人工関節の周術期で本当に怖いもの―静脈血栓とセメントの落とし穴
第103回医師国家試験 G問題 第17問
国試問題にチャレンジ
下肢の人工関節置換術で正しいのはどれか。
- a.感染性関節疾患に適応がある。
- b.骨粗鬆症のある患者には適応がない。
- c.骨セメント硬化時,一過性に血圧が上昇する。
- d.深部静脈血栓症のリスクが高い。
- e.術後の磁気共鳴画像〈MRI〉検査は禁忌である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
下肢の人工関節置換術は、Virchowの三徴がそろいやすいことから深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症の高リスク手術であり、早期離床や弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法などの理学的予防と、出血リスクを踏まえた抗凝固薬による薬物的予防を組み合わせます。適応は変形性関節症や関節リウマチなどの非感染性疾患で、活動性感染はバイオフィルム形成により根絶が困難になるため禁忌です。骨粗鬆症は禁忌ではなく、高齢者の転位型大腿骨頸部骨折に対する人工骨頭置換術が代表例です。骨セメント充填時には血圧上昇ではなく低血圧・低酸素血症・不整脈を起こす骨セメント症候群に注意し、現在の人工関節の多くは条件付きでMRI撮影が可能です。適応・術中・術後の合併症を時系列で整理しておくことは、整形外科だけでなく麻酔科や病棟管理での判断にも直結します。
解答・解説
正解はdです
下肢の人工関節置換術(人工股関節全置換術〈THA〉、人工膝関節全置換術〈TKA〉など)について、適応・術中合併症・術後合併症・術後管理を横断的に問う一般問題である。 考え方の軸は次の3つである。 1) 適応:関節軟骨が高度に破壊され、保存療法では疼痛や歩行障害が改善しない非感染性の関節疾患(変形性関節症、関節リウマチ、大腿骨頭壊死症、一部の大腿骨頸部骨折など)が対象となる。活動性の感染は人工物を入れると根絶が困難になるため禁忌である。 2) 術中:人工関節を固定する骨セメント(ポリメチルメタクリレート〈PMMA〉)を骨髄腔に充填・加圧した際に、血圧低下・低酸素血症・不整脈などが起こりうる(骨セメント症候群)。 3) 術後:下肢の大手術で術後に臥床が続くため、深部静脈血栓症(DVT)とそれに続く肺血栓塞栓症(PTE)の高リスク手術に分類される。このほか感染、脱臼(特にTHA)、人工関節の緩み(ルーズニング)、人工関節周囲骨折などが重要な合併症である。 これらの知識を各選択肢に当てはめれば、下肢の人工関節置換術がDVTの高リスク手術であるという記述が正しいと判断できる。
選択肢考察
- ×a. 感染性関節疾患に適応がある。
誤り。化膿性関節炎や結核性関節炎など活動性の感染がある関節に人工関節を入れると、インプラント表面にバイオフィルムが形成されて細菌が抗菌薬や免疫から守られ、感染を根絶できなくなる。そのため活動性感染は人工関節置換術の禁忌であり、適応は非感染性疾患に限られる。感染の既往がある関節では、デブリドマンと抗菌薬治療で感染が鎮静化したことを確認したうえで、二期的に人工関節を入れることはある。
- ×b. 骨粗鬆症のある患者には適応がない。
誤り。人工関節置換術を受ける患者の多くは高齢者であり、骨粗鬆症の合併はまれではない。骨粗鬆症があっても、疼痛や歩行障害が強ければ適応となる。骨質が脆弱な場合は、骨セメントで固定するタイプのインプラントを選ぶなどの工夫をする。代表例として、骨粗鬆症を背景に生じた高齢者の大腿骨頸部骨折(転位型)では、人工骨頭置換術が標準的な治療の一つである。ただし骨粗鬆症は術中骨折や術後の人工関節周囲骨折、緩みのリスク因子となるため、骨粗鬆症治療を並行して行うことが望ましい。
- ×c. 骨セメント硬化時,一過性に血圧が上昇する。
誤り。骨セメントの充填・硬化時に問題となるのは血圧の上昇ではなく低下である。機序としては、(1)骨髄腔の内圧が上がり脂肪・骨髄成分・空気などが静脈に押し出されて肺に塞栓を生じる、(2)未重合のモノマー(メチルメタクリレート)が血中に入り血管拡張作用を示す、などが考えられている。低血圧・低酸素血症・不整脈を呈し、重症例では心停止に至ることもある(骨セメント症候群〈bone cement implantation syndrome〉)。麻酔科医はセメント挿入のタイミングで循環動態を特に注意して監視する。
- ○d. 深部静脈血栓症のリスクが高い。
正しい。THAやTKAは、静脈血栓塞栓症(VTE:DVTとPTEの総称)の高リスク手術に位置づけられている。Virchowの三徴(血流のうっ滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進)がそろいやすいことが理由である。術中の肢位や駆血帯(ターニケット)の使用、術後の安静臥床による下肢の血流うっ滞、手術操作による静脈壁の損傷、手術侵襲による凝固亢進がそれにあたる。DVTから遊離した血栓が肺動脈に詰まるとPTEとなり、致死的になりうる。そのため周術期には、早期離床・下肢の自動運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法といった理学的予防に加え、出血リスクを評価したうえで抗凝固薬(低分子量ヘパリン、フォンダパリヌクス、直接経口抗凝固薬など)による薬物的予防を行う。
- ×e. 術後の磁気共鳴画像〈MRI〉検査は禁忌である。
誤り。現在の人工関節の多くはチタン合金、コバルトクロム合金、ポリエチレン、セラミックなど強磁性をもたない(または非常に弱い)材料で作られており、骨にしっかり固定されている。そのため磁場による移動や大きな発熱の危険は小さく、一般に条件付きでMRI撮影が可能である(添付文書に示された静磁場強度などの条件を守る)。ただし金属による磁場の乱れで、インプラント周囲の画像にアーチファクト(画像のゆがみや信号欠損)が生じやすい点には注意が必要である。MRIが禁忌となる代表例は、MRI非対応の心臓ペースメーカ、強磁性の脳動脈瘤クリップ、人工内耳などであり、人工関節とは区別して覚える。
人工関節置換術の主な適応
・変形性股関節症・変形性膝関節症の末期 ・関節リウマチによる関節破壊 ・大腿骨頭壊死症(骨頭の圧潰が進んだもの) ・大腿骨頸部骨折(高齢者の転位型では人工骨頭置換術) 適応を決めるのは画像上の変形の程度だけではなく、疼痛や日常生活動作(ADL)の障害の程度である。
禁忌・慎重な判断を要する状態
・活動性の感染(関節局所、あるいは全身の感染巣) ・重篤な全身合併症で手術や麻酔に耐えられない場合 ・神経障害性関節症(Charcot関節)では関節が不安定で成績が不良になりやすく、慎重に判断する
主な合併症
・術中:骨セメント症候群(血圧低下・低酸素血症・不整脈)、術中骨折、神経・血管損傷 ・術後早期:DVT・PTE、感染、脱臼(THAで、特に後方アプローチでは股関節の屈曲・内転・内旋位で起こりやすい)、脂肪塞栓 ・術後晩期:人工関節の緩み(ポリエチレン摩耗粉による骨溶解などが原因)、遅発性感染、人工関節周囲骨折
静脈血栓塞栓症の予防
・理学的予防:早期離床、足関節の自動運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法 ・薬物的予防:低分子量ヘパリン(エノキサパリン)、フォンダパリヌクス、直接経口抗凝固薬(エドキサバンなど) ・出血リスクとのバランスを考えて方法を選ぶ。
人工関節とMRI
現在の人工関節の多くは非強磁性の材料で作られ、条件付きでMRI撮影ができる。ただしアーチファクトによって周囲の評価が難しくなることがある。
POINT
・人工関節置換術の適応は非感染性の関節疾患であり、活動性の感染は禁忌である。 ・骨粗鬆症は禁忌ではない(高齢者の大腿骨頸部骨折に対する人工骨頭置換術が代表例)。 ・骨セメントの充填時には血圧が「低下」する(骨セメント症候群)。 ・下肢の人工関節置換術はDVT・PTEの高リスク手術であり、理学的予防と薬物的予防を組み合わせる。 ・人工関節があっても、MRIは多くの場合条件付きで撮影できる(禁忌ではない)。
