飢えた体は「省エネモード」へ―神経性食思不振症の検査値を一本の軸で読み解く
第103回医師国家試験 I問題 第10問
国試問題にチャレンジ
神経性食思不振症でみられるのはどれか。3つ選べ。
- a.徐脈
- b.貧血
- c.T3高値
- d.LH・FSH高値
- e.低アルブミン血症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
神経性食思不振症(神経性やせ症)の身体所見・検査所見は、長期の飢餓に対する「省エネ適応」として理解できます。交感神経活動と代謝の低下により徐脈・低血圧・低体温が生じ、末梢でのT4→T3変換抑制による低T3症候群、視床下部のGnRH抑制によるLH・FSH・エストロゲン低値(視床下部性無月経)がみられます。骨髄低形成による貧血や汎血球減少、進行例での低アルブミン血症も生じる一方、コルチゾール・成長ホルモン・リバースT3、コレステロールや肝酵素は上昇する点を区別しておくことが大切です。治療では栄養再開時のリフィーディング症候群(低リン血症など)に注意が必要であり、「何が下がり何が上がるか」を病態から説明できることが、身体管理を含めた本症の適切な診療につながります。
解答・解説
正解はa, b, eです
疾患の要点
神経性食思不振症(anorexia nervosa: AN、現在の診断名は神経性やせ症)は、やせ願望や肥満への強い恐怖、自己の体型・体重の認知の歪みから、食事を極端に制限して著しい低体重に陥る摂食障害である。思春期〜青年期の女性に多い。一部に過食と自己誘発性嘔吐・下剤乱用を伴う病型(過食・排出型)がある。
身体所見・検査所見を考える軸
本症でみられる身体の変化の多くは、長期の飢餓(低栄養)に対する生体の適応、すなわち「エネルギー消費を減らす省エネモード」として説明できる。 ・代謝の低下: 甲状腺ホルモンの活性型であるT3が低下し(低T3症候群)、基礎代謝が下がる。その結果、徐脈、低体温、低血圧、皮膚の乾燥、便秘などが生じる。 ・生殖機能の停止: 視床下部からのGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)分泌が抑制され、LH・FSHが低下し、エストロゲンも低下して無月経となる(視床下部性無月経)。 ・造血・蛋白合成の低下: 骨髄の低形成により貧血・白血球減少・血小板減少がみられ、蛋白摂取不足により低アルブミン血症などが生じる。 一方で、ストレス・飢餓に反応して上昇するホルモン(コルチゾール、成長ホルモン)もあり、「低下するもの」と「上昇するもの」を区別して覚えることが重要である。 本問では、各選択肢が低栄養による省エネ適応の方向と一致しているか(高値か低値か)を判断すればよい。
選択肢考察
- ○a. 徐脈
低栄養に対する適応として交感神経活動が低下し迷走神経優位となること、さらに低T3状態で代謝が落ちることにより、安静時心拍数が低下する。心拍数50/分未満の徐脈は本症で高頻度にみられ、重症例では40/分を下回ることもある。低血圧・低体温と並ぶ代表的なバイタルサインの異常であり、低カリウム血症を合併すると不整脈のリスクも高まる。
- ○b. 貧血
飢餓により骨髄が低形成となり(重症例では骨髄のゼラチン様変性がみられる)、造血が低下する。さらに鉄・葉酸・ビタミンB12・蛋白質など造血材料の摂取不足も加わり、貧血をきたす。白血球減少や血小板減少を伴う汎血球減少となることも多い。なお、脱水による血液濃縮のためにヘモグロビン値が見かけ上正常に近く出ることがあり、補液後に貧血が明らかになる場合がある。
- ×c. T3高値
本症ではT3は低値となる。飢餓状態では末梢組織でT4からT3(活性型)への変換が抑制され、代わりに不活性型のリバースT3(rT3)への変換が増える。TSHやT4は正常範囲〜やや低値にとどまることが多く、この状態は低T3症候群(euthyroid sick syndrome)と呼ばれる。エネルギー消費を抑える適応反応であり、甲状腺ホルモンの補充は行わない。
- ×d. LH・FSH高値
本症ではLH・FSHは低値となる。低栄養(体脂肪の減少によるレプチン低下など)により視床下部からのGnRHの分泌が抑制され、下垂体からのゴナドトロピン(LH・FSH)分泌が低下する。その結果エストロゲンが低下し、無月経や骨密度低下(骨粗鬆症)をきたす。LH・FSHが高値となるのは卵巣そのものが機能しない病態(早発卵巣不全、閉経など)であり、本症とは逆である。
- ○e. 低アルブミン血症
蛋白質・エネルギーの摂取不足が続くと、肝臓でのアルブミン合成が低下し低アルブミン血症をきたす。ただし本症では、体脂肪・筋肉の蛋白を分解して血清アルブミンを維持しようとするため、かなりの低体重でもアルブミンが正常範囲にとどまることが少なくない。低アルブミン血症がみられる場合は低栄養が高度に進行したことを示す所見と考え、浮腫や、栄養再開時のリフィーディング症候群のリスクにも注意する。
神経性やせ症の診断
DSM-5(米国精神医学会の診断基準)では、(1)必要量に比べてエネルギー摂取を制限し、年齢・性別・発達・身体的健康からみて有意に低い体重に至る、(2)有意に低い体重であるにもかかわらず体重増加や肥満への強い恐怖、または体重増加を妨げる持続した行動がある、(3)自分の体重・体型の感じ方の障害、体重・体型が自己評価に過度に影響する、または低体重の深刻さの認識の欠如、の3項目で診断する。病型は摂食制限型と過食・排出型に分けられ、重症度は成人ではBMI(軽度17以上、中等度16〜16.99、重度15〜15.99、最重度15未満)で判定する。かつてのDSM-IVでは無月経が必須項目であったが、DSM-5では削除された。また、ICD-10では期待される体重より15%以上低い、またはBMI 17.5以下などの基準が用いられていた。
主な身体所見・検査所見
・バイタル: 徐脈、低血圧、低体温 ・皮膚: 乾燥、うぶ毛の増加(産毛密生)、柑皮症(カロテン血症による手掌の黄染)、脱毛 ・過食・排出型: 唾液腺(耳下腺)腫脹、手背の吐きだこ(Russell徴候)、歯のエナメル質の侵食、低カリウム血症・代謝性アルカローシス ・血液: 貧血、白血球減少、血小板減少 ・生化学: 低血糖、低アルブミン血症(進行例)、高コレステロール血症、肝逸脱酵素(AST・ALT)上昇、BUN上昇(脱水) ・内分泌: 低下するもの(T3、LH・FSH、エストロゲン、IGF-1、レプチン)、上昇するもの(コルチゾール、成長ホルモン〈GH〉、rT3) ・その他: 骨密度低下、脳萎縮(CTで脳溝・脳室の拡大、可逆性)
治療上の注意
高度の低栄養状態から急に栄養を再開すると、インスリン分泌に伴いリン・カリウム・マグネシウムが細胞内へ移動し、低リン血症を中心とした電解質異常から心不全・不整脈・意識障害をきたすことがある(リフィーディング症候群)。少量から段階的にエネルギー量を増やし、電解質を頻回に確認する。
POINT
・神経性やせ症の身体所見は「低栄養に対する省エネ適応」で考える。 ・低下: 心拍数(徐脈)、血圧、体温、T3、LH・FSH、エストロゲン、血球(貧血・白血球減少)、血糖 ・上昇: コルチゾール、GH、rT3、コレステロール、肝酵素 ・無月経は視床下部性(ゴナドトロピン低値)である。 ・過食・排出型では低カリウム血症・代謝性アルカローシス・唾液腺腫脹に注意。 ・栄養再開時のリフィーディング症候群(低リン血症)に注意する。
