StudyMed医師国家試験

注入前に気づいた誤接続―「何も起きなかった」をどう扱うかが医療安全の分かれ道

第104回医師国家試験 C問題 第17問

国試問題にチャレンジ

第104回 C問題 第17問

52歳の女性。くも膜下出血による意識障害でICUに入院中である。担当看護師が静脈ラインから薬剤を注入しようとして,シリンジを経鼻胃管に接続した。誤りにすぐに気付き,注入する前にシリンジを取り外した。  その後の対応として適切なのはどれか。

  1. a.特に何もしない。
  2. b.医療費を免除する。
  3. c.マスコミに公表する。
  4. d.家族を呼んで謝罪する。
  5. e.インシデントとして報告する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医療安全の問題だ。誤りが起きたけれど患者さんには届かなかった、この出来事をどう位置づけて、次に何をするべきか。ポイントは「実害の有無」と「報告の目的」の2つだよ。
医学生医学生
注入する前に外したなら患者さんには何も起きていないので、正直「セーフ」で済ませてもいい気がしてしまいます。
ドクタードクター
そう感じる人は多いんだ。でも医療安全では、この「セーフだった出来事」こそが宝の山だと考える。まず言葉の整理をしよう。誤った医療行為が患者に実施される前に発見された事例、あるいは実施されたけれど傷害が生じなかった事例を何と呼ぶかな。
医学生医学生
インシデント、いわゆるヒヤリ・ハットですね。患者さんに傷害が生じたら医療事故、アクシデントになると習いました。
ドクタードクター
その通り。さらに医療事故のうち、医療者側の過失によるものを医療過誤と呼ぶ。医療事故は過失の有無を問わない概念だという点も押さえておこう。今回は注入前に気づいているから、インシデントの典型例だね。
医学生医学生
でも、もし注入していたらどうなっていたんでしょうか。静脈用の薬が胃に入るだけなら、大したことはない気もします。
ドクタードクター
そこは油断できないよ。患者さんはくも膜下出血で意識障害があり、自分で異常を訴えられない。静脈投与のつもりの降圧薬や鎮静薬が胃に入れば期待した効果が出ないし、医療者は「投与済み」と思い込んだまま血圧や神経所見を解釈してしまう。再出血予防の血圧管理を誤る危険があるんだ。逆向き、つまり経腸栄養剤を静脈ラインに入れてしまう誤接続なら致死的になりうる。
医学生医学生
同じ種類のエラーが、次は逆向きで起こるかもしれないということですね。
ドクタードクター
そう。だからこそ報告が必要になる。正解はインシデントとして報告すること。報告が集まれば、医療安全管理部門が器具の形状、作業手順、確認方法、勤務環境といった原因を分析して、対策につなげられる。
医学生医学生
臨床実習の最初のオリエンテーションで、医療安全の先生が「報告は責任追及のためではない」と強調していたのを思い出しました。
ドクタードクター
大事なところだね。報告者が不利益を受けない非懲罰的な仕組みでないと、みんな隠すようになって情報が集まらない。ではほかの対応も見ていこう。特に何もしない、はどうかな。
医学生医学生
実害がなくても、誤接続が起こりうる状況は残ったままなので、また繰り返されてしまいます。
ドクタードクター
その通り。個人の記憶に留めるだけでは組織の教訓にならない。次に、医療費を免除する、マスコミに公表する、はどうだろう。
医学生医学生
実害がないので免除の理由はないですし、公表も大げさすぎる気がします。
ドクタードクター
うん。医療費の免除は補償の手段として筋違いで、被害がある場合でも損害賠償などの手続きで扱うべきものだ。公表についても、実害のないインシデントは通常対象にならないし、重大事故を公表する場合でも患者側と内容や範囲を十分に協議する必要がある。では、家族を呼んで謝罪する、は?
医学生医学生
誠実な対応に見えるので、一番迷いました。
ドクタードクター
迷うのは自然だよ。過失で患者に害が生じたなら、速やかな説明と謝罪は当然必要だ。ただ今回は注入前に発見されて実害がない。家族を呼び出して謝罪するより、院内での報告と再発防止策の検討が優先される、というのが出題の意図だね。
医学生医学生
実害なしならまず院内報告、実害があれば説明と謝罪、と影響の大きさで対応が変わるんですね。
ドクタードクター
よく整理できたね。多くの病院では患者への影響度でレベル分類していて、「エラーはあったが患者には実施されなかった」ものは最も軽いレベル0とされる。今回がまさにそれだ。発展として、Heinrichの法則も覚えておこう。1件の重大事故の背後に29件の軽微な事故、300件の無傷のヒヤリ・ハットがあるという経験則で、300の段階で手を打つ意義を示している。
医学生医学生
誤接続そのものを防ぐ工夫はあるんですか。
ドクタードクター
ある。経腸栄養用の器具には、静脈用とはそもそも接続できない形状のコネクタ(ISO 80369-3準拠)が導入されている。人の注意力に頼るのではなく、間違えようがない仕組みにするのが医療安全の考え方だ。医療法でも、病院には安全管理の指針や委員会、職員研修、報告体制の整備が義務づけられているよ。研修医になったら、ヒヤリとしたら迷わず報告する習慣をつけてほしい。

まとめ

誤った医療行為が患者に実施される前に発見された事例や、実施されても傷害が生じなかった事例はインシデント(ヒヤリ・ハット)であり、傷害が生じた医療事故(アクシデント)とは区別されます。実害がなくても放置すれば同じエラーが繰り返されるため、インシデントとして院内で報告し、原因を分析して再発防止につなげることが適切な対応です。実害のないインシデントでは、医療費免除、マスコミへの公表、家族を呼んでの謝罪は通常必要ありません。報告は個人の責任追及ではなくシステム改善を目的とし、Heinrichの法則(1:29:300)が示すように、ヒヤリ・ハットの段階での対策が重大事故の予防になります。誤接続防止コネクタのように「間違えられない仕組み」をつくる発想は、医療者として働くうえでの基本姿勢です。

解答・解説

正解はeです

状況の整理

・患者はくも膜下出血による意識障害でICUに入院中であり、自ら異常を訴えることができない。 ・看護師が静脈ラインから投与すべき薬剤のシリンジを、誤って経鼻胃管に接続した。 ・誤りにすぐ気付き、薬剤を注入する前にシリンジを取り外している。つまり、誤った医療行為は患者に実施されておらず、実害は生じていない。

本事例の位置づけ

誤った医療行為が患者に実施される前に発見された事例、または実施されたが患者に傷害が生じなかった事例は「インシデント(ヒヤリ・ハット)」と呼ばれ、患者に傷害が生じた「医療事故(アクシデント)」とは区別される。本事例は前者の典型である。 もし注入していれば、静脈投与を前提とした薬剤が胃内に入り、胃粘膜への影響が生じうるほか、本来期待された降圧・鎮静などの効果が得られない。さらに医療者は「静脈投与した」と思い込んだままバイタルサインや神経所見を解釈するため、再出血予防のための血圧管理などを誤る危険もあった。逆方向の誤接続(経腸栄養剤などを静脈ラインに注入する)であれば、致死的となりうる。

設問への考え方

実害がなかったからといって放置すると、同じ種類のエラーが繰り返され、いずれ重大な事故につながりうる。インシデントを報告・集計し、原因(器具の形状、作業手順、確認方法、勤務環境など)を分析して対策を講じることが、医療安全の基本である。したがって、適切な対応はインシデントとして報告することである。

選択肢考察

  1. ×a.  特に何もしない。

    患者に害が及ばなかったとしても、誤接続が起きうる状況そのものは解消されていない。報告・分析をしなければ組織として教訓が共有されず、同様のエラーが別の場面で繰り返されて医療事故に至るおそれがある。何もしないのは不適切である。

  2. ×b.  医療費を免除する。

    患者の自己負担分を請求しないという意味と考えられるが、本事例では患者に実害が生じておらず、医療費を免除する理由はない。また、医療事故が起きた場合でも、被害への補償は損害賠償などの手続きで扱うべき事柄であり、医療費の免除で対応するのは筋違いで、かえって医療不信や混乱を招く。

  3. ×c.  マスコミに公表する。

    患者に傷害が生じていないインシデントは医療事故としては扱われず、報道機関への公表は通常行わない。重大な医療事故を公表する場合でも、患者のプライバシー保護の観点から公表の内容や範囲を患者側と十分に協議したうえで行う必要がある。

  4. ×d.  家族を呼んで謝罪する。

    医療者側の過失で患者に害が生じた場合には、患者本人・家族への速やかな説明と謝罪が求められる。しかし本事例は注入前に発見されて実害がなく、家族を呼び出して謝罪するまでの対応は通常必要ない。優先すべきは院内での報告と再発防止策の検討である。

  5. ○e.  インシデントとして報告する。

    誤った医療行為が患者に実施される前に発見された本事例はインシデント(ヒヤリ・ハット)に該当する。当事者が責任追及を恐れずに報告し、医療安全管理部門がこれを収集・分析することで、誤接続が起こりやすい器具や手順の問題点を把握し、再発防止策(誤接続防止コネクタの導入、ライン・チューブの表示、接続前の確認手順の徹底など)につなげることができる。

インシデントと医療事故

・インシデント(ヒヤリ・ハット):誤った医療行為などが患者に実施される前に発見された事例、または実施されたが患者に傷害が生じなかった事例。 ・医療事故(アクシデント):医療に関わる場所で、医療の全過程において発生した人身事故。患者に何らかの傷害が生じたもの。医療者側の過失の有無は問わない。 ・医療過誤:医療事故のうち、医療者側の過失によるもの。

影響度による分類の例

多くの医療機関では、患者への影響の程度によってレベル分類し報告する。例えば「エラーがあったが患者には実施されなかった」ものは最も軽いレベル(レベル0)とされ、本事例がこれにあたる。

インシデント報告の意義

・Heinrich(ハインリッヒ)の法則:1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故、300件の無傷の事例(ヒヤリ・ハット)があるとする経験則。軽微な事例を把握して対策することが、重大事故の予防につながる。 ・報告は個人の責任追及ではなく、システムの改善を目的とする。報告者が不利益を受けない仕組み(非懲罰的な報告制度)が重要である。 ・医療法により、病院などには医療安全管理体制(指針の整備、委員会の開催、職員研修、事故等の報告体制など)の整備が義務づけられている。

チューブ・ラインの誤接続対策

経腸栄養ラインと静脈ラインの誤接続は国内外で重大事故の原因となってきた。対策として、経腸栄養用の器具に静脈用とは接続できない形状のコネクタ(国際規格ISO 80369-3に準拠したもの)が導入されている。

POINT

・患者に実施される前に気付いた誤り=インシデント(ヒヤリ・ハット)であり、院内で報告する。 ・インシデント報告の目的は責任追及ではなく、分析と再発防止である。 ・実害のないインシデントでは、公表、医療費免除、家族への謝罪は通常不要。 ・Heinrichの法則(1:29:300)は、ヒヤリ・ハットの段階で対策する意義を示す。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。