注入前に気づいた誤接続―「何も起きなかった」をどう扱うかが医療安全の分かれ道
第104回医師国家試験 C問題 第17問
国試問題にチャレンジ
52歳の女性。くも膜下出血による意識障害でICUに入院中である。担当看護師が静脈ラインから薬剤を注入しようとして,シリンジを経鼻胃管に接続した。誤りにすぐに気付き,注入する前にシリンジを取り外した。 その後の対応として適切なのはどれか。
- a.特に何もしない。
- b.医療費を免除する。
- c.マスコミに公表する。
- d.家族を呼んで謝罪する。
- e.インシデントとして報告する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
誤った医療行為が患者に実施される前に発見された事例や、実施されても傷害が生じなかった事例はインシデント(ヒヤリ・ハット)であり、傷害が生じた医療事故(アクシデント)とは区別されます。実害がなくても放置すれば同じエラーが繰り返されるため、インシデントとして院内で報告し、原因を分析して再発防止につなげることが適切な対応です。実害のないインシデントでは、医療費免除、マスコミへの公表、家族を呼んでの謝罪は通常必要ありません。報告は個人の責任追及ではなくシステム改善を目的とし、Heinrichの法則(1:29:300)が示すように、ヒヤリ・ハットの段階での対策が重大事故の予防になります。誤接続防止コネクタのように「間違えられない仕組み」をつくる発想は、医療者として働くうえでの基本姿勢です。
解答・解説
正解はeです
状況の整理
・患者はくも膜下出血による意識障害でICUに入院中であり、自ら異常を訴えることができない。 ・看護師が静脈ラインから投与すべき薬剤のシリンジを、誤って経鼻胃管に接続した。 ・誤りにすぐ気付き、薬剤を注入する前にシリンジを取り外している。つまり、誤った医療行為は患者に実施されておらず、実害は生じていない。
本事例の位置づけ
誤った医療行為が患者に実施される前に発見された事例、または実施されたが患者に傷害が生じなかった事例は「インシデント(ヒヤリ・ハット)」と呼ばれ、患者に傷害が生じた「医療事故(アクシデント)」とは区別される。本事例は前者の典型である。 もし注入していれば、静脈投与を前提とした薬剤が胃内に入り、胃粘膜への影響が生じうるほか、本来期待された降圧・鎮静などの効果が得られない。さらに医療者は「静脈投与した」と思い込んだままバイタルサインや神経所見を解釈するため、再出血予防のための血圧管理などを誤る危険もあった。逆方向の誤接続(経腸栄養剤などを静脈ラインに注入する)であれば、致死的となりうる。
設問への考え方
実害がなかったからといって放置すると、同じ種類のエラーが繰り返され、いずれ重大な事故につながりうる。インシデントを報告・集計し、原因(器具の形状、作業手順、確認方法、勤務環境など)を分析して対策を講じることが、医療安全の基本である。したがって、適切な対応はインシデントとして報告することである。
選択肢考察
- ×a. 特に何もしない。
患者に害が及ばなかったとしても、誤接続が起きうる状況そのものは解消されていない。報告・分析をしなければ組織として教訓が共有されず、同様のエラーが別の場面で繰り返されて医療事故に至るおそれがある。何もしないのは不適切である。
- ×b. 医療費を免除する。
患者の自己負担分を請求しないという意味と考えられるが、本事例では患者に実害が生じておらず、医療費を免除する理由はない。また、医療事故が起きた場合でも、被害への補償は損害賠償などの手続きで扱うべき事柄であり、医療費の免除で対応するのは筋違いで、かえって医療不信や混乱を招く。
- ×c. マスコミに公表する。
患者に傷害が生じていないインシデントは医療事故としては扱われず、報道機関への公表は通常行わない。重大な医療事故を公表する場合でも、患者のプライバシー保護の観点から公表の内容や範囲を患者側と十分に協議したうえで行う必要がある。
- ×d. 家族を呼んで謝罪する。
医療者側の過失で患者に害が生じた場合には、患者本人・家族への速やかな説明と謝罪が求められる。しかし本事例は注入前に発見されて実害がなく、家族を呼び出して謝罪するまでの対応は通常必要ない。優先すべきは院内での報告と再発防止策の検討である。
- ○e. インシデントとして報告する。
誤った医療行為が患者に実施される前に発見された本事例はインシデント(ヒヤリ・ハット)に該当する。当事者が責任追及を恐れずに報告し、医療安全管理部門がこれを収集・分析することで、誤接続が起こりやすい器具や手順の問題点を把握し、再発防止策(誤接続防止コネクタの導入、ライン・チューブの表示、接続前の確認手順の徹底など)につなげることができる。
インシデントと医療事故
・インシデント(ヒヤリ・ハット):誤った医療行為などが患者に実施される前に発見された事例、または実施されたが患者に傷害が生じなかった事例。 ・医療事故(アクシデント):医療に関わる場所で、医療の全過程において発生した人身事故。患者に何らかの傷害が生じたもの。医療者側の過失の有無は問わない。 ・医療過誤:医療事故のうち、医療者側の過失によるもの。
影響度による分類の例
多くの医療機関では、患者への影響の程度によってレベル分類し報告する。例えば「エラーがあったが患者には実施されなかった」ものは最も軽いレベル(レベル0)とされ、本事例がこれにあたる。
インシデント報告の意義
・Heinrich(ハインリッヒ)の法則:1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故、300件の無傷の事例(ヒヤリ・ハット)があるとする経験則。軽微な事例を把握して対策することが、重大事故の予防につながる。 ・報告は個人の責任追及ではなく、システムの改善を目的とする。報告者が不利益を受けない仕組み(非懲罰的な報告制度)が重要である。 ・医療法により、病院などには医療安全管理体制(指針の整備、委員会の開催、職員研修、事故等の報告体制など)の整備が義務づけられている。
チューブ・ラインの誤接続対策
経腸栄養ラインと静脈ラインの誤接続は国内外で重大事故の原因となってきた。対策として、経腸栄養用の器具に静脈用とは接続できない形状のコネクタ(国際規格ISO 80369-3に準拠したもの)が導入されている。
POINT
・患者に実施される前に気付いた誤り=インシデント(ヒヤリ・ハット)であり、院内で報告する。 ・インシデント報告の目的は責任追及ではなく、分析と再発防止である。 ・実害のないインシデントでは、公表、医療費免除、家族への謝罪は通常不要。 ・Heinrichの法則(1:29:300)は、ヒヤリ・ハットの段階で対策する意義を示す。
