失神の正体は「黒い便」にあり―出血性ショックからたどる上部消化管内視鏡への道筋
第103回医師国家試験 E問題 第55問
国試問題にチャレンジ
55歳の男性。一過性に意識消失したため搬入された。1週前から黒色便に気付いていた。意識は清明。顔面は蒼白。冷汗を認める。体温37.0℃。脈拍104/分,整。血圧92/62 mmHg。血液所見:赤血球314万,Hb 10.4g/dL,白血球10,600,血小板22万。動脈血ガス分析(自発呼吸,room air):pH 7.30,PaO2 82Torr,PaCO2 36Torr。 静脈路を確保した上で,まず行うのはどれか。
- a.頭部CT
- b.脳波検査
- c.注腸造影検査
- d.腹部血管造影
- e.上部消化管内視鏡検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
黒色便に顔面蒼白・冷汗・頻脈・低血圧・貧血・代謝性アシドーシスを伴う場合は、上部消化管出血による出血性ショックを考え、一過性の意識消失もそれによる脳灌流低下で説明できます。急性出血の直後はHbが出血量を過小評価するため、ショック指数などのバイタルサインから重症度を判断することが重要です。対応は、太い静脈路の確保と輸液・輸血で循環を安定させたうえで、診断と止血を同時に行える上部消化管内視鏡検査を速やかに行うのが原則です。腹部血管造影と塞栓術は内視鏡で止血できない場合の選択肢で、注腸造影は出血中には適さず、頭部CTや脳波は本例で優先されません。失神の鑑別で便の性状を確認する習慣は、見逃しやすい消化管出血を早期に拾い上げる力につながります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・55歳男性。一過性の意識消失で搬入された。 ・1週前から黒色便(タール便)がある。 ・来院時、意識は清明だが、顔面蒼白と冷汗がある。 ・脈拍104/分の頻脈、血圧92/62mmHgの低血圧。ショック指数(脈拍÷収縮期血圧)は約1.1で、1.0を超えている。 ・赤血球314万、Hb 10.4g/dLと貧血がある。 ・動脈血ガスは、pH 7.30、PaCO2 36Torrで、アシデミアがある。PaCO2は正常範囲内でやや低めであり、代謝性アシドーシスが主体と考えられる。末梢循環不全による乳酸の蓄積が疑われる。 ・PaO2 82Torrは、この年齢としてほぼ正常範囲である。
診断へのプロセス
一過性の意識消失の原因は幅広い。てんかん、一過性脳虚血発作(transient ischemic attack:TIA)などの神経疾患、不整脈などの心原性失神、低血糖などが挙がる。本例ではこれに加えて、黒色便、顔面蒼白・冷汗、頻脈・低血圧、貧血、代謝性アシドーシスがそろっている。したがって、消化管出血による循環血液量減少性(出血性)ショックと、それに伴う脳血流低下で意識を失ったと考えるのが最も合理的である。 黒色便は、血液中のヘモグロビンが胃酸や腸内細菌によって変化し、黒色になったものである。一般に、Treitz靱帯より口側の上部消化管(食道・胃・十二指腸)からの出血を示唆する。原因として多いのは、消化性潰瘍(胃・十二指腸潰瘍)、食道・胃静脈瘤、Mallory-Weiss症候群、胃癌などである。 なお、急性出血の直後は血液が失われても血漿による希釈がまだ進んでいないため、Hbは実際の出血量より高めに出る。Hb 10.4g/dLだからといって出血量を少なく見積もってはならない。
設問の考え方
静脈路(できれば太い留置針で2本)を確保し、細胞外液補充液の輸液と必要に応じた輸血で循環動態の安定化を図る。そのうえで、出血源を特定し、同時に止血もできる上部消化管内視鏡検査を速やかに行うのが原則である。
選択肢考察
- ×a. 頭部CT
頭部CTは、頭蓋内出血などの頭蓋内病変や、失神に伴う頭部外傷を評価する検査である。本例の意識消失は、出血による循環血液量の減少で説明できる。意識はすでに清明で、神経学的な異常所見の記載もない。出血源の検索と止血より優先する根拠に乏しい。また頭部CTは、TIAの診断にはほとんど役立たない。
- ×b. 脳波検査
脳波検査は、てんかんが疑われる意識消失の評価に用いる。本例は黒色便と出血性ショックの所見があり、意識消失の原因は循環血液量減少による脳灌流低下と考えられる。ショック状態の患者に緊急で脳波検査を行う意義はない。
- ×c. 注腸造影検査
注腸造影検査は、バリウムを肛門から注入して大腸を造影する検査であり、大腸の形態評価に用いる。黒色便は上部消化管出血を示唆し、大腸からの出血では一般に鮮血便や暗赤色便となる。下部消化管出血を疑う場合でも、診断と止血を同時に行える大腸内視鏡検査が優先される。さらにバリウムが残ると、その後の内視鏡や血管造影の妨げとなる。出血中の患者に注腸造影を行うことは適切でない。
- ×d. 腹部血管造影
腹部血管造影は、活動性の出血(おおむね0.5mL/分以上)があれば造影剤の血管外漏出として出血部位を示すことができる。そのまま経カテーテル動脈塞栓術(transcatheter arterial embolization:TAE)で止血することも可能である。ただし、内視鏡で出血源を同定できない場合や、内視鏡的止血が不成功の場合に考慮される方法である。腸管の血管形成異常(angiodysplasia)の診断などにも用いられる。黒色便を伴う上部消化管出血では、侵襲の少ない上部消化管内視鏡検査が第一選択である。
- ○e. 上部消化管内視鏡検査
黒色便と出血性ショックの所見から上部消化管出血が強く疑われる。上部消化管内視鏡検査は、出血源(消化性潰瘍、静脈瘤、Mallory-Weiss症候群、腫瘍など)を直接観察して診断できる。同時に、クリップ法、止血剤局注法、熱凝固法、静脈瘤結紮術(endoscopic variceal ligation:EVL)などの内視鏡的止血術を行える点が最大の利点である。静脈路を確保し、輸液・輸血で循環動態を安定させてから、速やかに(一般に24時間以内、ショックを伴う例ではより早期に)施行する。
上部消化管出血の初期対応の流れ
1. 気道・呼吸・循環の評価。吐血を伴い誤嚥の危険が高い場合は、気道確保(気管挿管)も考慮する。 2. 太い静脈路を2本確保し、細胞外液補充液を投与する。採血で血算、生化学、凝固能、血液型・交差試験を行う。 3. 必要に応じて赤血球輸血を行う。循環動態が安定している例では、Hb 7g/dL程度を目安とする制限的輸血が推奨されている。ただし虚血性心疾患などの併存例や、活動性の大量出血では個別に判断する。 4. プロトンポンプ阻害薬(PPI)の静注を開始する。静脈瘤出血が疑われる場合は、血管作動薬や抗菌薬の投与も考慮する。 5. 循環動態を安定させたうえで、緊急上部消化管内視鏡検査を行い、診断と止血を行う。 6. 内視鏡的止血が困難な場合は、血管造影下の塞栓術(TAE)や外科手術を検討する。
消化管出血の便の性状と出血部位
・吐血:主にTreitz靱帯より口側からの出血。新鮮血であれば出血量が多い、または出血したばかりであることを示す。コーヒー残渣様であれば、血液が胃酸で変性したものである。 ・黒色便(タール便):主に上部消化管からの出血。約50〜100mL以上の出血で生じるとされる。 ・鮮血便・暗赤色便:主に下部消化管(大腸・肛門)からの出血。上部消化管出血でも、大量かつ急速であれば血便になることがある。
出血量の推定
脈拍、血圧、ショック指数、皮膚所見(蒼白・冷汗)、尿量などから循環血液量の減少の程度を推定する。ショック指数1.0はおおよそ1L前後の出血を示唆する。上部消化管出血では、血液中の蛋白が腸で消化・吸収されるため、血中尿素窒素(BUN)がクレアチニンに比べて不釣り合いに上昇することも、上部消化管出血を示唆する所見となる。
POINT
・黒色便に頻脈・低血圧・冷汗・貧血を伴えば、上部消化管出血による出血性ショックを考える。 ・一過性の意識消失も、循環血液量減少で説明できる。神経学的検査を優先しない。 ・対応は、まず静脈路確保と輸液・輸血で循環を安定させ、次に上部消化管内視鏡検査で診断と止血を同時に行う。 ・急性出血の直後はHbが出血量を過小評価する。 ・血管造影(TAE)は、内視鏡で止血できない場合の選択肢である。注腸造影は出血中には行わない。
