息つく間もない咳き込みと笛の音―百日咳を見抜く「リンパ球は多いのにCRPは低い」
第103回医師国家試験 I問題 第62問
国試問題にチャレンジ
3歳の男児。2週前からの咳と鼻汁とを主訴に来院した。咳は次第に増悪し,夜間に多くみられた。息を吸う間もなく連続して咳き込み,その後,急速に息を吸い込む。顔面に点状出血を認める。三種混合ワクチンは接種していない。 診断に最も有用なのはどれか。
- a.末梢血リンパ球数
- b.血清CRP値
- c.胸部エックス線撮影
- d.呼吸機能検査
- e.気道過敏性試験
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
息つく間もなく続く咳(スタッカート)と吸気時の笛声(レプリーゼ)、夜間の増悪、咳による顔面の点状出血、ワクチン未接種がそろえば百日咳を強く疑います。百日咳毒素のリンパ球増多作用により末梢血ではリンパ球優位の白血球増多がみられる一方、菌は組織に侵入しないためCRPは上がりにくく、この組み合わせが診断の重要な手がかりとなります。胸部エックス線は合併症評価、呼吸機能検査や気道過敏性試験は喘息の評価に用いるもので、確定診断は培養、PCR・LAMP法、血清抗体検査で行います。治療はマクロライド系抗菌薬で、乳児では無呼吸発作による重症化に注意が必要です。「長引く咳の性状」と「非典型的な血液所見」を結びつけて考える視点は、感染症の鑑別と、乳児を守るための感染対策の理解に直結します。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・3歳男児。2週前から咳と鼻汁があり、咳はしだいに悪化して夜間に目立つ。 ・息を吸う間もなく短い咳が連続して起こり(スタッカート)、その直後に狭くなった声門を通して急激に息を吸い込む(このとき笛のような吸気音が出る)。この咳き込みの繰り返しをレプリーゼ(whoop)という。 ・顔面の点状出血は、激しい咳き込みによって胸腔内圧・静脈圧が急上昇し、顔面の毛細血管が破綻したために生じたものである。 ・三種混合ワクチン(ジフテリア・百日咳・破傷風:DPT)を接種していないため、百日咳に対する免疫がない。
診断へのプロセス
感冒による咳は通常数日でピークを越えて自然に軽快する。本例のように2週以上咳が続いてむしろ悪化する場合は、長引く咳を起こす感染症(百日咳、マイコプラズマ感染症、クラミジア感染症など)を考える。そのなかで、発作性の連続する咳とレプリーゼ、夜間の増悪、咳による顔面の点状出血、ワクチン未接種がそろえば、百日咳(Bordetella pertussis感染症)が最も疑われる。経過も、鼻汁や軽い咳のみのカタル期(約1〜2週)から、特徴的な発作性の咳が出現する痙咳期(けいがいき)へ移行した段階に合致する。
設問の考え方
選択肢のなかで百日咳の診断を最も支持する検査を選ぶ。百日咳毒素にはリンパ球増多因子としての作用があり、リンパ球が血管外(リンパ組織)へ移動するのを妨げるため、末梢血ではリンパ球優位の白血球増多が起こる。一方、細菌感染症であるにもかかわらずCRPなどの炎症反応は上昇しにくい。この「リンパ球増多があるのにCRPは上がらない」組み合わせが、百日咳を疑う重要な手がかりとなる。
選択肢考察
- ○a. 末梢血リンパ球数
百日咳毒素(pertussis toxin)はリンパ球増多因子として働き、リンパ球が血中からリンパ組織へ移動するのを妨げる。その結果、特にカタル期の終わりから痙咳期にかけて、白血球数の増加(しばしば15,000〜数万/μL)とリンパ球の割合の上昇(しばしば70%以上)がみられる。咳の性状から百日咳が疑われる場面で、CRPがあまり上がらないのにリンパ球優位の白血球増多があれば、診断を強く支持する。乳児では著しい白血球増多が肺高血圧などの重症化と関連することも知られている。したがって選択肢のなかで最も診断に役立つ。
- ×b. 血清CRP値
CRPは全身の炎症の程度をみる非特異的な指標であり、どの疾患かを特定する力は乏しい。百日咳は細菌感染症だが、菌は気道の線毛上皮にとどまって毒素を出すことで症状を起こし、組織に侵入しないため、CRPは正常〜軽度上昇にとどまることが多い。CRPが低いことは百日咳を否定する根拠にはならず、診断的な価値は低い。
- ×c. 胸部エックス線撮影
百日咳そのものでは胸部エックス線写真に特異的な異常がみられないことが多い。二次性の細菌性肺炎や無気肺などの合併症を評価するため、あるいは他の疾患(肺炎、異物など)を除外するためには役立つが、百日咳の診断を決める検査ではない。
- ×d. 呼吸機能検査
スパイロメトリーなどの呼吸機能検査は、気管支喘息やCOPD、間質性肺疾患などで気流制限や肺活量の低下を評価する検査である。百日咳の診断には役立たない。また、検査には最大努力での呼吸という本人の協力が必要なため、3歳児では正確な測定は困難である。
- ×e. 気道過敏性試験
気道過敏性試験はメタコリンやアセチルコリンなどを段階的に吸入させ、気道が収縮しやすいかをみる検査で、主に気管支喘息や咳喘息の診断に用いる。百日咳の診断には用いない。また、発作を誘発する危険のある検査であり、激しい咳発作が続いている幼児に行う意味はない。
百日咳の概要
・病原体:グラム陰性桿菌のBordetella pertussis。飛沫感染で広がり、感染力が非常に強い。 ・病期: カタル期(約1〜2週):鼻汁・軽い咳など感冒様。菌の排出が最も多く、最も感染力が強い。 痙咳期(約2〜3週):発作性の連続する咳(スタッカート)と吸気時の笛声(レプリーゼ)。咳き込み後の嘔吐、顔面紅潮・チアノーゼ、顔面の点状出血や眼瞼浮腫、結膜下出血などがみられる。発熱はないか軽度。 回復期(2〜3週以上):咳の発作がしだいに軽快する。長く続くことから「100日咳」と呼ばれる。 ・乳児早期(特に生後6か月未満)では典型的なレプリーゼが出ず、無呼吸発作やチアノーゼで発症することがあり、死亡の危険が高い。 ・年長児や成人では典型症状が乏しく、長引く咳のみのことが多い。ワクチンによる免疫が年月とともに低下した青年・成人が、乳児への感染源となることが問題となっている。
検査
・末梢血:リンパ球優位の白血球増多。CRPは上昇しにくい。 ・確定診断:後鼻腔ぬぐい液の培養(ボルデー・ジャング培地など。特に発症早期に感度が高いが全体として感度は低い)、遺伝子検査(PCR法、LAMP法:感度が高く、発症後約3〜4週以内が適する)、血清抗体検査(抗百日咳毒素抗体〔抗PT抗体〕、IgM・IgA抗体など。ワクチン接種歴の影響を受けるため解釈に注意)。
治療・予防
・マクロライド系抗菌薬(エリスロマイシン、クラリスロマイシン、アジスロマイシン)を用いる。カタル期に始めれば症状を軽くできるが、痙咳期以降では症状の経過は大きく変わらず、主に周囲への感染を防ぐ目的となる。新生児にはエリスロマイシン内服で肥厚性幽門狭窄症の報告があるため注意する。 ・予防は定期接種。日本では、かつての三種混合(DPT)から、ポリオを加えた四種混合(DPT-IPV)、さらにHib(インフルエンザ菌b型)を加えた五種混合ワクチンへと移行している。 ・感染症法では5類感染症(全数把握)であり、学校保健安全法では特有の咳が消失するまで、または5日間の適正な抗菌薬治療が終了するまで出席停止とされる。
長引く咳の考え方
感冒に伴う咳は通常1〜2週以内に軽快する。それを超えて続く咳では、感染後咳嗽のほか、百日咳・マイコプラズマ・クラミジアなどの感染症、気管支喘息・咳喘息、副鼻腔炎、異物などを鑑別する。
POINT
・発作性の連続した咳+レプリーゼ+夜間の増悪+ワクチン未接種 → 百日咳。 ・百日咳の検査所見は「リンパ球優位の白血球増多があるのにCRPは上がりにくい」。リンパ球増多は百日咳毒素の作用による。 ・確定診断は培養、PCR・LAMPなどの遺伝子検査、血清抗体検査で行う。 ・治療はマクロライド系抗菌薬。乳児は無呼吸発作で重症化しやすい。 ・胸部エックス線は合併症評価用、呼吸機能検査・気道過敏性試験は喘息などの評価用であり、百日咳の診断には用いない。
