息が苦しい、でも酸素は足りている―過換気症候群が「呼吸不全」にならない理由
第104回医師国家試験 A問題 第18問
国試問題にチャレンジ
急性呼吸不全の原因とならないのはどれか。
- a.敗血症
- b.肺挫傷
- c.胃液誤嚥
- d.過換気症候群
- e.肺血栓塞栓症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
呼吸不全は室内空気でPaO2が60 Torr以下となる状態で、PaCO2 45 Torr以下をI型、45 Torr超をII型と分類します。敗血症(間接損傷)、肺挫傷・胃液誤嚥(直接損傷)はいずれもARDSの代表的原因であり、肺血栓塞栓症は換気血流比不均等によって低酸素血症をきたすため、どれも急性呼吸不全の原因となります。一方、過換気症候群は換気が増えるためPaO2は正常〜上昇し、PaCO2低下による呼吸性アルカローシスとテタニーなどを示すものの、呼吸不全の定義は満たしません。ただし頻呼吸と低CO2血症は肺血栓塞栓症でもみられるため、PaO2低下やA-aDO2開大を確認し、器質的疾患を除外してから過換気症候群と診断する姿勢が重要です。「苦しそう」という印象ではなく血液ガスの定義で病態を捉えることが、救急での見逃しを防ぐ土台になります。
解答・解説
正解はdです
急性呼吸不全の定義と、その原因となる病態を問う一般問題である。「原因とならないもの」を選ぶ形式である。
呼吸不全の定義
呼吸不全とは、室内空気吸入時の動脈血酸素分圧(PaO2)が60 Torr以下となり、そのために生体が正常な機能を営めない状態をいう。動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)によって2つの型に分ける。 ・I型呼吸不全:PaCO2が45 Torr以下。主に肺胞でのガス交換の障害(換気血流比不均等、シャント、拡散障害)による。 ・II型呼吸不全:PaCO2が45 Torrを超える。肺胞低換気(換気量そのものの不足)が関与する。 また、経過が1か月未満のものを急性、1か月以上持続するものを慢性呼吸不全と呼ぶ。
考え方
選択肢の敗血症、肺挫傷、胃液誤嚥は、いずれも肺胞と毛細血管の障害によって透過性亢進型の肺水腫、すなわち急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を引き起こしうる代表的な原因である。肺血栓塞栓症は肺動脈が閉塞することで換気血流比の不均等を生じ、低酸素血症をきたす。これらはいずれもPaO2の低下をもたらし、急性呼吸不全の原因となる。 一方、過換気症候群は、器質的な肺疾患がないのに心理的要因などで呼吸が過剰になる機能的な病態である。換気はむしろ増えているため、PaO2は正常か上昇し、PaCO2が低下する。呼吸不全の定義(PaO2 60 Torr以下)を満たさないため、これが正解となる。
選択肢考察
- ×a. 敗血症
急性呼吸不全の原因となる。敗血症は、感染症に対する生体反応が制御不能となり、生命を脅かす臓器障害が生じた状態である(かつては感染による全身性炎症反応症候群〈SIRS〉と定義されていたが、現在は臓器障害を重視した定義に改められている)。全身に放出された炎症性サイトカインや活性化した好中球が肺の血管内皮と肺胞上皮を傷害し、血管透過性が亢進して肺胞内に蛋白に富んだ液体が漏れ出す。この結果、肺が直接傷害されていなくても(間接損傷)ARDSを発症し、重度の低酸素血症をきたす。敗血症はARDSの最も頻度の高い原因の一つである。
- ×b. 肺挫傷
急性呼吸不全の原因となる。肺挫傷は、交通事故や転落などの鈍的な胸部外傷によって肺実質が損傷し、肺胞内や間質に出血・浮腫が生じた状態である。損傷した肺胞は換気されないまま血流を受けるため、シャントや換気血流比の不均等が生じて低酸素血症となる。受傷後24〜48時間ほどで悪化することが多く、ARDSの直接的な原因(直接損傷)の一つでもある。フレイルチェストや気胸・血胸を合併すると、さらに呼吸不全が増悪する。
- ×c. 胃液誤嚥
急性呼吸不全の原因となる。強い酸性の胃液が気道内に吸引されると、気管支や肺胞の上皮が化学的に傷害され、化学性肺臓炎を起こす。これはMendelson(メンデルソン)症候群と呼ばれ、全身麻酔の導入時や意識障害、嘔吐の際に起こりやすい。誤嚥直後から気管支攣縮、肺水腫、低酸素血症が急速に進行し、ARDSの直接的な原因(直接損傷)となる。その後に細菌感染を合併すると誤嚥性肺炎となる。全身麻酔前に絶飲食とするのは、この胃内容の誤嚥を防ぐためである。
- ○d. 過換気症候群
急性呼吸不全の原因とならないため、これが正解である。過換気症候群は、不安や精神的ストレスなどをきっかけに発作的に呼吸が速く深くなる機能的な病態で、肺や心臓に器質的な異常はない。肺胞換気量が増えるため、PaO2は正常ないしやや上昇し、呼吸不全の基準であるPaO2 60 Torr以下にはならない。一方でCO2が過剰に排出されてPaCO2が低下し、呼吸性アルカローシスとなる。アルカローシスによって血中のイオン化カルシウムが低下するため、口の周囲や手指のしびれ、助産師手位(テタニー)などが生じ、脳血管の収縮によるめまいや意識の変容を伴うこともある。本人は強い呼吸困難感を訴えるが、それは低酸素によるものではない。治療は安心させて呼吸を落ち着かせることが基本で、かつて行われたペーパーバッグ法は低酸素血症を招く危険があるため推奨されない。
- ×e. 肺血栓塞栓症
急性呼吸不全の原因となる。肺血栓塞栓症は、主に下肢や骨盤の深部静脈にできた血栓が遊離して肺動脈を閉塞する疾患である。閉塞部より末梢の肺胞は換気されていても血流がなく(死腔の増加)、血流は残りの肺に集中するため換気血流比の不均等が生じ、さらに気管支攣縮や心拍出量低下も加わって低酸素血症をきたす。呼吸中枢が刺激されて頻呼吸となるため、PaCO2はむしろ低下することが多い(低酸素血症+低二酸化炭素血症、I型呼吸不全)。突然の呼吸困難と頻呼吸を示す点で過換気症候群と似るが、PaO2の低下と肺胞気-動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)の開大があれば肺血栓塞栓症を疑う。過換気症候群と安易に判断せず、見逃さないことが重要である。
低酸素血症の機序
・肺胞低換気:換気量の不足。PaCO2が上昇し、A-aDO2は正常。例:神経筋疾患、呼吸中枢抑制(薬物)、胸郭の異常。 ・換気血流比不均等:最も頻度の高い機序。例:COPD、肺炎、肺血栓塞栓症。 ・シャント:血流はあるが換気されない肺胞を血液が素通りする。酸素投与で改善しにくい。例:ARDS、無気肺、肺水腫。 ・拡散障害:肺胞と毛細血管の間のガス交換が妨げられる。労作時に悪化しやすい。例:間質性肺炎。 肺胞低換気以外の機序ではA-aDO2が開大する。
ARDS(急性呼吸窮迫症候群)
肺胞上皮・血管内皮の傷害による透過性亢進型肺水腫で、重度の低酸素血症をきたす。Berlin定義では、①既知の誘因から1週間以内の発症または呼吸器症状の新規出現・悪化、②胸部画像で両側の浸潤影(胸水・無気肺・結節で説明できないもの)、③心不全や輸液過剰だけでは説明できない呼吸不全、④PEEP(呼気終末陽圧)5 cmH2O以上の条件下でPaO2/FIO2比(P/F比)300 mmHg以下、を満たすものとし、P/F比により軽症(200超〜300以下)・中等症(100超〜200以下)・重症(100以下)に分類する。 原因は次の2つに分けられる。 ・直接損傷:肺炎、胃内容物の誤嚥、肺挫傷、溺水、有毒ガス吸入など。 ・間接損傷:敗血症、多発外傷・ショック、急性膵炎、大量輸血、輸血関連急性肺障害(TRALI)など。
過換気症候群の検査所見と注意点
動脈血ガスではPaO2正常〜上昇、PaCO2低下、pH上昇(呼吸性アルカローシス)を示す。症状が似ていても、肺血栓塞栓症、気胸、気管支喘息発作、急性冠症候群、代謝性アシドーシス(糖尿病性ケトアシドーシスなど)に対する代償性の過呼吸など、器質的疾患を除外したうえで診断する。
POINT
・呼吸不全:室内空気でPaO2 60 Torr以下。PaCO2 45 Torr以下をI型、45 Torr超をII型とする。 ・敗血症、肺挫傷、胃液誤嚥(Mendelson症候群)はARDSの代表的原因で、急性呼吸不全をきたす。 ・肺血栓塞栓症は換気血流比不均等により低酸素血症(多くは低CO2血症を伴うI型呼吸不全)をきたす。 ・過換気症候群はPaO2正常〜上昇、PaCO2低下(呼吸性アルカローシス)で、呼吸不全の定義を満たさない。 ・過呼吸をみたら、過換気症候群と決めつける前に肺血栓塞栓症などの器質的疾患を除外する。
