「まだ太っている」と感じる心―神経性やせ症の核心は病識の欠如にあり
第104回医師国家試験 A問題 第39問
国試問題にチャレンジ
20歳の女性。便秘,皮膚乾燥および1年間の無月経を主訴に来院した。既往歴に特記すべきことはない。高校卒業後,食行動の異常を認め,体重は極端に減少した。両親と弟との4人家族。母親との間に強い葛藤があり,日常会話は極めて少ない。意識は清明。身長162 cm,体重38.5 kg。体温35.8 ℃。脈拍56/分,整。血圧92/56 mmHg。 この疾患で認められるのはどれか。
- a.病識欠如
- b.恥毛脱落
- c.皮膚の萎縮
- d.活動性低下
- e.皮膚色素沈着
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
若年女性の著しいやせと無月経に、食行動異常や家族内葛藤が加われば神経性やせ症(神経性食思不振症)を考えます。中核症状は肥満恐怖とボディイメージの障害で、高度のやせにもかかわらず病識を欠くことが特徴であり、治療導入を難しくします。低体温・徐脈・低血圧・便秘・皮膚乾燥・産毛増生・柑皮症は飢餓への適応反応で、活動性はむしろ亢進し、恥毛・腋毛は保たれます。恥毛脱落や活動性低下は汎下垂体機能低下症、色素沈着はAddison病、皮膚萎縮はCushing症候群の所見であり、鑑別の要点となります。再栄養時のリフィーディング症候群や骨粗鬆症など身体合併症への配慮も含め、心身両面から患者を診る視点を養うことが重要です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・20歳の若年女性。高校卒業後から食行動の異常が出現し、体重が極端に減少している。 ・身長162 cm、体重38.5 kgで、BMI(体格指数:体重kg÷身長mの2乗)は約14.7 kg/m²と高度のやせである(18.5未満がやせ、17.5未満は神経性やせ症を強く疑う目安とされてきた)。 ・1年間の無月経、便秘、皮膚乾燥。 ・体温35.8℃の低体温、脈拍56/分の徐脈、血圧92/56 mmHgの低血圧。 ・母親との間に強い心理的葛藤があり、会話が乏しい。
診断へのプロセス
若年女性の著しいやせと無月経に、食行動異常と家族(特に母親)との葛藤という心理社会的背景が加わっていることから、神経性食思不振症(神経性やせ症、anorexia nervosa:AN)が最も考えられる。低体温・徐脈・低血圧・便秘・皮膚乾燥は、飢餓に対する生体の省エネルギー反応(代謝の低下、低T3状態など)として説明できる。 鑑別としては、同じく無月経・徐脈・低体温・皮膚乾燥をきたす汎下垂体機能低下症(Sheehan症候群など)や甲状腺機能低下症、体重減少をきたす消化器疾患・悪性腫瘍・糖尿病・甲状腺機能亢進症などが挙がる。しかし本例では明らかな食行動の異常と心理的背景があり、器質的疾患よりもANを考えるのが自然である。
設問の考え方
ANで「認められる」所見を選ぶ問題である。ANは体重が著しく少ないにもかかわらず、本人はやせを問題と感じず、肥満への強い恐怖とボディイメージ(自分の体型の認識)の歪みをもつことが中核症状である。この点から病識の欠如が特徴となる。一方、下垂体機能低下症や副腎皮質機能低下症(Addison病)に特徴的な所見はANでは通常みられないことを押さえて選択肢を検討する。
選択肢考察
- ○a. 病識欠如
ANの患者は客観的には危険なほどやせていても、「まだ太っている」「このままでよい」と感じており、自分が病気であるという認識(病識)を欠くことが多い。背景には肥満恐怖とボディイメージの障害があり、やせを否認するため治療に消極的で、受診も本人の意思ではなく家族に促されてという形が多い。病識の欠如は拒食が長期化する大きな要因であり、治療導入の難しさにも直結する。本例で主訴が便秘や皮膚乾燥といった身体症状であり、やせそのものを訴えていない点もこれに合致する。
- ×b. 恥毛脱落
ANでは視床下部性の性腺機能低下によりゴナドトロピン(LH・FSH)とエストロゲンが低下し無月経となるが、恥毛や腋毛は通常保たれる。恥毛・腋毛の維持には副腎由来のアンドロゲンも関与しており、ANでは副腎皮質機能(ACTH‐コルチゾール系)はむしろ保たれるか亢進しているためである。恥毛・腋毛の脱落は、ACTHとゴナドトロピンの双方が欠乏する汎下垂体機能低下症(Sheehan症候群など)に特徴的であり、ANとの重要な鑑別点となる。
- ×c. 皮膚の萎縮
ANの皮膚所見として典型的なのは、皮膚乾燥、背部や四肢の産毛(うぶ毛)の増生、カロテンの蓄積による手掌などの黄染(柑皮症)、四肢末端の冷感などである。皮膚の萎縮はANの特徴的所見としては挙げられない。皮膚の菲薄化・萎縮は、Cushing症候群やステロイドの長期使用などで問題となる所見である。
- ×d. 活動性低下
ANでは著しいやせがあるにもかかわらず、患者は活動的で、過剰な運動や絶えず体を動かすといった過活動がしばしばみられる。体重を減らしたいという動機に加え、飢餓状態そのものが活動性を高めるとも考えられている。この「やせているのに元気に動き回る」点は、全身倦怠感や易疲労感から活動性が低下する下垂体機能低下症、甲状腺機能低下症、悪性腫瘍などとの鑑別に役立つ。ただし末期の高度な栄養障害では衰弱により動けなくなることがある。
- ×e. 皮膚色素沈着
皮膚・粘膜の色素沈着は、原発性副腎皮質機能低下症(Addison病)の代表的所見である。コルチゾール低下によるネガティブフィードバックの解除でACTHとその前駆体(POMC)由来のMSH(メラニン細胞刺激ホルモン)様作用をもつペプチドが増加し、メラニン産生が亢進するために生じる。ANでは色素沈着は特徴的ではなく、みられる皮膚の色調変化はカロテン血症による黄染である。なおAddison病も体重減少・低血圧・食欲不振を呈するため、ANとの鑑別に挙がる。
神経性食思不振症(神経性やせ症)の概要
・摂食障害の一型で、思春期から青年期の女性に好発する。摂食障害にはほかに、むちゃ食いと自己誘発性嘔吐・下剤乱用などの代償行動を繰り返す神経性過食症(神経性大食症)などがある。 ・中核症状:肥満への強い恐怖、ボディイメージの障害、病識の欠如、摂食制限による著しい低体重。食べたものを吐く、下剤や利尿薬を乱用するタイプもある。 ・心理社会的背景:完璧主義・強迫的な性格傾向や、母子関係をはじめとする家族内の葛藤が指摘されることが多い。
身体所見・検査所見(飢餓への適応反応)
・低体温、徐脈、低血圧、便秘、皮膚乾燥、産毛の増生、柑皮症、四肢末端の冷感、浮腫 ・無月経:視床下部性(GnRH分泌低下)で、LH・FSH・エストロゲンが低下する。 ・内分泌:低T3症候群(T3低値、TSHは正常)、コルチゾールは正常〜高値、成長ホルモン高値・IGF-1低値。 ・血液検査:白血球減少・貧血、高コレステロール血症、肝酵素上昇、低血糖。嘔吐や下剤乱用を伴う例では低カリウム血症・代謝性アルカローシス。 ・長期的合併症:骨粗鬆症。再栄養開始時にはリフィーディング症候群(低リン血症などによる心不全・不整脈)に注意する。
汎下垂体機能低下症(Sheehan症候群など)との鑑別
・AN:活動性は保たれる〜亢進、恥毛・腋毛は保たれる、色素沈着なし、心理的背景あり。 ・汎下垂体機能低下症:倦怠感・活動性低下、恥毛・腋毛の脱落、皮膚は蒼白(ACTH低下で色素が薄くなる)、るいそうは目立たないことも多い。 ・Addison病:色素沈着、低ナトリウム血症・高カリウム血症、低血圧。
POINT
・若年女性の著しいやせ+無月経+食行動異常+家族内葛藤 → 神経性食思不振症(神経性やせ症) ・中核は肥満恐怖・ボディイメージの障害・病識の欠如 ・やせているのに活動性はむしろ亢進する ・恥毛・腋毛は保たれる(脱落は汎下垂体機能低下症) ・色素沈着はAddison病の所見(ANでは柑皮症による黄染) ・低体温・徐脈・低血圧・便秘・皮膚乾燥・産毛増生は飢餓への適応反応
