手で触れるか、叩いて聴くか―肺肝境界が「打診」の所見である理由
第103回医師国家試験 H問題 第1問
国試問題にチャレンジ
触診が有用でないのはどれか。
- a.肝腫大
- b.心尖拍動
- c.筋性防御
- d.肺肝境界
- e.甲状腺腫
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
身体診察では、所見の性質に応じて手技を使い分けます。肝腫大・心尖拍動・筋性防御・甲状腺腫は、大きさ・硬さ・拍動・腹壁の緊張などを手で感じ取る所見であり触診で評価します。一方、肺肝境界は右鎖骨中線上で肺の清音から肝の濁音に変わる位置として打診で決める所見で、正常ではおおむね第5〜6肋間付近にあり、肺気腫で下降、腹水や肝腫大などで上昇します。肝の大きさは上縁を打診、下縁を触診で評価する点、腹部診察は視診→聴診→打診→触診の順が基本である点もあわせて押さえておきましょう。所見ごとに適切な手技を選べることは、OSCEから実臨床まで通じる身体診察の基礎です。
解答・解説
正解はdです
本問は、身体診察の基本手技(視診・触診・打診・聴診)のうち、どの所見をどの手技で評価するのが適切かを問う問題である。
各手技で得られる情報
・触診:手で触れて、臓器や腫瘤の大きさ・硬さ・表面の性状・圧痛、拍動や振動(スリル)、腹壁の緊張などを評価する。 ・打診:体表を叩いて生じる音の違い(清音・濁音・鼓音)から、その下にある組織が空気を含むか、実質臓器や液体かを判断する。臓器の境界や胸水・腹水の有無の評価に適する。 ・聴診:心音、心雑音、呼吸音、腸蠕動音、血管雑音などを聴く。
考え方
選択肢のうち、肝腫大・心尖拍動・筋性防御・甲状腺腫はいずれも手で触れて評価する所見である。一方、肺肝境界は、空気を含む肺(清音)と実質臓器である肝(濁音)の音の違いを利用して決定するものであり、打診で評価する。したがって触診が有用でないのはdである。
選択肢考察
- ×a. 肝腫大
肝腫大は触診で評価する。患者を仰臥位とし、膝を軽く曲げて腹壁の緊張をとる。検者は右手の指先を右肋骨弓の下方に置き、患者に深呼吸させて、吸気時に横隔膜とともに下がってくる肝下縁を指先で触れる。肋骨弓下に何cm触れるかで腫大の程度を表し、あわせて辺縁の鋭さ(鋭か鈍か)、硬さ、表面の凹凸(結節の有無)、圧痛の有無を評価する。これらは肝硬変や肝腫瘍、うっ血肝などの鑑別に役立つ。なお、肝の上縁(肺肝境界)は打診で決め、上縁と下縁から肝の大きさを推定する。
- ×b. 心尖拍動
心尖拍動は、収縮期に左室の心尖部が胸壁を叩くことで生じる拍動で、手指で触れて位置・大きさ・強さ・持続を評価する。正常では左第5肋間の鎖骨中線付近(やや内側)に、直径2cm程度の範囲で1肋間内に触れる。触れにくい場合は左側臥位にすると心臓が胸壁に近づき触知しやすくなる。拍動の位置が左下方へ偏位している、範囲が広い(左側臥位で直径3cm以上、2肋間以上にわたる)、拍動が強く持続的(抬起性)である場合は、左室の拡大や肥大を疑う。
- ×c. 筋性防御
筋性防御は、腹腔内臓器の炎症が壁側腹膜に及んだとき、その部位の腹筋が反射的に緊張して硬くなる所見で、腹膜炎(腹膜刺激症状)を示唆する。触診で評価し、痛みの少ない部位から始めて、指腹で腹壁を軽く押すように触れ、腹壁の硬さを左右・部位ごとに比較する。炎症が広範になると腹壁全体が板のように硬くなり、板状硬と呼ばれる。反跳痛(Blumberg徴候)とともに、急性腹症で手術適応を考える重要な所見である。
- ○d. 肺肝境界
肺肝境界は打診で決定する。右鎖骨中線上を胸部の上方から下方へ順に打診していくと、空気を含む肺の上では清音が、肝の上では濁音が聴かれる。この清音から濁音に変わる位置が肺肝境界で、正常では右鎖骨中線上のおおむね第5〜6肋間付近にある。肺気腫では肺の過膨張により下方に、肝腫大、横隔神経麻痺、腹水貯留などでは横隔膜の挙上に伴い上方に偏位する。また、右胸水が貯留すると濁音域が上方に広がり境界が不明瞭になる。音の性状の変化を利用する所見であり、手で触れても評価できないので、触診は有用でない。
- ×e. 甲状腺腫
甲状腺は頸部前面の浅い位置にあるため、触診で大きさや性状を評価しやすい。検者が患者の後方に立って両手の指で触れる方法と、前方から触れる方法がある。患者に唾を飲み込ませると、甲状腺は喉頭とともに上下に動くので、他の頸部腫瘤との区別に役立つ。触診では、腫大がびまん性か結節性か、硬さ(軟らかい、弾性硬、石様硬)、表面の性状、圧痛の有無、可動性などを評価し、Basedow病、橋本病、亜急性甲状腺炎、甲状腺腫瘍などの鑑別の手がかりとする。
打診音の種類
・清音:空気を含む正常な肺の上で聴かれる。 ・濁音:肝や心臓などの実質臓器、胸水・腹水の上で聴かれる鈍い音である。 ・鼓音:胃や腸管などガスを多く含む管腔臓器の上で聴かれる、太鼓のような音である。 ・過共鳴音:肺気腫や気胸などで空気が過剰なときに聴かれる。
打診で評価する主な所見
肺肝境界、肝の大きさ(肝濁音界)、心臓の大きさ(心濁音界)、横隔膜の呼吸性移動、胸水の有無、腹水の有無(体位変換による濁音界の移動)、脾腫の有無(Traube三角の濁音化)など。
触診で得られる主な情報
肝・脾・腎の腫大、腹部腫瘤、腹部の圧痛や筋性防御、心尖拍動、心臓のスリル(振戦)、脈拍・末梢動脈の拍動、リンパ節腫大、甲状腺腫、胸膜摩擦感、皮下気腫の握雪感、表在性腫瘤、関節の腫脹・変形・圧痛、浮腫など。
腹部の診察の順序
腹部では、触診や打診の刺激で腸蠕動が変化するのを避けるため、視診→聴診→打診→触診の順に行うのが一般的である。
POINT
・肺肝境界は打診で、清音から濁音に変わる位置として決める(正常では右鎖骨中線上のおおむね第5〜6肋間付近)。 ・肝腫大、心尖拍動、筋性防御、甲状腺腫は触診で評価する。 ・打診は音の違い(清音・濁音・鼓音)から臓器の境界や液体・空気の存在を判断する手技である。 ・腹部診察は視診→聴診→打診→触診の順が基本である。
