蝶形紅斑の女性の眼底に浮かぶ白い綿―ループス網膜症が告げる疾患活動性
第103回医師国家試験 D問題 第28問
国試問題にチャレンジ
32歳の女性。右眼の視力低下を主訴に来院した。1年前から両上肢の関節の朝のこわばり,発熱および蝶形紅斑があった。1か月前から症状が増悪してきた。矯正視力は右眼0.8,左眼1.0である。右眼の眼底写真を別に示す。 みられるのはどれか。

- a.斑状出血
- b.軟性白斑
- c.網膜新生血管
- d.漿液性網膜剝離
- e.桜実紅斑〈cherry-red spot〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
若年女性に多関節炎・発熱・蝶形紅斑がそろえば全身性エリテマトーデス(SLE)を考え、その眼底所見の代表が軟性白斑(綿花状白斑)です。軟性白斑は網膜細小動脈の閉塞によって神経線維層が虚血に陥り、軸索流が途絶えて生じる境界不鮮明な綿毛状の白色病変で、境界鮮明な黄白色の硬性白斑(脂質・蛋白の沈着)とは成り立ちが異なります。ループス網膜症は疾患活動性の高さを反映するとされ、重症例では血管閉塞性網膜症に進むことがあるため、全身評価のきっかけとなります。斑状出血や新生血管、漿液性網膜剝離はSLEでも起こりえますが、「みられるのはどれか」では写真に実際に写っている所見を選ぶことが重要で、桜実紅斑は網膜中心動脈閉塞症やTay-Sachs病などの所見です。軟性白斑を手がかりに背景の全身疾患を探る視点は、眼科と内科をつなぐ臨床推論の基本になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
患者は32歳の女性である。1年前から、両上肢の関節の朝のこわばり(関節炎を示唆)、発熱、蝶形紅斑(両頬から鼻背にかけて蝶が羽を広げたように広がる紅斑)が続いており、1か月前から増悪している。若年女性に多関節炎・発熱・蝶形紅斑がそろえば、まず全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)を考える。今回は右眼の視力低下(矯正0.8)を訴えて来院した。
眼底写真の読み方
右眼の眼底写真では、視神経乳頭の周囲から上下の血管アーケード(網膜の主な動静脈が弓状に走る部分)に沿って、境界がぼんやりとした白色でふわっとした病変が複数散在している。これが軟性白斑(綿花状白斑、cotton-wool spot)である。明らかな出血、新生血管、網膜の隆起(剝離)、中心窩だけが赤く浮かび上がる像はみられない。
診断と設問の考え方
SLEでは免疫複合体の沈着や血管炎、抗リン脂質抗体による血栓傾向などにより網膜の細小血管が障害され、ループス網膜症を生じる。その代表的な所見が軟性白斑であり、SLEの活動性が高い時期に出現しやすい。本例は全身症状が増悪している時期に視力低下と軟性白斑が出現しており、SLEの疾患活動性上昇に伴うループス網膜症と考えられる。 設問は「写真にみられる所見」を問うているので、SLEで起こりうる所見であっても写真に写っていないものは選ばない、という点に注意する。
選択肢考察
- ×a. 斑状出血
斑状出血は網膜の深層(内顆粒層付近)に生じる、境界が比較的はっきりした円形〜斑状の赤い出血で、糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症で目立つ。ループス網膜症でも網膜出血を伴うことはあるが、本写真には赤色の出血巣は認められない。
- ○b. 軟性白斑
写真では視神経乳頭周囲から血管アーケード、黄斑部にかけて、境界不鮮明な綿毛状の白色病変が散在しており、軟性白斑(綿花状白斑)である。網膜の細小動脈が閉塞して神経線維層が虚血に陥ると、神経節細胞の軸索内の物質輸送(軸索流)が途絶え、輸送物質が停滞・蓄積して白く濁って見える。SLEによる血管障害(ループス網膜症)で最も代表的な眼底所見であり、本例の全身症状とも合致する。
- ×c. 網膜新生血管
網膜新生血管は、広い範囲の網膜虚血によって血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)が産生され、網膜表面や乳頭上に脆弱な異常血管が発生するものである。増殖糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症の進行例で問題となり、SLEでも重症の血管閉塞例では起こりうる。しかし本写真では認めない。細かな新生血管の検出には、フルオレセイン蛍光眼底造影で蛍光色素の漏出をみるのが有用である。
- ×d. 漿液性網膜剝離
漿液性網膜剝離は、網膜の下に液体がたまって網膜が浮き上がる状態で、眼底写真では境界のある隆起や色調の変化としてみられる。中心性漿液性脈絡網膜症や原田病(Vogt-小柳-原田病)が代表的であり、SLEでも脈絡膜の血管障害(ループス脈絡膜症)や副腎皮質ステロイド投与に伴って生じることがある。しかし本写真にはそのような隆起は認められない。
- ×e. 桜実紅斑〈cherry-red spot〉
桜実紅斑は、網膜全体が白く混濁する中で、網膜が薄く脈絡膜の赤みが透けて見える中心窩だけが赤く浮かび上がる所見である。網膜中心動脈閉塞症で網膜が虚血性に浮腫・混濁した場合や、Tay-Sachs病・Niemann-Pick病などのリソソーム病で網膜神経節細胞に脂質が蓄積した場合にみられる。本写真では網膜のびまん性混濁はなく、該当しない。
全身性エリテマトーデス(SLE)の概要
自己抗体(抗核抗体、抗二本鎖DNA抗体、抗Sm抗体など)と免疫複合体により、皮膚・関節・腎臓・中枢神経・血液・漿膜など多臓器が障害される自己免疫疾患である。20〜40歳代の女性に多い。代表的症状として、発熱・全身倦怠感、蝶形紅斑、円板状皮疹、光線過敏、口腔潰瘍、非破壊性の関節炎、漿膜炎(胸膜炎・心膜炎)、ループス腎炎、精神神経症状、血球減少などがある。検査では低補体血症(C3、C4、CH50の低下)が疾患活動性の指標となる。
SLEの眼病変
・ループス網膜症:軟性白斑が最も多く、網膜出血、網膜血管の狭細化を伴うことがある。重症例では網膜動脈・静脈の閉塞(血管閉塞性網膜症)をきたし、抗リン脂質抗体陽性例や中枢神経ループスを伴う例で多いとされる。網膜症の出現は全身の疾患活動性の高さを反映する。 ・ループス脈絡膜症:脈絡膜の血管障害による漿液性網膜剝離。 ・その他:乾性角結膜炎(Sjögren症候群の合併)、上強膜炎・強膜炎、視神経炎。 ・治療薬による障害:副腎皮質ステロイドによる白内障・緑内障、ヒドロキシクロロキンによる網膜症(定期的な眼科検査が必要)。
軟性白斑と硬性白斑の違い
・軟性白斑(綿花状白斑):境界不鮮明で綿毛状。網膜神経線維層の虚血による軸索流の途絶が原因。数週〜数か月で消退する。高血圧網膜症、糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、SLE、HIV網膜症、貧血・白血病などでみられる。 ・硬性白斑:境界鮮明な黄白色の小斑点。血管から漏れ出た血漿中の脂質・蛋白が網膜外網状層に沈着したもの。糖尿病網膜症や高血圧網膜症で黄斑部に輪状・星芒状に並ぶことがある。
桜実紅斑をきたす疾患
網膜中心動脈閉塞症、Tay-Sachs病、Niemann-Pick病、Sandhoff病、GM1ガングリオシドーシス、シアリドーシスなど。
POINT
・若年女性+多関節炎+発熱+蝶形紅斑 → SLEを考える。 ・SLEの眼底所見の代表は軟性白斑(綿花状白斑)で、疾患活動性の高さを反映する。 ・軟性白斑は網膜細小動脈閉塞による神経線維層の虚血(軸索流の途絶)、硬性白斑は漏出した脂質・蛋白の沈着。 ・桜実紅斑は網膜中心動脈閉塞症やTay-Sachs病・Niemann-Pick病などでみられる。 ・「みられるのはどれか」では、疾患で起こりうる所見ではなく、写真に実際に写っている所見を選ぶ。
