「家で過ごしたい」を支え抜く―終末期在宅医療で医師がしてはいけないこと
第104回医師国家試験 F問題 第24問
国試問題にチャレンジ
72歳の女性。がんの終末期で在宅医療を利用している。2か月前に膵癌で入院し,肝,肺および骨への転移が見つかった。病状を知った本人と,主な介護者である夫とが自宅で穏やかに過ごすことを強く希望し,1か月前に自宅へ退院した。3日前から呼吸困難,強い疼痛および不眠を訴えるようになり,「憂うつで,もう死んだほうがましだ」と言うようになった。夫は妻の苦しむ姿を見ていられない。 在宅医療を担当する医師の対応として適切でないのはどれか。
- a.本人への再入院の説得
- b.本人への酸素吸入
- c.本人への抗うつ薬投与
- d.本人への鎮痛薬の増量
- e.夫への精神的ケア
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
終末期の療養場所は本人の意思を尊重して決めるものであり、本人と家族が理解したうえで選んだ在宅療養を、症状悪化を理由に医師が再入院へと説得するのは適切ではありません。終末期の苦痛は身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛が影響し合う全人的苦痛として捉え、まず痛みや呼吸困難を十分に緩和することが重要です。呼吸困難には酸素療法とオピオイド、強い疼痛には鎮痛薬の増量やレスキュー薬、抑うつや希死念慮には精神的支援と抗うつ薬の検討を、在宅でも行うことができます。さらに家族は「第二の患者」であり、介護者への精神的ケアは予期悲嘆やグリーフケアにもつながる緩和ケアの一部です。多職種連携による在宅支援体制と、繰り返しの話し合いによるアドバンス・ケア・プランニングは、患者がその人らしく最期を迎えるための基盤となります。
解答・解説
正解はaです
状況の整理
・72歳女性、膵癌の終末期で、肝・肺・骨に転移がある。 ・病状を理解したうえで、本人と主介護者である夫が「自宅で穏やかに過ごす」ことを強く希望し、在宅医療を選択している。 ・3日前から呼吸困難、強い疼痛、不眠が出現した。肺転移(あるいはがん性リンパ管症、胸水)による呼吸困難、膵癌そのものによる内臓痛や骨転移による痛みが考えられる。 ・「憂うつで、もう死んだほうがましだ」という発言があり、抑うつ状態と希死念慮がうかがわれる。 ・夫は妻の苦しむ姿を見ていられないと感じ、精神的に追い詰められている。
考え方
終末期がん患者の苦痛は、身体的苦痛(痛み、呼吸困難など)、精神的苦痛(不安、抑うつ)、社会的苦痛(家族・経済の問題)、スピリチュアルな苦痛(生きる意味や死への恐怖)が互いに影響し合う「全人的苦痛(トータルペイン)」として捉える。本例の抑うつや「死んだほうがまし」という言葉は、コントロールされていない痛み・呼吸困難・不眠から生じている部分が大きいと考えられ、まず身体症状を十分に緩和し、そのうえで精神症状に対処することが重要である。また、緩和ケアの対象には患者だけでなく家族も含まれる。 在宅医療を担当する医師の役割は、本人の意思(自己決定)を尊重し、希望する場所で最期までその人らしく過ごせるよう、症状緩和と家族支援を行うことである。症状が悪化したからといって、本人と家族が十分に理解したうえで選んだ在宅療養を覆し、入院を説得することは、この役割に反する。 本問は「適切でないのはどれか」を問う問題であり、酸素吸入・抗うつ薬・鎮痛薬増量・夫へのケアはいずれも在宅で行える適切な対応、再入院の説得が適切でない対応である。
選択肢考察
- ○a. 本人への再入院の説得
これが適切でない対応である。本人と夫は病状を理解したうえで自宅で過ごすことを強く望み、在宅医療を選択している。呼吸困難や疼痛、不眠は在宅でも酸素療法やオピオイド(医療用麻薬)の増量・持続皮下注射などで十分に緩和できることが多く、症状の悪化だけを理由に医師の側から入院を説得するのは、患者の自己決定権を尊重していない。もちろん、本人や家族が入院を望んだ場合や、在宅ではどうしても苦痛を取り除けない場合には入院も選択肢となるが、その場合も意思決定の主体は本人であり、「説得」するものではない。
- ×b. 本人への酸素吸入
適切な対応である。呼吸困難は、肺転移やがん性リンパ管症、胸水などによって生じていると考えられる。在宅でも酸素濃縮装置を用いた在宅酸素療法が導入でき、低酸素血症がある場合には呼吸困難の軽減が期待できる。なお、がん患者の呼吸困難に対しては、低酸素血症の有無にかかわらずモルヒネなどのオピオイドが有効であり、酸素吸入と組み合わせて症状の緩和を図る。
- ×c. 本人への抗うつ薬投与
適切な対応である。「憂うつで、もう死んだほうがましだ」という発言は抑うつ状態と希死念慮を示しており、放置すべきではない。まず痛みや不眠などの身体症状を十分に緩和し、その影響を踏まえてうつ病か適応障害かを評価する。抑うつが続く場合には、傾聴などの精神的支援とともに抗うつ薬の投与を検討する。抗うつ薬は効果が出るまで数週間かかることが多いため、予後の見通しや副作用も考慮して薬剤を選ぶ。
- ×d. 本人への鎮痛薬の増量
適切な対応である。強い疼痛が出現しており、不眠の原因にもなっていると考えられ、現在の鎮痛は不十分である。膵癌では腫瘍の浸潤による内臓痛(腹部や背部の鈍い痛み)が多く、骨転移による痛みも加わりうる。WHOの方式に沿って、オピオイドの増量や種類の変更(オピオイドスイッチング)、突出痛に対する頓用(レスキュー薬)の使用を行う。骨転移痛にはNSAIDsの併用や放射線治療が、膵癌の内臓痛には腹腔神経叢ブロックが有効なこともある。痛みが和らげば、不眠や抑うつの改善も期待できる。
- ×e. 夫への精神的ケア
適切な対応である。緩和ケアでは「家族は第二の患者」と考え、家族も支援の対象とする。夫は妻を失いつつある悲しみを抱えながら、主な介護者として妻を支えなければならず、身体的・精神的な負担が大きい。話をよく聴いて気持ちを受け止め、症状緩和の見通しを説明し、訪問看護や介護サービスの利用で負担を軽くすることが大切である。死別の前から始める悲嘆への支援(予期悲嘆へのケア)や、死別後のグリーフケアにもつながる。
緩和ケアの定義(WHO)
緩和ケアは、生命を脅かす病気に関連する問題に直面している患者とその家族のQOL(生活の質)を、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価・対処することで、苦痛を予防し和らげることによって改善するアプローチである。終末期に限らず、診断時から治療と並行して行う。
全人的苦痛(トータルペイン)
身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルな苦痛の4つが互いに影響し合う。身体の痛みが強いと抑うつや不眠が悪化し、不安が強いと痛みも強く感じられる。
がん疼痛の薬物療法
・痛みの強さに応じて、非オピオイド鎮痛薬(NSAIDs、アセトアミノフェン)、弱オピオイド、強オピオイド(モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォンなど)を用いる。現在のWHOガイドラインでは、痛みが強ければ最初から強オピオイドを使うことも認められている。 ・定時投与を基本とし、突出痛にはレスキュー薬を用いる。 ・オピオイドの副作用(便秘、悪心・嘔吐、眠気)への対策を同時に行う。 ・神経障害性疼痛には鎮痛補助薬、骨転移痛には放射線治療を併用する。
がん患者の呼吸困難への対応
原因(胸水、貧血、気道狭窄など)への治療が可能なら行う。症状緩和にはオピオイド(特にモルヒネ)が有効で、低酸素血症があれば酸素療法を行う。ステロイドや抗不安薬を併用することもある。
がん患者の精神症状
がん患者では適応障害・うつ病・せん妄の頻度が高い。希死念慮の訴えがあれば、その背景(痛み、孤立感、負担感など)を丁寧に聴き取る。終末期では意識障害(せん妄)が抑うつに見えることもあるため鑑別する。
在宅医療を支える体制
在宅療養支援診療所、訪問看護ステーション、薬局、ケアマネジャーなどが連携し、24時間の往診・訪問看護体制を整える。本人の意思を尊重した療養場所や治療方針の話し合い(アドバンス・ケア・プランニング、人生会議)を繰り返し行うことが大切である。
POINT
・終末期の療養場所は本人の意思を尊重して決める。症状悪化を理由に医師が入院を説得するのは不適切である。 ・苦痛は全人的苦痛(身体・精神・社会・スピリチュアル)として捉え、まず身体症状を十分に緩和する。 ・呼吸困難には酸素療法とオピオイド、疼痛には鎮痛薬の増量、抑うつには精神的支援と抗うつ薬を検討する。 ・家族は「第二の患者」であり、介護者への精神的ケアも緩和ケアの一部である。
