「心臓が壊れた」を一番正確に教えてくれる血液検査―トロポニンTが選ばれる理由
第103回医師国家試験 D問題 第58問
国試問題にチャレンジ
60歳の男性。1時間以上持続する胸痛を主訴に来院した。10年前から高血圧症にて内服治療中である。胸部エックス線写真で異常を認めない。12誘導心電図を別に示す。 障害を起こしている臓器に最も特異性の高い血液検査はどれか。

- a.白血球数
- b.CRP
- c.AST
- d.ALT
- e.LD〈LDH〉
- f.クレアチンキナーゼ〈CK〉
- g.トロポニンT
- h.ミオグロビン
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
胸部誘導の広範なST上昇と対側性変化は広範囲前壁の急性ST上昇型心筋梗塞を示し、障害臓器は心筋です。特異性とは「異常なら他臓器が原因ではないと言える度合い」であり、白血球数・CRPは非特異的な炎症マーカー、AST・LDは肝臓や赤血球など全身に、CKやミオグロビンは骨格筋にも多く含まれるため特異性は低くなります。心筋型と骨格筋型でアミノ酸配列が異なる心筋トロポニン(T・I)は最も心筋特異性が高く、発症3〜6時間ほどで上昇して1〜2週間持続するため、心筋梗塞の国際的定義の中心に据えられています。ただしST上昇型心筋梗塞ではマーカーを待たずに再灌流療法を急ぐこと、トロポニンは心筋炎や心不全、腎機能低下などでも上がり「心筋特異的」であっても「心筋梗塞特異的」ではないことも重要です。感度・特異性の違いと各マーカーの経時変化を理解することは、胸痛診療で検査結果を正しく解釈する土台になります。
解答・解説
正解はgです
所見の整理
・60歳男性、1時間以上続く胸痛で来院した。 ・10年来の高血圧症(冠動脈疾患の危険因子)がある。 ・胸部エックス線写真は異常なし。
鑑別と診断
持続する胸痛では、急性冠症候群(急性心筋梗塞・不安定狭心症)、急性大動脈解離、肺血栓塞栓症、緊張性気胸という致死的な疾患をまず考え、そのほか急性心膜炎、心筋炎、胸膜炎、食道疾患なども鑑別に入れる。胸部エックス線写真に異常がないことから、気胸・胸膜炎・大動脈瘤などを示唆する所見はない。 12誘導心電図では、V1〜V5誘導(特にV2〜V4)で上に凸の著明なST上昇がみられ、Ⅰ・aVL誘導にも軽度のST上昇を認める。一方、Ⅲ誘導などの下壁誘導ではわずかなST低下(対側性変化、鏡像変化)がみられる。ST上昇が冠動脈の支配領域(左前下行枝の領域)に一致して分布し、対側性変化を伴っていることから、広範囲前壁の急性ST上昇型心筋梗塞と診断できる。側壁誘導(Ⅰ・aVL)にも及ぶことから、左前下行枝の近位部での閉塞が考えられる。急性心膜炎ではST上昇が冠動脈の支配領域と関係なくほぼ全誘導に広がり、対側性変化を伴わない点で区別される。
設問の考え方
障害を受けている臓器は心臓(心筋)であり、問われているのは「心筋傷害に対して最も特異性が高い血液検査」である。特異性とは、その検査が異常となったときに、目的の臓器以外の原因を否定できる度合いを指す。炎症のマーカー、肝臓や骨格筋にも多く含まれる酵素は、心筋が壊死すれば上昇はするものの、他の臓器の障害でも上昇するため特異性は低い。心筋に固有の構造をもつタンパク質である心筋トロポニン(トロポニンT・トロポニンI)が最も特異性が高く、現在の心筋梗塞の定義でも心筋傷害の判定に第一に用いられている。
選択肢考察
- ×a. 白血球数
心筋梗塞では、壊死組織への炎症反応として発症数時間後から白血球数が増加する。しかし感染症、ストレス、ステロイド投与、他臓器の炎症など、さまざまな原因で増加するため、心筋に対する特異性はない。
- ×b. CRP
CRP(C反応性タンパク)は肝臓で作られる急性期タンパクで、心筋梗塞でも発症後1〜3日ほどで上昇する。しかし細菌感染症、膠原病、悪性腫瘍、外傷・手術など体のどこで炎症が起きても上昇する非特異的な炎症マーカーであり、心筋障害に特異的ではない。
- ×c. AST
AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)は心筋にも含まれ、心筋梗塞では発症後6〜12時間ほどで上昇し始め、1〜2日でピークとなる。しかし肝細胞、骨格筋、赤血球にも多く存在し、肝疾患、筋疾患、溶血でも上昇するため、心筋に対する特異性は低い。
- ×d. ALT
ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)はおもに肝細胞の細胞質に存在し、肝障害の指標として用いられる。心筋にはわずかしか含まれず、心筋梗塞では通常ほとんど上昇しない(うっ血肝などを伴えば上昇することはある)。心筋障害の指標にはならない。
- ×e. LD〈LDH〉
LD(乳酸脱水素酵素)は心筋梗塞では発症後12〜24時間ほどで上昇し、1〜2週間と長く高値が続く。しかし肝臓、骨格筋、赤血球、肺、悪性腫瘍などほぼ全身の組織に存在し、肝疾患、溶血、間質性肺疾患、悪性リンパ腫などでも上昇するため特異性は低い。アイソザイムのうちLD1・LD2は心筋に多いが、赤血球にも多く、溶血でも上昇する。
- ×f. クレアチンキナーゼ〈CK〉
CK(クレアチンキナーゼ)は心筋梗塞では発症後4〜6時間ほどで上昇し、およそ24時間でピークとなり、ピーク値は梗塞の大きさの目安になる。しかし骨格筋に大量に含まれるため、筋肉注射、激しい運動、外傷、横紋筋融解症、筋炎、甲状腺機能低下症などでも上昇し、総CKの心筋特異性は低い。アイソザイムのCK-MBは心筋に比較的多く総CKより特異性は高いが、骨格筋にもある程度含まれるため、心筋トロポニンには及ばない。
- ○g. トロポニンT
トロポニンは横紋筋の細いフィラメント(アクチンフィラメント)上にある調節タンパクで、トロポニンC・I・Tの3つのサブユニットからなる。このうちトロポニンTとトロポニンIは、心筋のもの(心筋型)と骨格筋のものでアミノ酸配列が異なり、心筋型を特異的に測定する抗体が用いられる。健常者の血中にはごく微量しか存在しないため、血中で上昇していれば心筋細胞の傷害を強く示唆する。心筋梗塞では発症後3〜6時間ほどで上昇し始め、1〜2週間と長く高値が続くため、発症から時間がたって来院した例の診断にも役立つ。現在は高感度トロポニン測定により、より早期に判定できるようになっている。心筋障害に最も特異性の高い血液検査である。
- ×h. ミオグロビン
ミオグロビンは筋細胞内で酸素を貯蔵するヘムタンパクで、分子量が小さいため、心筋梗塞では発症後1〜3時間ほどと最も早く血中に出てくる。早期診断や、陰性であることによる除外には用いられてきたが、心筋と骨格筋の両方に同じものが存在するため、骨格筋の障害や腎機能低下でも上昇し、心筋に対する特異性は低い。
急性心筋梗塞で上昇する心筋逸脱マーカー(おおよその経時変化)
・ミオグロビン:上昇開始1〜3時間、ピーク6〜10時間程度、正常化1〜2日。最も早いが非特異的。 ・心臓型脂肪酸結合タンパク(H-FABP):ミオグロビンと同様に早期(1〜2時間)に上昇する。迅速キットがあるが、骨格筋にも少量含まれ、腎機能低下で上昇する。 ・CK、CK-MB:上昇開始4〜6時間、ピーク約24時間、正常化3〜4日程度。ピーク値は梗塞サイズの目安となる。再梗塞の判定にも用いられる。 ・心筋トロポニンT・I:上昇開始3〜6時間(高感度測定ではさらに早く検出できる)、1〜2週間持続。心筋特異性が最も高い。 ・AST:上昇開始6〜12時間、ピーク1〜2日、正常化3〜5日程度。 ・LD:上昇開始12〜24時間、ピーク2〜3日程度、正常化1〜2週間。
急性心筋梗塞の診断の考え方
・心筋梗塞の国際的な定義(Universal Definition)では、心筋トロポニンが基準値上限(健常者の99パーセンタイル値)を超えて上昇・下降し、かつ虚血を示す症状、新たな虚血性心電図変化、画像上の新たな壁運動異常などのいずれかを伴うものを急性心筋梗塞とする。 ・ST上昇型心筋梗塞では、心電図で診断した時点でバイオマーカーの結果を待たずに再灌流療法(主に経皮的冠動脈インターベンション)の準備を進める。発症早期にはトロポニンがまだ上昇していないこともある。 ・トロポニンは心筋炎、たこつぼ型心筋症、心不全、肺血栓塞栓症、敗血症、腎機能低下などでも上昇しうる。これは「心筋に特異的」ではあるが「心筋梗塞に特異的」ではないことを意味し、臨床状況と合わせて判断する。
心電図の誘導と梗塞部位(おおまかな対応)
・V1〜V4:前壁中隔〜前壁(左前下行枝) ・V1〜V6、Ⅰ、aVL:広範囲前壁(左前下行枝近位部) ・Ⅰ、aVL、V5、V6:側壁(左回旋枝、対角枝) ・Ⅱ、Ⅲ、aVF:下壁(右冠動脈が多い、左回旋枝のこともある)
POINT
・心筋障害に最も特異性が高い血液検査は心筋トロポニン(TまたはI)。 ・最も早く上昇するのはミオグロビン(やH-FABP)だが、骨格筋にもあり特異性は低い。 ・CKは骨格筋にも多い。CK-MBは総CKより特異的だがトロポニンに劣る。ピーク値は梗塞サイズの目安。 ・AST・LDは肝臓・赤血球などにもあり非特異的。ALTは心筋梗塞ではほとんど上昇しない。 ・白血球数・CRPは非特異的な炎症マーカー。 ・V1〜V5(+Ⅰ・aVL)のST上昇と対側性変化→広範囲前壁の急性心筋梗塞。
