働く筋肉は酸素を奪い取る―酸素解離曲線が右へずれる理由
第103回医師国家試験 G問題 第10問
国試問題にチャレンジ
ヘモグロビン酸素解離曲線が右へシフトするのはどれか。
- a.H+濃度の低下
- b.Na+濃度の上昇
- c.Cl-濃度の上昇
- d.CO2濃度の上昇
- e.2,3-DPG濃度の低下
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
ヘモグロビン酸素解離曲線の右方シフトは、酸素親和性が低下してP50が上昇し、組織へ酸素を放しやすくなる状態です。原因はH+上昇(pH低下)、CO2上昇、体温上昇、2,3-DPG上昇の4つで、代謝が盛んな運動中の筋肉の環境と一致すると考えると覚えやすくなります。CO2上昇は、H+産生によるボーア効果とカルバミノヘモグロビン形成の両方を通じて右方シフトを起こします。H+低下や2,3-DPG低下(保存血の大量輸血など)は左方シフトを起こし、胎児ヘモグロビンや一酸化炭素中毒も左方シフトの代表例であり、Na+やCl-は曲線を動かす因子としては扱われません。酸素運搬の生理を理解しておくことは、呼吸不全や貧血、中毒、輸血の場面での組織酸素化を考える基盤になります。
解答・解説
正解はdです
ヘモグロビン(Hb)酸素解離曲線は、横軸に酸素分圧(PO2)、縦軸にHbの酸素飽和度(SO2)をとったグラフで、S字状(シグモイド)の形を示す。S字状になるのは、Hbの4つのサブユニットのうち1つに酸素が結合すると、残りのサブユニットの酸素親和性が高まる「協同性(アロステリック効果)」があるためである。 曲線の「右方シフト」とは、同じ酸素分圧で比べたときに飽和度が低くなる、すなわちHbの酸素親和性が低下して酸素を手放しやすくなる状態を指す。指標としては、飽和度50%となる酸素分圧(P50、正常は約27mmHg)が上昇する。逆に「左方シフト」は親和性が上昇し、酸素を離しにくくなる状態で、P50は低下する。 右方シフトを起こす因子は、代謝が盛んで酸素を必要としている組織の環境と一致する。すなわち、①H+濃度の上昇(pH低下)、②PCO2の上昇、③体温上昇、④赤血球内2,3-DPG(2,3-ジホスホグリセリン酸、2,3-BPGともいう)の増加である。これらを覚えておけば、選択肢はそれぞれ「右方シフト因子の逆(左方シフト)」か「曲線に直接関与しない因子」かに分けられ、CO2濃度の上昇だけが右方シフトを起こすと判断できる。
選択肢考察
- ×a. H+濃度の低下
H+濃度の低下はpHの上昇(アルカローシス)を意味し、曲線は左方へシフトする。H+は脱酸素型Hb(T型)のヒスチジン残基などに結合してT型を安定化し、酸素親和性を下げる。したがってH+が増えると右方シフト、減ると左方シフトとなる。このpHによる影響をボーア効果という。
- ×b. Na+濃度の上昇
Na+は主に細胞外液の陽イオンであり、Hbの酸素親和性を調節する因子ではない。Na+濃度の変化それ自体によって酸素解離曲線が右方にシフトすることはない。
- ×c. Cl-濃度の上昇
Cl-は、臨床的に酸素解離曲線を右方へ動かす因子としては扱われない。赤血球ではCO2運搬に伴うHCO3-とCl-の交換(クロライドシフト)が起こるが、これはCO2運搬のしくみであり、Cl-濃度の上昇そのものが右方シフトの原因として挙げられることはない。
- ○d. CO2濃度の上昇
CO2濃度が上昇すると曲線は右方へシフトする。機序は2つある。第一に、CO2は赤血球内の炭酸脱水酵素によりH2CO3を経てH+とHCO3-になるため、H+が増えてボーア効果により酸素親和性が低下する。第二に、CO2はHbのグロビン鎖のN末端アミノ基と結合してカルバミノHbを形成し、脱酸素型Hbを安定化させる。活動中の組織ではCO2が多く産生されるため、この仕組みによって組織で酸素が効率よく放出される。高CO2血症(呼吸性アシドーシス)でも同様に右方シフトとなる。
- ×e. 2,3-DPG濃度の低下
2,3-DPGが低下すると曲線は左方へシフトする。2,3-DPGは赤血球の解糖系の側路で産生され、脱酸素型Hbの2本のβ鎖の間にある中心空洞に結合してT型(低親和性の構造)を安定化させる。したがって2,3-DPGの増加は右方シフト、減少は左方シフトとなる。2,3-DPGが低下する代表例は長期保存した輸血用赤血球であり、大量輸血後は組織への酸素放出が一時的に悪くなる。
右方シフトと左方シフトの原因の整理
右方シフト(酸素親和性低下、P50上昇、組織へ酸素を放しやすい) ・H+上昇(pH低下、アシドーシス) ・PCO2上昇 ・体温上昇(発熱、運動中の筋肉) ・2,3-DPG上昇(高地順応、慢性貧血、慢性低酸素血症、甲状腺機能亢進症など) 左方シフト(酸素親和性上昇、P50低下、酸素を放しにくい) ・H+低下(pH上昇、アルカローシス) ・PCO2低下(過換気) ・体温低下 ・2,3-DPG低下(保存血の大量輸血、低リン血症など) ・胎児ヘモグロビン(HbF):2,3-DPGとの結合が弱いため親和性が高く、胎盤で母体血から酸素を受け取りやすい ・一酸化炭素(CO)中毒:COHbが生じると残りのヘム部位の酸素親和性が上がり、曲線は左方にシフトして組織低酸素を悪化させる ・メトヘモグロビン血症
覚え方
運動中の筋肉を思い浮かべるとよい。筋肉は熱を産生し(体温上昇)、CO2と乳酸を産生して(PCO2上昇、pH低下)、酸素を多く必要とする。このような環境で曲線が右にずれ、Hbが酸素を多く手放すのは合目的的である。
ボーア効果とホールデン効果
・ボーア効果:H+やCO2の増加によりHbの酸素親和性が低下する現象(酸素の放出を促す)。 ・ホールデン効果:Hbが酸素を放すと、CO2(カルバミノHb)やH+を結合しやすくなる現象(CO2の運搬を促す)。 両者は表裏の関係にあり、組織では酸素放出とCO2取り込みが、肺では酸素取り込みとCO2放出が互いに促進し合う。
臨床的意義
右方シフトでは組織への酸素供給が有利になる一方、同じPaO2でも飽和度(SpO2)が低めに出る。還元Hbが増えるため、チアノーゼは出現しやすくなる。
POINT
・右方シフト=酸素親和性低下=P50上昇=組織で酸素を放しやすい。 ・右方シフトの4因子:H+上昇(pH低下)、PCO2上昇、体温上昇、2,3-DPG上昇。 ・CO2上昇はH+の産生(ボーア効果)とカルバミノHb形成の両方を通じて右方シフトを起こす。 ・左方シフト:アルカローシス、低体温、2,3-DPG低下(保存血)、HbF、CO中毒。 ・Na+、Cl-は酸素解離曲線を動かす因子としては問われない。
