癌は動脈、肝臓は門脈―「二重血流支配」で読み解く肝動脈化学塞栓療法
第103回医師国家試験 G問題 第19問
国試問題にチャレンジ
肝細胞癌に対する肝動脈化学塞栓療法で正しいのはどれか。
- a.抗菌薬を注入する。
- b.肝予備能に影響する。
- c.門脈本幹閉塞例に施行する。
- d.ラジオ波焼灼術と併用しない。
- e.腫瘍が3個以上では適応とならない。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
肝動脈化学塞栓療法(TACE)は、正常肝が主に門脈から、肝細胞癌が主に肝動脈から栄養されるという二重血流支配を利用し、抗癌薬とリピオドールを注入したうえで肝動脈を塞栓する治療です。非腫瘍部にも虚血と薬剤障害が及ぶため肝予備能に影響し、治療前にはChild-Pugh分類などによる評価が欠かせません。正常肝を支える門脈本幹が閉塞している例は肝梗塞・肝不全の危険から原則禁忌であり、一方で切除やラジオ波焼灼術が難しい多発例は主な適応で、ラジオ波焼灼術との併用も行われます。塞栓後症候群、胆管障害や肝膿瘍などの合併症も押さえておきましょう。原理から適応・禁忌・副作用を導けるようになると、肝細胞癌の治療選択全体を筋道立てて理解できます。
解答・解説
正解はbです
肝細胞癌に対する肝動脈化学塞栓療法(TACE:transcatheter arterial chemoembolization)の原理・手技・適応・禁忌を問う一般問題である。 TACEの原理は肝臓の「二重血流支配」にある。正常の肝組織は血流の大部分(約70〜80%)を門脈から、残りを肝動脈から受けている。これに対して、典型的な(古典的な)肝細胞癌はほぼ肝動脈のみから栄養されている。そこで、大腿動脈などからカテーテルを入れて腫瘍を養う肝動脈まで進め、抗癌薬と油性造影剤(リピオドール)を混ぜたものを注入した後、ゼラチンスポンジなどの塞栓物質で動脈を詰める。こうすると、腫瘍は血流が途絶えて壊死に陥るが、正常肝は門脈血流で生き延びることができる。 この原理から次のことが導かれる。 ・注入するのは抗癌薬である(抗菌薬ではない)。 ・門脈血流が保たれていることが前提であり、門脈本幹が閉塞していると正常肝まで虚血に陥る(禁忌)。 ・塞栓範囲には正常肝も一部含まれ、抗癌薬の作用も加わるため、治療後に肝機能(肝予備能)が低下しうる。 ・切除やラジオ波焼灼術(RFA)の対象にならない多発・大型の病変が主な適応であり、RFAなどと組み合わせることもある。 したがって「肝予備能に影響する」が正しい。
選択肢考察
- ×a. 抗菌薬を注入する。
誤り。TACEで注入するのは抗菌薬ではなく抗癌薬である。エピルビシンなどのアントラサイクリン系薬やシスプラチン、ミリプラチンなどの白金製剤を、油性造影剤リピオドールと混ぜて(エマルジョンにして)注入し、その後ゼラチンスポンジなどで動脈を塞栓する。リピオドールは腫瘍内に貯留しやすく、抗癌薬を腫瘍内にとどめる担体の役割と、治療後のCTで集積を確認できるマーカーの役割を兼ねる。近年は抗癌薬を吸着させた球状塞栓物質(薬剤溶出性ビーズ)を用いる方法もある。
- ○b. 肝予備能に影響する。
正しい。TACEでは腫瘍だけでなく、塞栓した動脈が養う範囲の非腫瘍部(正常肝)の動脈血流も遮断され、さらに抗癌薬の直接作用も加わるため、肝細胞が障害されて肝予備能が低下しうる。治療直後にはASTやALTの上昇、ビリルビン上昇がみられることが多く、発熱・腹痛・悪心などの塞栓後症候群も起こる。肝硬変を背景にもつ患者が多いため、治療前にChild-Pugh分類や肝障害度で肝予備能を評価し、Child-Pugh AまたはBの患者を適応とするのが原則である。治療を繰り返すと肝機能が徐々に低下することもある。カテーテル技術の進歩で腫瘍の栄養動脈だけを選択的に塞栓する(超選択的TACE)ことが可能になり、正常肝への影響は軽減されているが、ゼロにはならない。
- ×c. 門脈本幹閉塞例に施行する。
誤り。正常肝は主に門脈血流で養われているため、TACEは門脈血流が保たれていることを前提として成り立つ治療である。門脈本幹が腫瘍栓や血栓で閉塞している状態で肝動脈を塞栓すると、正常肝への血流がほぼ途絶え、広範な肝梗塞や肝不全を起こす危険が高い。このため門脈本幹の閉塞はTACEの禁忌(少なくとも原則として施行しない)とされる。このような症例では、全身薬物療法(分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬)や肝動注化学療法(塞栓を伴わない動注)などが選択肢となる。
- ×d. ラジオ波焼灼術と併用しない。
誤り。ラジオ波焼灼術(RFA)は、腫瘍に電極針を刺して高周波電流の熱で凝固壊死させる局所治療であり、単独では概ね径3cm以下・3個以下の腫瘍がよい適応である。より大きな腫瘍では、焼灼範囲に周囲の血流によって熱が奪われる(ヒートシンク効果)ため焼き残しが生じやすい。そこで先にTACEで腫瘍の血流を減らしてからRFAを行うと、焼灼範囲が広がり局所制御が向上する。このようにTACEとRFAの併用は実際に行われている。
- ×e. 腫瘍が3個以上では適応とならない。
誤り。TACEはむしろ多発例に対する主要な治療である。日本の肝癌診療ガイドラインの治療アルゴリズムでは、肝予備能が保たれている(Child-Pugh AまたはB)症例において、腫瘍数が1〜3個で径3cmを超える場合には切除とともに、4個以上の場合には第一選択として、TACEが推奨されている。切除やRFAといった局所の根治的治療が難しい多発病変に対し、肝動脈を介して肝臓内の複数の腫瘍を一度に治療できる点がTACEの利点である。ただし、TACEを繰り返しても効果が得られない状態(TACE不応)となれば、全身薬物療法への切り替えを検討する。
肝細胞癌の治療選択の考え方(日本のガイドラインの概要)
治療は、肝予備能(Child-Pugh分類・肝障害度)、肝外転移、脈管侵襲、腫瘍数、腫瘍径の5因子をもとに選ぶ。Child-Pugh AまたはBで肝外転移・脈管侵襲がない場合の大まかな目安は次の通りである。 ・腫瘍1〜3個、径3cm以下:肝切除またはラジオ波焼灼術(RFA) ・腫瘍1〜3個、径3cm超:肝切除、次いでTACE ・腫瘍4個以上:TACE、肝動注化学療法、全身薬物療法 肝予備能が不良(Child-Pugh C)の場合は、条件(ミラノ基準など)を満たせば肝移植、満たさなければ緩和ケアが中心となる。肝外転移や脈管侵襲がある場合は全身薬物療法などが検討される。
TACEの主な合併症・副作用
・塞栓後症候群:発熱、腹痛、悪心・嘔吐(多くは一過性) ・肝機能障害、肝不全 ・肝膿瘍(特に胆道再建術後や胆管との交通がある例でリスクが高い)、胆管障害(胆管は肝動脈から栄養されるため) ・胆嚢動脈への薬剤流入による胆嚢炎 ・抗癌薬による骨髄抑制など
TACEの禁忌・慎重適応
・門脈本幹の閉塞(腫瘍栓・血栓) ・高度の肝予備能低下(Child-Pugh C)、難治性腹水、高度黄疸 ・高度の腎機能障害(造影剤を使うため) ・ヨード造影剤に対する重篤なアレルギー
POINT
・TACEは「肝細胞癌は肝動脈、正常肝は主に門脈から栄養される」という二重血流支配を利用した治療である。 ・注入するのは抗癌薬(+リピオドール)であり、その後に塞栓物質で動脈を詰める。 ・正常肝にも虚血や薬剤障害が及ぶため、肝予備能が低下しうる。治療前にChild-Pugh分類で評価する。 ・門脈本幹の閉塞例では肝梗塞・肝不全の危険があり禁忌である。 ・多発(4個以上)例や径3cmを超える腫瘍が主な適応であり、RFAとの併用も行われる。
