StudyMed医師国家試験

若くして、右側に、ほかの臓器にも―リンチ症候群は「FAPとの対比」で攻略する

第104回医師国家試験 D問題 第2問

国試問題にチャレンジ

第104回 D問題 第2問

遺伝性非ポリポーシス大腸癌で正しいのはどれか。

  1. a.予後が悪い。
  2. b.若年で発症する。
  3. c.左側結腸に好発する。
  4. d.APC遺伝子異常がある。
  5. e.他臓器癌の発生頻度が低い。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は遺伝性非ポリポーシス大腸癌、いまはリンチ症候群と呼ばれることが多い疾患の特徴を問う知識問題だ。コツは、同じ遺伝性大腸癌である家族性大腸腺腫症(FAP)と並べて整理すること。まず名前にある「非ポリポーシス」から何がわかるかな。
医学生医学生
ポリープが大量にできるわけではない、ということですよね。FAPとはそこが違うと。
ドクタードクター
その通り。FAPでは大腸に通常100個以上の腺腫ができるけれど、HNPCCではポリポーシスを伴わずに大腸癌が発生する。では、原因遺伝子は何だと思う?
医学生医学生
遺伝性大腸癌と聞くとAPC遺伝子が真っ先に浮かびます。分子生物学の講義でadenoma-carcinoma sequenceを習ったとき、出発点がAPCでした。
ドクタードクター
そこが典型的なひっかけだね。APC遺伝子の生殖細胞系列変異はFAPの原因。HNPCCの原因は、MLH1、MSH2、MSH6、PMS2といったDNAミスマッチ修復(MMR)遺伝子の変異なんだ。DNA複製のときに生じた塩基の読み間違いを直す仕組みが壊れるので、短い配列が繰り返すマイクロサテライトの長さが変わってしまう。これがマイクロサテライト不安定性、MSIだ。
医学生医学生
修復されない誤りが癌抑制遺伝子などに溜まっていって、癌になるわけですね。
ドクタードクター
そういうこと。では、この病気がなぜ若いうちに発症するのか考えてみよう。
医学生医学生
Knudsonの2ヒット説でしょうか。生まれつき全身の細胞で片方のアレルに変異があるので、もう片方に1回変異が起きるだけで修復機能が失われる、と。
ドクタードクター
完璧だ。だから散発性大腸癌が60〜70歳代中心なのに対して、HNPCCの大腸癌は平均40歳代半ばと明らかに若い。臨床診断に使う改訂アムステルダム基準にも「少なくとも1人が50歳未満で診断されている」という項目が入っている。若年発症、これが正解だね。
医学生医学生
好発部位はどうでしょう。大腸癌は直腸とS状結腸に多いと習ったので、左側かなと思ったのですが。
ドクタードクター
それは散発性大腸癌の話なんだ。HNPCCはむしろ逆で、盲腸から横行結腸の近位側までの右側結腸に6〜7割が発生するとされる。組織学的には低分化腺癌や粘液癌が多く、腫瘍内へのリンパ球浸潤が目立つのも特徴だよ。
医学生医学生
遺伝性の癌というと、予後も悪いイメージがあります。
ドクタードクター
直感的にはそう思えるよね。でも実際には、同じ病期の散発性大腸癌と同等か、むしろ良好と報告されることが多い。MSIを示す腫瘍は遺伝子変異の数が非常に多く、異常なタンパクが免疫系に認識されやすい。だからリンパ球がたくさん集まり、遠隔転移を来しにくい傾向があるんだ。さらに進行・再発したdMMR/MSI-Highの大腸癌には、免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示す。
医学生医学生
変異が多いことが、かえって免疫の標的になりやすいという弱点にもなるんですね。そう考えると、修復異常は全身の細胞にあるので、大腸以外の癌も多いはずですよね。
ドクタードクター
その通り。代表は子宮内膜癌で、女性では大腸癌に匹敵する頻度で起こる。ほかに卵巣癌、胃癌、小腸癌、腎盂・尿管癌、胆道癌、膵癌なども知られていて、日本では胃癌が多い傾向がある。大腸の中でも同時性・異時性の多発癌が多いから、他臓器癌の頻度が低いというのは誤りだ。
医学生医学生
産婦人科の臨床実習で、若い子宮体癌の患者さんの家族歴を先生がとても丁寧に聞いていたのは、このためだったんですね。
ドクタードクター
いい経験をしたね。ここまでをまとめると、若年発症、右側結腸に多い、多発癌と他臓器癌、予後は悪くない、原因はAPCではなくMMR遺伝子。これでFAPとしっかり区別できる。
医学生医学生
診断はアムステルダム基準に当てはまるかどうかで決めるんですか。
ドクタードクター
アムステルダム基準は特異度が高い反面、感度が低い。そこで改訂ベセスダ基準で、腫瘍組織のMSI検査やMMRタンパクの免疫組織化学染色を行う対象を選び、最終的には遺伝学的検査でMMR遺伝子の病的変異を確認して確定する。近年は、大腸癌や子宮内膜癌の患者さん全員に腫瘍のMMR検査を行うユニバーサルスクリーニングも提唱されているよ。
医学生医学生
腫瘍がMSIを示したら、すべてリンチ症候群と考えていいのでしょうか。
ドクタードクター
そこは注意が必要だ。散発性大腸癌の一部、特に高齢女性の右側結腸癌でもMSIはみられる。その多くはMLH1のプロモーターがメチル化されて後天的に働かなくなったもので、BRAF遺伝子変異を伴うことが多い。これらを調べることでリンチ症候群と区別するんだ。
医学生医学生
管理はFAPのように予防的な大腸全摘になるんですか。
ドクタードクター
FAPでは原則として予防的大腸全摘が行われるけれど、リンチ症候群では1〜2年ごとの大腸内視鏡によるサーベイランスが中心になる。子宮内膜癌など他臓器癌への目配りや、血縁者への遺伝カウンセリングも大切な役割だね。

まとめ

遺伝性非ポリポーシス大腸癌(リンチ症候群)は、MLH1・MSH2・MSH6・PMS2などのミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞系列変異による常染色体顕性(優性)遺伝の癌素因症候群で、腫瘍はマイクロサテライト不安定性を示します。2ヒット説により若年(多くは50歳未満)で発症し、散発性大腸癌と異なり右側結腸に好発、多発癌や子宮内膜癌・胃癌・尿路上皮癌などの他臓器癌を伴いやすい一方、予後は散発性と同等かむしろ良好とされます。APC遺伝子異常は家族性大腸腺腫症の原因であり、両者を原因遺伝子・ポリープ数・好発部位・管理方針で対比して覚えるのが効果的です。診断は改訂アムステルダム基準や改訂ベセスダ基準、腫瘍のMMR検査を経て遺伝学的検査で確定し、管理は定期的な大腸内視鏡サーベイランスと血縁者への対応が中心となるため、遺伝性腫瘍を見逃さない視点は日常診療でも重要です。

解答・解説

正解はbです

テーマ

遺伝性非ポリポーシス大腸癌(hereditary non-polyposis colorectal cancer:HNPCC)は、現在ではリンチ(Lynch)症候群と呼ばれることが多い常染色体顕性(優性)遺伝の癌素因症候群である。大腸癌全体の約2〜4%を占め、遺伝性大腸癌の中で最も頻度が高い。

押さえるべき特徴

・原因:DNAミスマッチ修復(mismatch repair:MMR)遺伝子(MLH1、MSH2、MSH6、PMS2など)の生殖細胞系列変異。 ・腫瘍の性質:マイクロサテライト不安定性(microsatellite instability:MSI)を示す。 ・臨床像:若年発症、右側結腸に多い、同時性・異時性の多発癌、大腸以外の癌(子宮内膜癌など)の合併。 ・予後:散発性大腸癌と同等かむしろ良好とされる。

正解を導く考え方

HNPCCを家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis:FAP)と対比して整理するのが近道である。FAPはAPC遺伝子の異常で大腸に多数(通常100個以上)の腺腫が生じるのに対し、HNPCCはMMR遺伝子の異常で、ポリポーシスを伴わずに若年から大腸癌が発生する。この区別ができれば、原因遺伝子・発症年齢・好発部位・他臓器癌の各選択肢を判断できる。

選択肢考察

  1. ×a.  予後が悪い。

    HNPCCの大腸癌は、同じ病期の散発性大腸癌と比べて予後は同等か、むしろ良好と報告されることが多い。MSIを示す腫瘍(dMMR:ミスマッチ修復欠損)は遺伝子変異が多く免疫原性が高いため、腫瘍内へのリンパ球浸潤が目立ち、遠隔転移を来しにくい傾向がある。また、進行・再発したdMMR/MSI-Highの大腸癌には免疫チェックポイント阻害薬が高い効果を示す。したがって「予後が悪い」は誤りである。

  2. ○b.  若年で発症する。

    生まれつき全身の細胞でMMR遺伝子の片方のアレルに変異があるため、残るもう一方のアレルに体細胞変異が加われば修復機能が失われ、癌化が一気に進む(Knudsonの2ヒット説)。そのため大腸癌の平均発症年齢は40歳代半ばと、散発性大腸癌(60〜70歳代が中心)より明らかに若い。臨床診断基準である改訂アムステルダム基準(アムステルダム基準II)にも「少なくとも1人が50歳未満で診断されている」という項目が含まれている。

  3. ×c.  左側結腸に好発する。

    HNPCCの大腸癌は右側結腸(盲腸・上行結腸・横行結腸の近位側)に好発し、約6〜7割が右側に発生するとされる。散発性大腸癌が直腸やS状結腸などの左側に多いのとは対照的である。また組織学的には低分化腺癌や粘液癌、腫瘍内のリンパ球浸潤が目立つといった特徴がある。

  4. ×d.  APC遺伝子異常がある。

    APC遺伝子の生殖細胞系列変異は家族性大腸腺腫症(FAP)の原因であり、HNPCCの原因ではない。HNPCCの原因はMLH1、MSH2、MSH6、PMS2などのMMR遺伝子の生殖細胞系列変異である(EPCAM遺伝子の欠失によるMSH2の不活化も知られる)。MMR機能が失われるとDNA複製時の誤りが修復されず、特にマイクロサテライト(短い塩基配列の繰り返し部分)の長さが変化するMSIが生じる。この誤りが癌抑制遺伝子などに蓄積して発癌に至る。

  5. ×e.  他臓器癌の発生頻度が低い。

    MMR異常は全身の細胞に存在するため、大腸以外にも多くの臓器に癌が発生しやすい。代表は子宮内膜癌(女性で大腸癌に匹敵する頻度)で、ほかに卵巣癌、胃癌、小腸癌、腎盂・尿管癌、胆道癌、膵癌、脳腫瘍、皮膚の脂腺腫瘍などがある。胃癌は欧米に比べ日本など東アジアで多い傾向がある。大腸内の同時性・異時性多発癌も多い。したがって「他臓器癌の発生頻度が低い」は誤りである。

改訂アムステルダム基準(アムステルダム基準II)

少なくとも3人の血縁者がHNPCC関連腫瘍(大腸癌、子宮内膜癌、小腸癌、腎盂・尿管癌)に罹患しており、以下をすべて満たす。 1. 1人は他の2人に対して第1度近親者(親・子・同胞)である。 2. 少なくとも連続する2世代で罹患している。 3. 少なくとも1人は50歳未満で診断されている。 4. FAPが除外されている。 5. 腫瘍は病理学的に癌であることが確認されている。 この基準は特異度が高い一方で感度が低いため、腫瘍組織のMSI検査やMMRタンパクの免疫組織化学染色を行う対象を選ぶ目的で改訂ベセスダ基準が用いられる。確定診断は遺伝学的検査によるMMR遺伝子の病的変異の同定である。近年は、大腸癌や子宮内膜癌の患者全例に腫瘍のMMR検査を行うユニバーサルスクリーニングも提唱されている。

HNPCC(リンチ症候群)とFAPの比較

・原因遺伝子:HNPCCはMMR遺伝子(MLH1、MSH2、MSH6、PMS2)、FAPはAPC遺伝子(癌抑制遺伝子)。 ・遺伝形式:いずれも常染色体顕性(優性)遺伝。 ・大腸ポリープ:HNPCCでは多発しない(ポリポーシスなし)、FAPでは100個以上の腺腫。 ・好発部位:HNPCCは右側結腸、FAPは大腸全体。 ・大腸外病変:HNPCCは子宮内膜癌・卵巣癌・胃癌・尿路上皮癌など、FAPは胃底腺ポリープ、十二指腸腺腫・乳頭部癌、デスモイド腫瘍、骨腫、網膜色素上皮肥大など。 ・予防的手術:FAPでは原則として予防的大腸全摘が行われる。HNPCCでは定期的な大腸内視鏡検査(1〜2年ごと)によるサーベイランスが中心となる。

散発性大腸癌との関係

散発性大腸癌の一部(特に右側結腸の高齢女性に多い癌)もMSIを示すが、その多くはMLH1プロモーターのメチル化による後天的な不活化であり、BRAF遺伝子変異を伴うことが多い。これを調べることでリンチ症候群との区別に役立てる。

POINT

・HNPCC(リンチ症候群)は常染色体顕性(優性)遺伝で、原因はMMR遺伝子(MLH1、MSH2、MSH6、PMS2)の生殖細胞系列変異、腫瘍はMSIを示す。 ・若年発症(50歳未満)、右側結腸に好発、多発癌、子宮内膜癌などの他臓器癌の合併が特徴。 ・予後は散発性大腸癌と同等以上。 ・APC遺伝子異常はFAPの原因であり、HNPCCと混同しない。 ・臨床診断は改訂アムステルダム基準、検査対象の選別は改訂ベセスダ基準。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。