「止める薬」には相棒がいる?―麻酔薬と拮抗薬の正しいペアを見抜く
第103回医師国家試験 E問題 第8問
国試問題にチャレンジ
薬剤とその拮抗薬の組合せで誤っているのはどれか。
- a.フェンタニル ―― ナロキソン
- b.プロポフォール ―― アトロピン
- c.ベクロニウム ―― ネオスチグミン
- d.ヘパリン ―― プロタミン
- e.ミダゾラム ―― フルマゼニル
対話形式の解説
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ドクターまとめ
麻酔・周術期の拮抗薬は、元の薬の作用点を考えると整理しやすく、受容体での競合的遮断(フェンタニルにナロキソン、ミダゾラムにフルマゼニル)、分解酵素阻害による内因性物質の増加(非脱分極性筋弛緩薬にネオスチグミン)、分子への直接結合による不活化(ヘパリンにプロタミン、筋弛緩薬にスガマデクス)に分けられます。プロポフォールには特異的拮抗薬がなく、作用が短いため投与中止と呼吸・循環の支持で対応し、抗コリン薬のアトロピンはその拮抗薬ではありません。ネオスチグミン使用時にはムスカリン様副作用の予防にアトロピンを併用し、ナロキソンやフルマゼニルは作用時間が短いため再抑制に注意して観察を続けます。拮抗のしかたと作用時間をセットで理解しておくことは、手術室や救急・内視鏡室で安全に鎮静・麻酔を扱うための基本になります。
解答・解説
正解はbです
本問は、麻酔・周術期によく使う薬剤と、その作用を打ち消す「拮抗薬(リバース薬)」の対応を問う問題である。「誤っているのはどれか」型なので、対応関係が成り立たない組合せを選ぶ。 拮抗薬を考えるときは、まず元の薬剤が何に作用しているか(受容体・酵素・分子)を確認し、それを競合的に遮断するのか、分子そのものに結合して不活化するのか、あるいは別の経路で作用を上回るのかを整理するとよい。 ・オピオイド受容体作動薬(フェンタニル)→ オピオイド受容体拮抗薬(ナロキソン) ・ベンゾジアゼピン受容体作動薬(ミダゾラム)→ ベンゾジアゼピン受容体拮抗薬(フルマゼニル) ・非脱分極性筋弛緩薬(ベクロニウム)→ アセチルコリン分解を阻害して神経筋接合部のアセチルコリン量を増やす薬(ネオスチグミン) ・ヘパリン(強い陰性荷電をもつ多糖)→ 強い陽性荷電をもつ蛋白で結合・中和する薬(プロタミン) 一方、プロポフォールには臨床で使える特異的拮抗薬は存在しない。作用時間が短く、投与を中止すれば速やかに覚醒するため、呼吸・循環の支持で対応する。アトロピンは抗コリン薬であり、プロポフォールの作用機序(主としてGABA-A受容体機能の増強)とは関係がない。したがって b が誤りの組合せである。
選択肢考察
- ×a. フェンタニル ―― ナロキソン
組合せとして正しい。フェンタニルはμ(ミュー)オピオイド受容体に作用する合成麻薬性鎮痛薬で、モルヒネの約50〜100倍の鎮痛力価をもち、麻酔中の鎮痛に広く用いられる。過量では呼吸抑制を起こす。ナロキソンはオピオイド受容体を競合的に遮断する純粋な拮抗薬で、モルヒネやフェンタニルによる呼吸抑制・意識障害を改善する。ナロキソンの作用持続は比較的短く(30〜60分程度)、長時間作用型のオピオイドでは効果が切れた後に呼吸抑制が再び現れること(再麻薬化)があるため、投与後も観察を続ける必要がある。また急速・大量投与では鎮痛効果も消えるため、疼痛や交感神経の過剰な緊張(高血圧、頻脈)を招くことがある。
- ○b. プロポフォール ―― アトロピン
組合せとして誤っているため、これが正解である。プロポフォールは静脈麻酔薬で、全身麻酔の導入・維持や、集中治療室での人工呼吸中の鎮静に用いられる。主にGABA-A受容体の働きを強めて中枢神経を抑制する。体内で速やかに再分布・代謝されるため作用は短く、持続投与を止めれば比較的早く覚醒する。そのため特異的な拮抗薬は存在せず、過量時は気道確保・換気補助・循環管理で対応する。アトロピンはムスカリン受容体を遮断する抗コリン薬で、徐脈の治療、気道分泌の抑制、ネオスチグミン投与時のムスカリン様副作用(徐脈など)の予防、有機リン中毒の治療などに用いる薬であり、プロポフォールの拮抗薬ではない。
- ×c. ベクロニウム ―― ネオスチグミン
組合せとして正しい。ベクロニウムはステロイド骨格をもつ非脱分極性筋弛緩薬で、神経筋接合部のニコチン性アセチルコリン受容体をアセチルコリンと競合的に奪い合うことで筋弛緩を起こす。ネオスチグミンはコリンエステラーゼ阻害薬(抗コリンエステラーゼ薬)で、アセチルコリンの分解を妨げて接合部のアセチルコリン濃度を上げ、競合に打ち勝たせて筋弛緩を回復させる。ただしネオスチグミンはムスカリン受容体側のアセチルコリン作用も強めるため、徐脈・気道分泌増加・腸蠕動亢進などが起こりうる。これを防ぐためにアトロピンを併用するのが通例である。なお同じステロイド系のロクロニウムにもネオスチグミンは有効である。さらに現在では、ロクロニウムやベクロニウムの分子を包み込んで不活化するスガマデクスが広く使われている。脱分極性筋弛緩薬(スキサメトニウム)にはネオスチグミンは拮抗薬とならず、むしろ作用を増強しうる点に注意する。
- ×d. ヘパリン ―― プロタミン
組合せとして正しい。ヘパリンはアンチトロンビンに結合してその働きを著しく高め、トロンビンや活性化第X因子(Xa)を阻害する抗凝固薬である。プロタミンは魚の精子由来の強い塩基性(陽性荷電)の蛋白で、強い酸性(陰性荷電)をもつヘパリンとイオン結合して複合体を作り、抗凝固作用を中和する。心臓血管手術で人工心肺から離脱する際などに用いられる。低分子ヘパリンに対しては中和が部分的にとどまる。副作用として低血圧、アナフィラキシー様反応、肺高血圧などがある。なお経口抗凝固薬のワルファリンはビタミンK依存性凝固因子の産生を抑える薬であり、その効果を打ち消すにはビタミンKを投与し、緊急時にはプロトロンビン複合体製剤などを用いる。
- ×e. ミダゾラム ―― フルマゼニル
組合せとして正しい。ミダゾラムはベンゾジアゼピン系の鎮静・静脈麻酔薬で、GABA-A受容体上のベンゾジアゼピン結合部位に作用して鎮静・健忘・抗不安・抗けいれん作用を示す。内視鏡検査時の鎮静や麻酔導入などに用いる。フルマゼニルは同じ結合部位を競合的に遮断するベンゾジアゼピン受容体拮抗薬で、鎮静や呼吸抑制を解除する。フルマゼニルはミダゾラムより作用時間が短いことが多く、効果が切れた後に再鎮静が起こりうるため観察を続ける。また長期にベンゾジアゼピンを服用している患者では離脱症状やけいれんを誘発することがある。
周術期に使う主な薬剤と拮抗薬の整理
・オピオイド(モルヒネ、フェンタニル、レミフェンタニルなど)→ ナロキソン ・ベンゾジアゼピン(ミダゾラム、ジアゼパムなど)→ フルマゼニル ・非脱分極性筋弛緩薬(ロクロニウム、ベクロニウム)→ ネオスチグミン(アトロピン併用)、スガマデクス ・脱分極性筋弛緩薬(スキサメトニウム)→ 臨床的な拮抗薬はない(血漿コリンエステラーゼで速やかに分解される) ・ヘパリン → プロタミン ・ワルファリン → ビタミンK(緊急時はプロトロンビン複合体製剤など) ・ダビガトラン → イダルシズマブ ・プロポフォール、吸入麻酔薬、ケタミン → 特異的拮抗薬はない
拮抗のしかたの違い
1. 受容体での競合的遮断:ナロキソン、フルマゼニル 2. 分解酵素の阻害で内因性物質を増やす:ネオスチグミン 3. 薬剤分子への直接結合による不活化:プロタミン(電荷による結合)、スガマデクス(包接)、イダルシズマブ(抗体) 4. 作用経路の補充:ビタミンK
拮抗薬使用時の注意
拮抗薬の作用時間が元の薬剤より短い場合(ナロキソン、フルマゼニル)は、拮抗薬の効果が切れた後に呼吸抑制や鎮静が再び現れることがあるため、投与後もモニタリングを続ける。
POINT
・フェンタニル(オピオイド)の拮抗薬はナロキソン。 ・ミダゾラム(ベンゾジアゼピン)の拮抗薬はフルマゼニル。 ・非脱分極性筋弛緩薬の拮抗にはネオスチグミン(ムスカリン様副作用予防にアトロピン併用)やスガマデクスを用いる。 ・ヘパリンの拮抗薬はプロタミン、ワルファリンはビタミンK。 ・プロポフォールには特異的拮抗薬はない。アトロピンは抗コリン薬であり拮抗薬ではない。
