広がった脈圧と拡張期の逆流―症状が出た大動脈弁閉鎖不全症に必要な手術は?
第103回医師国家試験 D問題 第59問
国試問題にチャレンジ
52歳の男性。労作時の息切れと胸痛とを主訴に来院した。5年前から健康診断で心拡大を指摘されていたが放置していた。脈拍84/分,整。血圧142/42mmHg。胸骨左縁第3肋間に拡張期雑音を聴取する。下肢に浮腫を認める。心尖部から記録したカラードプラ心エコー図を別に示す。 治療として適切なのはどれか。

- a.Maze手術
- b.交連切開術
- c.人工弁置換術
- d.欠損孔閉鎖術
- e.ステントグラフト内挿術
対話形式の解説
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ドクターまとめ
Erb領域の拡張早期雑音と、拡張期血圧の低下による脈圧増大は大動脈弁閉鎖不全症を強く示唆し、カラードプラで拡張期に左室奥まで届く逆流ジェットを確認できれば高度の逆流と判断できます。慢性の逆流は左室の容量負荷による拡大を招き、息切れや下肢浮腫などの心不全症状、冠灌流低下による狭心痛が出現した時点で手術適応となり、標準的な術式は人工弁による大動脈弁置換術です。Maze手術は心房細動、交連切開術は僧帽弁狭窄症、欠損孔閉鎖術は心房・心室中隔欠損症、ステントグラフト内挿術は大動脈瘤と、選択肢の手術を対象疾患と対応させて整理することが大切です。無症状でも左室機能低下や左室拡大があれば手術を考慮し、機械弁と生体弁は抗凝固療法や耐久性を踏まえて選択します。身体所見から病態を推論し、適切な時期に手術へつなげる視点は、弁膜症診療全般の基本になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・52歳男性、労作時の息切れと胸痛を訴えている。 ・5年前から健康診断で心拡大を指摘されていたが放置していた。 ・脈拍84/分・整(心房細動ではない)、血圧142/42mmHgで、拡張期血圧が非常に低く、脈圧(収縮期血圧−拡張期血圧)が100mmHgと著しく大きい。 ・胸骨左縁第3肋間(Erb領域)に拡張期雑音を聴取する。 ・下肢に浮腫がある。 ・心尖部から記録したカラードプラ心エコー図が示されている。
診断へのプロセス
拡張期雑音は健常者では聴かれず、必ず病的である。Erb領域で聴かれる拡張期雑音は、大動脈弁閉鎖不全症(AR)による、拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流する際の雑音(拡張早期の高調な漸減性雑音)が代表である。 脈圧の増大もARを強く支持する。ARでは、拡張期に大動脈の血液が左室へ逆流するため拡張期血圧が下がる。一方、左室は正常な流入血に逆流分を加えた大量の血液を拍出するため1回拍出量が増え、収縮期血圧は上がる。その結果、脈圧が大きくなる。同じ拡張期雑音を示す肺動脈弁閉鎖不全症では、雑音の最強点はおもに胸骨左縁第2肋間で、体血圧の脈圧は変化しないことから区別できる。 5年来の心拡大は、逆流による慢性の容量負荷で左室が拡大した結果と考えられる。胸痛は冠動脈疾患の合併も否定はできないが、ARでは拡張期血圧の低下により冠動脈の灌流圧が下がり(冠血流はおもに拡張期に流れる)、一方で拡大・肥大した左室の酸素需要は増えるため、狭心痛を起こしうる。息切れは左心不全による肺うっ血、下肢浮腫は心不全が進行して右心系にも影響が及んだ状態を示す。 カラードプラ心エコー図では、拡張期に大動脈弁から左室内へ向かう逆流ジェットが左室の奥深くまで到達しており、高度のARと判断できる。以上から、心不全症状を伴う高度の慢性大動脈弁閉鎖不全症と診断する。
治療の考え方
慢性ARは長いあいだ無症状で経過するが、いったん症状(労作時呼吸困難、狭心痛、心不全)が出現すると、手術をしなければ予後が急速に悪くなる。症状を伴う高度ARは大動脈弁の手術の明確な適応であり、標準的な術式は人工弁による大動脈弁置換術である。薬物療法(血管拡張薬、利尿薬など)は、手術までのつなぎや手術ができない例での症状緩和が目的で、根本的な治療にはならない。
選択肢考察
- ×a. Maze手術
Maze(メイズ)手術は心房細動に対する外科治療で、心房を迷路(maze)状に切開・縫合したり、焼灼・冷凍凝固で線状の伝導ブロックを作ったりして、心房細動を維持するリエントリー回路を断ち切り洞調律を回復させる手術である。僧帽弁手術などに合わせて行われることが多い。本例は脈拍が整で心房細動はなく、適応はない。
- ×b. 交連切開術
交連切開術は、弁尖どうしが交連部で癒合して弁口が狭くなった弁狭窄症に対し、癒合部を切り離して弁口を広げる手術である。主にリウマチ性の僧帽弁狭窄症に行われ、直視下交連切開術(開心術)と、カテーテルでバルーンを拡張する経皮的僧帽弁交連切開術(PTMC)がある。逆流を主体とする大動脈弁閉鎖不全症では、弁口を広げても逆流は改善せず、むしろ悪化するため適応はない。
- ○c. 人工弁置換術
労作時息切れ・胸痛・下肢浮腫という心不全症状を伴う高度の大動脈弁閉鎖不全症であり、大動脈弁置換術の適応がある。病変のある大動脈弁を切除し、機械弁または生体弁に置き換えて逆流を根本的に止める。僧帽弁や三尖弁の逆流では自己弁を温存する弁形成術が主流になっているが、大動脈弁の逆流では弁置換術がなお標準的な術式である(弁の形態によっては大動脈弁形成術が行われることもある)。症状が出てから手術を先送りすると左室機能の障害が進み、術後も回復しにくくなるため、早期の手術が望ましい。
- ×d. 欠損孔閉鎖術
欠損孔閉鎖術は、心房中隔欠損症(ASD)や心室中隔欠損症(VSD)など、心臓内に異常な交通(短絡)がある先天性心疾患に対し、パッチや直接縫合、あるいはカテーテルで挿入する閉鎖栓(デバイス)で欠損孔を閉じる治療である。本例の所見は大動脈弁逆流によるもので、短絡性疾患ではないため適応はない。なおVSDの一部(漏斗部欠損)ではARを合併することがあるが、本例ではVSDを示す汎収縮期雑音などの所見はない。
- ×e. ステントグラフト内挿術
ステントグラフト内挿術は、金属製の骨格(ステント)に人工血管を縫い付けたステントグラフトをカテーテルで大動脈内に留置し、大動脈瘤への血流を遮断して破裂を防ぐ血管内治療である。胸部・腹部大動脈瘤や一部の大動脈解離に用いられる。大動脈基部の拡張が原因でARが生じることはあるが、弁そのものの逆流をこの方法で治すことはできず、本例の治療としては適切でない。
大動脈弁閉鎖不全症(AR)の概要
・原因:弁尖の異常(二尖弁、リウマチ性、感染性心内膜炎による弁破壊、加齢変性)と、大動脈基部の拡大(大動脈弁輪拡張症、Marfan症候群、大動脈炎症候群、梅毒性大動脈炎、高血圧)に大別される。急性ARは感染性心内膜炎やStanford A型大動脈解離で起こる。 ・病態(慢性):拡張期の逆流で左室に容量負荷がかかり、左室は拡大(遠心性肥大)して1回拍出量を増やし代償する。長く無症状で経過するが、代償が破綻すると左室収縮能が低下し、左心不全となる。 ・症状:労作時呼吸困難、起座呼吸、狭心痛(拡張期血圧低下による冠灌流低下と心筋酸素需要増大による)、動悸。 ・身体所見:胸骨左縁第3肋間(Erb領域)の拡張早期漸減性雑音(前傾座位・呼気止めで聴きやすい)、脈圧増大、速脈・大脈(Corrigan脈、水槌脈)。末梢の徴候としてde Musset徴候(拍動に一致した頭部のうなずき)、Quincke徴候(爪床の毛細血管拍動)、大腿動脈のDuroziez雑音やピストル射撃音などがある。心尖部で拡張中期のAustin Flint雑音(逆流ジェットで僧帽弁前尖の開放が妨げられる相対的僧帽弁狭窄)が聴かれることもある。 ・検査:胸部エックス線写真で左室拡大(左第4弓の突出)。心エコーのカラードプラで拡張期の左室内への逆流ジェットを確認し、逆流の程度、左室径、左室駆出率を評価する。
手術適応(慢性の高度AR)
・症状がある場合は、左室機能にかかわらず大動脈弁手術の適応となる。 ・無症状でも、左室駆出率の低下(おおむね55%以下とする基準が近年用いられる)や、左室収縮末期径の拡大(50mm超など)があれば手術を考慮する。 ・他の心臓手術(冠動脈バイパス術、上行大動脈手術など)を行う際には同時に手術を行う。 ・大動脈基部の拡大を伴う場合は、基部置換術(Bentall手術)や自己弁温存基部置換術が選ばれる。
人工弁の種類
・機械弁:耐久性に優れるが、生涯にわたりワルファリンによる抗凝固療法が必要である。 ・生体弁:抗凝固療法は原則として術後の一定期間のみでよいが、経年的な劣化で再手術が必要になることがある。高齢者や妊娠を希望する女性などで選ばれやすい。
選択肢の手術と対象疾患の整理
・Maze手術:心房細動 ・交連切開術:僧帽弁狭窄症 ・弁置換術:大動脈弁狭窄症・大動脈弁閉鎖不全症(僧帽弁疾患でも形成困難な場合) ・欠損孔閉鎖術:ASD、VSDなどの短絡性疾患 ・ステントグラフト内挿術:大動脈瘤、一部の大動脈解離
POINT
・Erb領域の拡張期雑音+脈圧増大(拡張期血圧低下)→大動脈弁閉鎖不全症。 ・ARの胸痛は、拡張期血圧低下による冠灌流低下でも起こる。 ・カラードプラで拡張期に大動脈弁から左室へ向かう逆流ジェットを確認する。 ・症状のある高度ARは大動脈弁置換術の適応。大動脈弁では弁置換術が標準(僧帽弁逆流では弁形成術が主流)。 ・手術と疾患の対応:Maze手術→心房細動、交連切開術→僧帽弁狭窄症、欠損孔閉鎖術→ASD・VSD、ステントグラフト→大動脈瘤。
