窒素は窒素より血液に30倍以上溶けやすく、体内の閉鎖腔(気胸、ブラ、イレウス、気脳症、中耳、眼内ガスなど)を膨張させるため禁忌。 ・揮発性吸入麻酔薬(セボフルラン、イソフルラン)や静脈麻酔薬(チオペンタール、プロポフォール)は閉鎖腔を膨張させない。 ・亜酸化窒素は脳血流・頭蓋内圧も上げうるため、脳神経外科麻酔では用いない方がよい。
