StudyMed医師国家試験

名刺がなくなった日に何が残るか―定年後のうつと引きこもりを防ぐ「職場の外のつながり」

第103回医師国家試験 H問題 第17問

国試問題にチャレンジ

第103回 H問題 第17問

抑うつ状態や引きこもりにならないような定年後の生活設計を考えて,在職時から心がけておくとよいのはどれか。

  1. a.職場の後継者づくり
  2. b.近所付き合いや仲間づくり
  3. c.ストレスになる仕事の回避
  4. d.管理業務のマニュアル整備
  5. e.定年まで限られた期間をさらに仕事に励むこと

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、定年退職という大きなライフイベントの後に、抑うつや引きこもりに陥らないための準備を問う問題だ。着眼点は、設問が「職場のため」ではなく「本人の定年後の生活のため」に何を心がけるかを聞いている、という点。まずは、定年で人は何を失うのかを考えてみよう。
医学生医学生
収入が減ることでしょうか。あとは毎日の仕事そのものがなくなります。
ドクタードクター
それに加えて、毎日通う場所、果たすべき役割、仕事を通じた人間関係、そして「働いている自分」という自己評価のよりどころまで、一度に失うんだ。特に仕事中心の生活を送ってきた人ほど、職場以外に居場所や人間関係を持っていないから、退職後に社会から切り離されて孤立しやすい。
医学生医学生
公衆衛生の講義で、社会的孤立は高齢者のうつ病の危険因子だと習いました。
ドクタードクター
その通り。役割の喪失や社会的孤立は、高齢期のうつ病や引きこもりの重要な危険因子だ。さらに閉じこもりは活動量の低下を通じてフレイル、つまり加齢に伴う心身の予備能の低下や、要介護状態にもつながっていく。では、在職中から何を準備しておくとよいと思う?
医学生医学生
職場の外の人間関係、つまり近所付き合いや趣味の仲間づくりですか。
ドクタードクター
正解。近所付き合いや趣味・地域活動を通じた仲間は、退職後も続くソーシャルネットワークになり、困ったときに支えてくれるソーシャルサポートの源になる。職場以外に居場所と役割があれば、仕事の人間関係を失っても孤立を避けられ、外出や活動の機会も保たれるんだ。
医学生医学生
でも、それなら退職してから始めればいい気もします。在職中からというのはなぜですか。
ドクタードクター
いい疑問だね。人間関係や地域での役割は短期間では築きにくい。退職後に急に地域に飛び込もうとしても、きっかけがつかめずにそのまま家にこもってしまう人も少なくない。だから在職中から少しずつ育てておくことに意味があるんだ。
医学生医学生
後継者づくりやマニュアル整備も、退職の準備としては大事そうに見えて少し迷いました。
ドクタードクター
引き継ぎとしては確かに大切だ。でもそれは、本人がいなくなっても業務が円滑に続くための、職場側の利益なんだ。退職後の本人に新しい人間関係や生きがいをもたらすものではないから、抑うつや引きこもりの予防には直接結びつかない。
医学生医学生
ストレスになる仕事を避けるのは、メンタルヘルスには良さそうですが。
ドクタードクター
在職中のストレスを一時的に減らすかもしれないけれど、定年後の生活設計とは関係がない。それに、困難をひたすら避ける回避型のコーピングばかりだと、避けられない出来事に直面したときにうまく対処できず、かえって適応を損なうこともあるんだ。
医学生医学生
最後まで仕事に打ち込むのは、むしろ逆効果ということですね。
ドクタードクター
そう。生活も人間関係も自己評価も仕事に依存したまま退職を迎えると、一気に役割とつながりを失って、不適応を起こす危険がむしろ高まる。予防とは逆方向の行動だね。関連して「荷下ろしうつ病」という言葉も覚えておくといい。
医学生医学生
精神科の講義で聞いた気がします。重い負担から解放された直後に発症するうつ病でしたか。
ドクタードクター
そうだ。定年退職のほか、子どもの独立、長期の介護の終了、大きな仕事の完了などが契機になる。肩の荷が下りてほっとするはずの時期に落ち込むことがある、というのは臨床で知っておきたい視点だよ。
医学生医学生
ソーシャルサポートにも種類があるんでしたよね。
ドクタードクター
話を聞いてもらう・励まされる情緒的サポート、実際に手伝ってもらう手段的サポート、助言や知識を得る情報的サポート、認めてもらう評価的サポートなどに分けられる。ソーシャルサポートにはストレスの影響を和らげる緩衝作用があり、うつ病の予防や健康の維持に役立つことが知られているんだ。職業性ストレスの要求度-コントロール-サポートモデルでも、サポートが乏しいとストレスの悪影響が強まるとされているね。
医学生医学生
地域実習で、高齢者サロンや体操教室が介護予防として運営されているのを見学しました。
ドクタードクター
まさにそれが、社会参加を通じた介護予防の取り組みだ。もう一つ臨床での注意点として、高齢者のうつ病は気分の落ち込みよりも身体症状の訴えや意欲低下が前面に出て見逃されやすく、認知症との鑑別も問題になる。退職後に元気がなくなった、外に出なくなったという変化に気づいたら、うつ病の可能性も考えてほしい。

まとめ

定年退職は、通う場所、役割、仕事上の人間関係、自己評価のよりどころを一度に失うライフイベントであり、社会的孤立を通じて高齢期の抑うつや引きこもり、さらにはフレイルや要介護状態の契機となります。予防には、在職中から近所付き合いや趣味・地域活動などの職場以外のソーシャルネットワークを築き、ストレスの緩衝作用をもつソーシャルサポートの源を確保しておくことが有効です。後継者づくりやマニュアル整備は職場のための取り組みであり、仕事一辺倒で退職を迎えるとかえって不適応を起こしやすくなります。重い責任から解放された後に起こる荷下ろしうつ病や、身体症状や意欲低下が前面に出て見逃されやすい高齢者のうつ病の特徴も併せて押さえておきましょう。ライフイベントと社会的つながりの視点は、うつ病予防や介護予防を考えるうえでの基盤となります。

解答・解説

正解はbです

本問は、定年退職という大きなライフイベントの後に、抑うつ状態や引きこもりに陥らないために、在職中から何を準備しておくとよいかを問うている。 定年退職によって人は、毎日通う場所、果たすべき役割、仕事を通じた人間関係、収入、そして「働く自分」という自己評価のよりどころを一度に失う。とくに仕事中心の生活を送ってきた人ほど、職場以外の居場所や人間関係を持たないため、退職後に社会から切り離されて孤立しやすい。社会的孤立や役割の喪失は、高齢期のうつ病や引きこもり、さらには閉じこもりによる心身機能の低下(生活不活発、フレイル)の重要な危険因子である。また、重い責任や負担から解放された直後に気分が落ち込む「荷下ろしうつ病」とよばれる状態も知られている。 これを防ぐには、職場の外にも自分を支えてくれる人間関係(ソーシャルネットワーク)と、そこから得られる情緒的・実際的な支え(ソーシャルサポート)、そして仕事以外の役割や生きがいを、退職前から少しずつ築いておくことが大切である。設問は「職場のため」ではなく「本人の定年後の生活のため」に何を心がけるかを尋ねている点を押さえれば、正解を選びやすい。

選択肢考察

  1. ×a.  職場の後継者づくり

    後継者の育成は、本人が退職した後も職場の業務が円滑に続くために重要であるが、それは職場側の利益である。退職後の本人に新たな人間関係や役割、生きがいをもたらすものではなく、抑うつや引きこもりの予防には直接結びつかない。

  2. ○b.  近所付き合いや仲間づくり

    近所付き合いや趣味・地域活動を通じた仲間づくりは、退職後も続くソーシャルネットワークとなり、困ったときに支えてくれるソーシャルサポートの源になる。職場以外の居場所と役割があれば、退職で仕事上の人間関係を失っても社会的な孤立を避けられ、外出や活動の機会も保たれる。こうしたつながりは短期間では築きにくいため、在職中から意識して育てておくことが、定年後の抑うつ状態や引きこもりの予防に有効である。

  3. ×c.  ストレスになる仕事の回避

    ストレスとなる仕事を避けることは、在職中のストレスを一時的に減らすかもしれないが、定年後の生活設計とは関係がない。また、困難をひたすら避ける対処法(回避型のコーピング)では、避けられない出来事に直面したときにうまく対処できず、かえって適応を損なうこともある。定年後の抑うつや引きこもりを予防する準備にはならない。

  4. ×d.  管理業務のマニュアル整備

    業務マニュアルの整備は、仕事の効率化や引き継ぎには役立つが、これも職場のための取り組みである。退職後の本人の人間関係や生きがいを生み出すものではなく、定年後の生活設計とは無関係である。

  5. ×e.  定年まで限られた期間をさらに仕事に励むこと

    定年直前まで仕事だけに打ち込むと、生活や人間関係、自己評価のすべてが仕事に依存した状態のまま退職を迎えることになる。そうなると退職によって一気に役割とつながりを失い、生活の変化に適応できずに抑うつ状態や引きこもりに陥る危険がむしろ高まる。予防とは逆方向の行動である。

ソーシャルサポートとソーシャルネットワーク

ソーシャルネットワークは、家族、友人、近隣、地域の団体など、人が持つ人間関係の広がりや構造を指す。ソーシャルサポートは、そうした関係から得られる支援のことで、話を聞いてもらう・励まされるといった情緒的サポート、実際に手伝ってもらう手段的サポート、助言や知識を得る情報的サポート、認めてもらう評価的サポートなどに分けられる。ソーシャルサポートはストレスの影響を和らげる緩衝作用をもち、うつ病の予防や健康の維持に役立つことが知られている。

仕事のストレスモデル

職業性ストレスの代表的な理論に、仕事の要求度(仕事量や時間的切迫などの負担)と、仕事の裁量度(自分で仕事の進め方を決められる度合い)の組み合わせでストレスを説明する「仕事の要求度-コントロールモデル」がある。要求度が高く裁量度が低い状態が最もストレスが大きいとされる。のちにこれに上司や同僚からのソーシャルサポートを加えたモデル(要求度-コントロール-サポートモデル)が提唱され、サポートが乏しいとストレスの悪影響がさらに強まることが示されている。職場の内外を問わず、支えとなる人間関係はストレス対処の重要な資源である。

高齢期のうつ病・閉じこもりの危険因子

配偶者や友人との死別、退職による役割の喪失、社会的孤立、身体疾患や身体機能の低下、経済的困窮などが挙げられる。高齢者のうつ病は、身体症状の訴えや意欲低下が前面に出て見逃されやすく、認知症との鑑別も問題となる。閉じこもりは活動量の低下を通じてフレイル(加齢に伴う心身の予備能の低下)や要介護状態につながるため、地域活動や趣味などの社会参加が介護予防の観点からも推奨されている。

荷下ろしうつ病

長く続いた重い負担や責任から解放された直後に発症するうつ病を指す。定年退職、子どもの独立、長期の介護の終了、大きな仕事の完了などが契機となる。

POINT

・定年退職は役割・人間関係・生活リズムを一度に失うライフイベントであり、抑うつや引きこもりの契機となる。 ・予防には、在職中から職場以外のソーシャルネットワーク(近所付き合い、仲間、趣味、地域活動)を築いておくことが有効である。 ・ソーシャルサポートはストレスの緩衝作用をもつ。 ・後継者づくりやマニュアル整備は職場のための取り組みで、本人の定年後の生活設計ではない。 ・仕事一辺倒で退職を迎えると、かえって不適応を起こしやすい。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。