入院の夜だけ「別人」になった72歳―意識の曇りが生む夜間せん妄
第102回医師国家試験 H問題 第22問
国試問題にチャレンジ
72歳の女性。転倒による腰椎圧迫骨折のため整形外科病棟に入院した。入院当夜に「ここはどこ」,「助けて」と大声を出して興奮し始めた。周囲の者には見えない相手と争っている様子となり不穏となった。数時間にわたってこのような状態が続いた。翌朝覚醒時,見当識に障害はなく落ち着いているが昨夜のことは記憶にない。入院前には精神症状はみられなかった。 考えられるのはどれか。
- a.昏迷
- b.解離
- c.せん妄
- d.Korsakoff症候群
- e.偽認知症〈偽痴呆〉
対話形式の解説
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ドクターまとめ
高齢者が入院などをきっかけに急に見当識障害や幻視、興奮を示し、翌朝には落ち着いていてその間の記憶がない場合は、意識障害を土台とするせん妄、特に夜間せん妄を考えます。せん妄は急性発症、日内変動、夜間の悪化、回復後の健忘が特徴で、高齢などの準備因子に、身体疾患や薬剤などの直接因子、環境変化や疼痛などの誘発因子が重なって起こります。意識が清明で反応が乏しい昏迷、心理的誘因による解離、慢性の健忘と作話を示すKorsakoff症候群、うつ病による偽認知症とは、経過と意識の状態で区別できます。対応は原因の除去と環境調整が基本で、ベンゾジアゼピン系薬は原則避けますが、アルコール離脱せん妄だけは例外です。せん妄は病棟で日常的に出会う病態であり、低活動型の見逃しを防ぐ視点も含め、早期に気づいて対応する力は全ての診療科で役立ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・72歳の高齢女性 ・転倒による腰椎圧迫骨折で急に入院した(環境の急変、疼痛、身体的ストレス) ・入院当夜に「ここはどこ」と場所がわからなくなり(見当識障害)、「助けて」と大声を出して興奮した ・周囲の人には見えない相手と争っている様子(幻視を思わせる)で不穏となり、数時間続いた ・翌朝には見当識障害がなく落ち着いているが、前夜の出来事を覚えていない ・入院前には精神症状はみられなかった
診断へのプロセス
入院前には精神症状がなく、入院当夜に急に症状が始まり、数時間で翌朝には回復している。つまり急性発症で一過性・変動性の経過である。その間、見当識障害、幻視と考えられる体験、精神運動興奮がみられ、しかも後でその間の記憶がない。記憶が残らないのは、その時点で意識が曇っていた(意識障害があった)ことを示している。 急性発症、意識障害(注意・見当識の障害)、幻覚・興奮、夜間の増悪、日内変動、事後の健忘という組み合わせは、せん妄の典型像である。特に夜間に出現・増悪するものは夜間せん妄と呼ばれる。高齢であること(準備因子)に、骨折・疼痛(直接因子・誘発因子)、急な入院による環境変化、夜間の暗さ・不安(誘発因子)が重なって発症したと考えられる。 他の選択肢は、意識が清明である状態(昏迷)、心理的誘因による状態(解離)、慢性・持続性の記憶障害(Korsakoff症候群)、うつ病による認知機能低下(偽認知症)であり、急性発症し一晩で回復した本例の経過とは合わない。
選択肢考察
- ×a. 昏迷
昏迷とは、意識は清明であるにもかかわらず、意志の発動が極度に抑えられ、外界の刺激に対して言葉でも動作でもほとんど反応しなくなる状態である。統合失調症の緊張病、重症うつ病、解離性障害などでみられる。本例は大声を出して興奮しており、反応が乏しくなる昏迷とは正反対の状態像である。
- ×b. 解離
解離とは、耐えがたい心理的ストレスや心的外傷を契機に、記憶・意識・同一性などの本来まとまっている精神機能が切り離される現象で、解離性健忘や解離性昏迷などとして現れる。本例は明確な心理的誘因よりも、高齢・骨折・入院という身体的要因と環境変化を背景に、夜間に見当識障害と幻視が出現しており、意識障害を基盤とするせん妄で説明するのが自然である。
- ○c. せん妄
せん妄は、身体疾患や薬剤などを原因として急に生じる軽度〜中等度の意識障害に、注意障害、見当識障害、幻覚(特に幻視)、錯覚、精神運動興奮などが加わった状態である。数時間〜数日の単位で急に発症し、1日の中で症状が変動し、夕方〜夜間に悪化しやすい。回復後はその間の記憶が抜け落ちることが多い。本例は、高齢者の急な入院当夜に見当識障害・幻視・興奮が出現し、翌朝には回復して記憶がないという、典型的な夜間せん妄の経過を示している。
- ×d. Korsakoff症候群
Korsakoff症候群は、主にアルコール多飲や栄養障害によるビタミンB1(チアミン)欠乏で起こる健忘症候群で、記銘力障害(新しいことを覚えられない)、逆向性健忘、失見当識、作話を特徴とする。多くはWernicke脳症(意識障害、眼球運動障害、失調性歩行)に続いて生じ、症状は慢性・持続的である。一晩で回復した本例の経過とは合わない。
- ×e. 偽認知症〈偽痴呆〉
偽認知症(仮性認知症)は、主に高齢者のうつ病で、思考の抑制や意欲・集中力の低下のために、一見認知症のように記憶力や判断力が低下して見える状態である。抑うつ気分を伴い、比較的ゆっくり発症し、本人が物忘れを強く訴える、質問に「わからない」と答えることが多い、などの特徴がある。急性発症で幻視・興奮を伴い一晩で回復した本例とは異なる。
せん妄の特徴
・急性発症(数時間〜数日)で、症状が1日の中で変動する。夕方から夜間に悪化しやすい。 ・中核は意識障害であり、注意の障害(集中できない、注意がそれる)がみられる。 ・見当識障害、記憶障害、幻覚(特に幻視)、錯覚、妄想、精神運動興奮などを伴う。 ・睡眠覚醒リズムの障害を伴いやすい。 ・過活動型(興奮・不穏が目立つ)、低活動型(ぼんやりして活動が減る。見逃されやすい)、混合型に分けられる。 ・回復後にその間の記憶が失われていることが多い。
せん妄の要因
・準備因子:高齢、認知症、脳血管障害の既往、せん妄の既往など ・直接因子:感染症、脱水・電解質異常、低酸素、肝性脳症、尿毒症、低血糖、手術、アルコール離脱、薬剤(ベンゾジアゼピン系薬、抗コリン薬、抗Parkinson病薬、オピオイド、ステロイドなど) ・誘発因子:入院・転居などの環境変化、疼痛、不眠、身体拘束、視覚・聴覚障害、ICUなどの感覚刺激の過不足 術後や集中治療室(ICU)で生じるものは、かつてICU症候群と呼ばれたが、現在はICUせん妄・術後せん妄として扱われることが多い。
認知症との鑑別
・せん妄:急性発症、意識障害あり、日内変動が大きい、多くは可逆的 ・認知症:緩徐に発症・進行、意識は清明、日内変動は少ない ただし、認知症はせん妄の重要な準備因子であり、両者が合併することも多い。
治療・対応
・まず原因となる身体疾患や薬剤を探して取り除く(原因検索と治療が最優先)。 ・環境調整:昼は明るくして覚醒を促し、夜は睡眠を確保して睡眠覚醒リズムを整える。時計・カレンダーの設置、家族の面会、眼鏡・補聴器の使用、疼痛の管理なども有効である。 ・薬物療法:興奮が強く危険な場合には抗精神病薬を少量用いることがある。ベンゾジアゼピン系薬はせん妄を悪化させうるため原則として避ける(アルコール離脱せん妄は例外で、ベンゾジアゼピン系薬が治療薬となる)。
POINT
・高齢者の急な入院当夜に生じ、見当識障害・幻視・興奮を示し、翌朝回復して記憶がない = 夜間せん妄。 ・せん妄の本態は意識障害で、急性発症・日内変動・夜間増悪・事後の健忘が特徴。 ・昏迷は意識清明で反応が乏しい状態、Korsakoff症候群は慢性の健忘と作話、偽認知症はうつ病による見かけ上の認知機能低下。 ・治療は原因の除去と環境調整が基本で、ベンゾジアゼピン系薬は原則避ける(アルコール離脱せん妄を除く)。
