味がしないのは舌の「入れ替わり」が止まったから―鉄と亜鉛が支える味細胞
第104回医師国家試験 B問題 第36問
国試問題にチャレンジ
欠乏によって味覚障害をきたすのはどれか。2つ選べ。
- a.鉄
- b.銅
- c.亜鉛
- d.ヨウ素
- e.セレン
対話形式の解説
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ドクターまとめ
味細胞は約10日前後で入れ替わる新陳代謝の速い細胞であり、細胞増殖に必要な栄養素が不足すると味覚障害が起こりやすくなります。微量元素欠乏による味覚障害の代表は亜鉛欠乏で、皮膚炎・脱毛・創傷治癒遅延なども伴い、鉄欠乏も萎縮性舌炎を介して味覚障害をきたします。一方、銅欠乏は鉄剤不応性貧血・好中球減少・脊髄障害、ヨウ素欠乏は甲状腺腫・クレチン症、セレン欠乏は心筋症(克山病)が代表的です。臨床では濾紙ディスク法などで味覚を評価し、血清亜鉛を確認して補充を検討しますが、亜鉛の過剰補充は銅欠乏を招く点にも注意が必要です。微量元素を「欠乏でどの臓器が障害されるか」で系統的に整理しておくと、栄養管理や原因不明の症状に出会ったときの鑑別に役立ちます。
解答・解説
正解はa, cです
味覚は、舌や軟口蓋などにある味蕾の中の味細胞が味物質を受け取り、その情報が鼓索神経(顔面神経の枝)・舌咽神経・迷走神経を介して中枢へ伝えられることで生じる。味細胞は約10日前後という短い周期で入れ替わる、細胞分裂の非常に盛んな細胞である。そのため、細胞の増殖や代謝に必要な栄養素が不足すると、味細胞の再生が追いつかず味覚障害が起こりやすい。 微量元素のなかで味覚障害の原因として最も重要なのは亜鉛である。亜鉛は多くの酵素の構成成分で、DNA・蛋白合成を通じて味細胞の新生に不可欠である。鉄も欠乏すると口腔粘膜・舌乳頭の萎縮(舌炎)を生じ、味覚障害の原因となる。鉄欠乏と亜鉛欠乏は、偏食や吸収不良など共通の背景から併存することも多い。なお、微量元素以外ではビタミンB12などのビタミン欠乏も舌炎を介して味覚障害をきたす。 本問は、各微量元素の欠乏症を系統的に整理しておけば、味覚障害が典型的な症状として挙がるのは鉄と亜鉛であると判断できる。
選択肢考察
- ○a. 鉄
鉄欠乏では、小球性低色素性貧血に加えて、上皮組織の障害による症状が出現する。舌乳頭が萎縮して舌が平滑・発赤する萎縮性舌炎や口角炎が生じ、味覚障害の原因となる。そのほか、スプーン状爪(匙状爪)、嚥下困難(鉄欠乏性貧血に舌炎・食道ウェブによる嚥下障害を伴うものをPlummer-Vinson症候群という)、氷などを無性に食べたくなる異食症もみられる。亜鉛欠乏と同様に食事摂取不良を背景とすることが多く、両者が併存する例もある。
- ×b. 銅
銅はセルロプラスミンやシトクロムcオキシダーゼ、スーパーオキシドジスムターゼなどの酵素の構成成分であり、鉄の利用(造血)や神経機能、結合組織の形成に関与する。欠乏すると、貧血(鉄剤に反応しない)、好中球減少、汎血球減少といった血液異常、脊髄障害(亜急性連合性変性症に似た歩行障害や感覚障害)、視神経障害などの神経症状、小児では骨の発育異常をきたす。長期の中心静脈栄養や胃切除後、亜鉛の過剰摂取(亜鉛が銅の吸収を阻害する)が原因となる。先天的な銅吸収障害としてMenkes病がある。味覚障害は銅欠乏の代表的な症状とはされていない。
- ○c. 亜鉛
亜鉛欠乏は、微量元素欠乏による味覚障害の原因として最も頻度が高い。亜鉛は多数の酵素(金属酵素)の活性に必要で、DNA・蛋白合成を介して細胞の増殖を支えている。味細胞は新陳代謝が速いため、亜鉛が不足すると味蕾での細胞更新が障害され、味蕾・味細胞の減少によって味覚が低下する。亜鉛欠乏ではほかに、皮膚炎(口囲・四肢末端・陰部の皮疹。先天性のものは腸性肢端皮膚炎)、脱毛、創傷治癒遅延、小児の成長障害、性腺機能低下、下痢、免疫能低下、嗅覚障害などがみられる。原因としては、食事摂取不足、吸収不良、慢性肝疾患・腎疾患、糖尿病のほか、亜鉛とキレートを形成する薬剤(ペニシラミンなど)の服用が知られる。治療は亜鉛の補充である。
- ×d. ヨウ素
ヨウ素は甲状腺ホルモン(サイロキシン〈T4〉、トリヨードサイロニン〈T3〉)の構成成分である。欠乏すると甲状腺ホルモンの合成が低下し、TSH(甲状腺刺激ホルモン)の分泌が亢進して甲状腺が腫大する(単純性甲状腺腫、地方病性甲状腺腫)。胎児期・新生児期の重度の欠乏はクレチン症(知能障害・発育障害)の原因となる。海藻を多く摂取する日本では欠乏はまれで、むしろ過剰摂取による甲状腺機能低下が問題となる。味覚障害の原因ではない。
- ×e. セレン
セレンはグルタチオンペルオキシダーゼなどの抗酸化酵素の構成成分であり、欠乏すると酸化ストレスによる細胞障害が生じる。代表的な症状は心筋症(中国の土壌セレン欠乏地域でみられる克山病〈Keshan病〉が有名)、骨格筋の障害による筋肉痛・筋力低下、爪の白色化、毛髪の変化、大球性貧血などである。長期の中心静脈栄養や経腸栄養で生じることがある。発癌リスクとの関連も報告されている。味覚障害は典型的な症状ではない。
主な微量元素と欠乏症の整理
・鉄: 小球性低色素性貧血、萎縮性舌炎、口角炎、匙状爪、異食症、Plummer-Vinson症候群、味覚障害 ・亜鉛: 味覚障害、皮膚炎(腸性肢端皮膚炎)、脱毛、創傷治癒遅延、成長障害、性腺機能低下、免疫能低下、下痢 ・銅: 貧血(鉄剤不応性)、好中球減少、脊髄障害・神経障害、骨の異常。先天性はMenkes病(なお、銅の蓄積症はWilson病) ・ヨウ素: 甲状腺腫、甲状腺機能低下症、クレチン症 ・セレン: 心筋症(克山病)、筋障害、爪の白色変化、大球性貧血 ・クロム: 耐糖能異常 ・マンガン: 成長障害、骨代謝異常(欠乏はまれ) ・モリブデン: 頻脈、中枢神経症状(長期静脈栄養でまれに生じる)
味覚障害の原因
・亜鉛欠乏性(食事性): 最も多い原因の一つ ・薬剤性: 亜鉛とキレートを形成する薬剤などによる ・全身疾患性: 糖尿病、肝疾患、腎疾患、甲状腺機能低下症など ・特発性: 明らかな原因が不明のもので、潜在的な亜鉛欠乏が関与している例もある ・感冒後・感染症: ウイルス感染による嗅覚障害に伴う風味障害を含む ・心因性、口腔疾患(口腔乾燥症、舌炎、カンジダ症)、神経疾患(顔面神経麻痺、中耳手術による鼓索神経障害など) ・ビタミン欠乏: ビタミンB12、B2など(舌炎を介する)
検査と治療
・味覚検査として、電気味覚検査や、濾紙に甘味・塩味・酸味・苦味の試薬をしみ込ませて舌に置く濾紙ディスク法がある。 ・血清亜鉛値を測定し、低値であれば亜鉛製剤で補充する。血清亜鉛値が正常範囲でも亜鉛補充で改善する例がある。
POINT
・味細胞は新陳代謝が速く、亜鉛・鉄など細胞増殖に必要な栄養素の欠乏で味覚障害を起こしやすい。 ・微量元素欠乏による味覚障害の代表は亜鉛欠乏。鉄欠乏も舌炎を介して味覚障害をきたす。 ・銅欠乏は貧血・好中球減少・神経障害、ヨウ素欠乏は甲状腺腫・甲状腺機能低下症、セレン欠乏は心筋症(克山病)と対応づけて覚える。
