38歳、脳出血からの再出発―介護保険が使えない若年患者の退院支援
第103回医師国家試験 G問題 第40問
国試問題にチャレンジ
38歳の女性。3か月前に脳出血を発症し,右片麻痺と失語症とが残存した。救急病院で初期治療を受け,1か月後にリハビリテーション病院に転院した。2か月間のリハビリテーションによって,T字杖と短下肢装具とを用いて平地での歩行が可能となったが,階段昇降や入浴には介助を要する。会話の理解は良好で状況判断も適切だが,言語表出が困難である。会社勤めの40歳の夫と2人暮らしで,日中は1人になる。家屋は持ち家だが,屋内に段差が多く,トイレは和式である。 退院準備として適切なのはどれか。2つ選べ。
- a.家屋改造を指導する。
- b.介護保険の申請を勧める。
- c.自立支援医療の利用を勧める。
- d.自宅介護のために夫に退職を勧める。
- e.療養病床を有する病院への転院を勧める。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
脳卒中後の回復は発症後3〜6か月でプラトーに達することが多く、回復期の終わりには残存障害を前提に在宅生活を組み立て直す視点が求められます。段差の多い家や和式トイレは片麻痺患者の転倒リスクとなるため、退院前に理学療法士・作業療法士の家屋評価をもとに段差解消・手すり設置・洋式トイレへの変更などの住宅改修を指導します。介護保険は65歳以上、または40〜64歳で脳血管疾患などの特定疾病による場合に利用でき、40歳未満は対象外であるため、若年の障害者では障害者総合支援法に基づく自立支援医療(更生医療)や障害福祉サービスを活用し、身体障害者手帳の取得も進めます。判断力が保たれ歩行も自立している若年者では、家族の離職や長期入院ではなく在宅復帰と社会参加を目指すことが原則です。年齢によって使える制度が変わることを理解しておくと、退院支援や地域連携の場面で適切な判断ができます。
解答・解説
正解はa, cです
所見の整理
・38歳女性、発症から3か月の脳出血後遺症(右片麻痺、失語症)。急性期治療ののち、回復期リハビリテーションを2か月受けている。 ・移動:T字杖と短下肢装具で平地歩行は自立。階段昇降と入浴には介助が必要。 ・言語・認知:理解は良好、状況判断も適切で、表出のみが困難 → 左大脳半球(優位半球)の病変による運動性失語(Broca失語)型と考えられ、判断力は保たれている。右片麻痺(左半球病変)では、左片麻痺で問題となりやすい左半側空間無視などの危険行動は少ない。 ・生活環境:会社員の夫(40歳)と2人暮らしで日中は独居。持ち家だが屋内に段差が多く、トイレは和式。
考え方
脳卒中の運動機能の回復は発症後おおむね3〜6か月でプラトー(頭打ち)に達することが多く、本例は回復期リハビリテーションを経て、残った障害を前提に生活を組み立て直す段階にある。若年で判断力が保たれ、平地歩行が自立しているので、目標は自宅退院と社会生活への復帰である。そのために必要なのは、(1) 日中1人でも安全に過ごせるよう住環境を整えること、(2) 年齢に合った公的制度を活用することである。 制度選択では年齢が重要である。介護保険は原則として65歳以上(第1号被保険者)が対象で、40〜64歳(第2号被保険者)は脳血管疾患を含む16の特定疾病による場合に限って利用できる。38歳の本例はいずれにも当たらず、介護保険は使えない。この年代の障害者には、障害者総合支援法(2013年に障害者自立支援法から改称・改正)に基づく自立支援医療や障害福祉サービスを用いる。
選択肢考察
- ○a. 家屋改造を指導する。
正しい。本例は段差の昇降に介助を要し、片麻痺のため和式トイレでのしゃがみ込み・立ち上がりも困難で転倒の危険が高い。日中は1人で過ごすため、段差の解消(スロープ設置など)、廊下やトイレ・浴室への手すり設置、洋式トイレへの変更などの住宅改修を退院前に指導することは、安全な在宅生活に欠かせない。持ち家であるため改修も行いやすい。実際には理学療法士・作業療法士が家屋を評価し、具体的な改修内容を提案することが多い。
- ×b. 介護保険の申請を勧める。
誤り。介護保険の被保険者は40歳以上であり、65歳以上の第1号被保険者は原因を問わず、40〜64歳の第2号被保険者は脳血管疾患などの特定疾病が原因の場合にサービスを受けられる。本例は38歳で被保険者に該当しないため、脳出血が原因であっても介護保険は利用できない。仮に夫の年齢(40歳)で考えても、制度の対象は要介護となった本人の年齢で判断される。
- ○c. 自立支援医療の利用を勧める。
正しい。自立支援医療は障害者総合支援法に基づく公費負担医療で、障害の軽減や機能維持のための医療について、自己負担を原則1割に軽減し、所得に応じた月額上限も設ける制度である。18歳以上の身体障害者を対象とするもの(更生医療)、18歳未満を対象とするもの(育成医療)、精神疾患の通院を対象とするもの(精神通院医療)の3種類がある。介護保険の対象外である若年の障害者にとって、医療費負担を軽くしつつ通院リハビリテーションなどを続けるための重要な社会資源である。なお更生医療の利用には身体障害者手帳の取得が前提となるため、あわせて手帳の申請も進める。
- ×d. 自宅介護のために夫に退職を勧める。
誤り。本例は判断力が保たれ、平地歩行も自立しており、介助が必要なのは階段昇降と入浴に限られる。家屋改修と福祉サービスの利用で日中1人でも生活できる見込みがあり、夫が常時付き添う必要はない。夫が退職すれば世帯の収入が失われ、生活基盤そのものが揺らぐ。医師が家族に離職を勧めるのは適切な退院支援ではない。
- ×e. 療養病床を有する病院への転院を勧める。
誤り。療養病床は、長期にわたり医療的な管理を必要とする患者が入院する病床である。本例は医療処置を要する状態ではなく、若年で判断力も保たれ、移動も一部自立している。長期入院は社会や家庭から切り離され、生活の質(QOL)や社会復帰の機会を損なうため、在宅復帰を目指すべきである。
介護保険の対象
・第1号被保険者:65歳以上。要介護・要支援状態であれば原因を問わず給付を受けられる。 ・第2号被保険者:40歳以上65歳未満の医療保険加入者。脳血管疾患、末期がん、関節リウマチ、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病関連疾患、初老期における認知症など16の特定疾病が原因の場合に限り給付を受けられる。 ・40歳未満は被保険者ではなく、介護保険は利用できない。
障害者総合支援法による支援
・自立支援医療:更生医療(18歳以上の身体障害者)、育成医療(18歳未満の身体障害児)、精神通院医療。自己負担は原則1割で所得に応じた上限がある。 ・障害福祉サービス:居宅介護(ホームヘルプ)、自立訓練(機能訓練・生活訓練)、就労移行支援など。入浴の介助などは、若年者ではこれらのサービスで補う。 ・補装具費の支給(短下肢装具、杖など)や日常生活用具の給付もある。 ・身体障害者手帳の取得がこれらの利用の入口となることが多い。
脳卒中後の回復とリハビリテーションの流れ
急性期(発症直後〜数週)→ 回復期(回復期リハビリテーション病棟で集中的な訓練、発症後おおむね3〜6か月)→ 生活期(維持期:在宅や施設で機能と生活を維持)と進む。機能回復は発症後3〜6か月でプラトーに達することが多く、その後は残存障害を前提に、住環境の調整、社会資源の活用、家族への指導などで生活の再建を図る。
右片麻痺と左片麻痺
・右片麻痺(左半球病変):失語症を伴いやすい。 ・左片麻痺(右半球病変):左半側空間無視、病態失認、注意障害を伴いやすく、転倒などの危険行動に結びつきやすい。
POINT
・介護保険は65歳以上、または40〜64歳で特定疾病(脳血管疾患を含む)による場合に利用できる。40歳未満は対象外。 ・若年の障害者は障害者総合支援法の自立支援医療(更生医療)や障害福祉サービスを利用する。 ・退院前には住宅改修(段差解消、手すり設置、洋式トイレへの変更)を指導し、在宅での安全を確保する。 ・判断力が保たれ歩行が自立している若年者では、家族の離職や長期入院ではなく、在宅復帰と社会参加を目指す。
