水はどこへ消えたのか―重症急性膵炎で「尿が増えない」理由を病態から読む
第102回医師国家試験 D問題 第18問
国試問題にチャレンジ
重症急性膵炎でみられないのはどれか。
- a.多尿
- b.腹痛
- c.胸水
- d.腹水
- e.皮下出血
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
重症急性膵炎では、膵の自己消化に始まる炎症が全身に波及してSIRSを来し、血管透過性の亢進によって胸腔・腹腔・後腹膜腔などのサードスペースへ大量の体液が失われます。その結果、胸水(左側に多い)や腹水がたまり、循環血液量の減少から腎血流が低下して乏尿・急性腎障害を来すため、多尿はみられません。腹痛は最も多い症状ですが、強さは重症度と一致しないことがあり、出血性壊死に伴う側腹部のGrey Turner徴候や臍周囲のCullen徴候は重症を示唆します。ほかにARDS、DIC、低カルシウム血症なども重要な合併症で、初期治療では十分な輸液を行い、尿量を循環の指標として観察します。症状を個別に暗記するのではなく、「体液がどこへ移動し、どの臓器が障害されるか」という病態の流れで理解することが、重症度評価と初期治療の判断に直結します。
解答・解説
正解はaです
急性膵炎は、膵臓内で消化酵素(トリプシンなど)が異常に活性化し、膵臓自体とその周囲を消化してしまう(自己消化)ことで起こる急性の炎症である。主な原因はアルコールと胆石である。重症例では、膵臓で生じた炎症が局所にとどまらず、サイトカインなどの炎症性物質が全身に放出されて全身性炎症反応症候群(SIRS)を来す。 重症急性膵炎でみられる所見は、次の病態から整理すると理解しやすい。 ・膵臓と周囲の炎症:上腹部痛(背部への放散痛) ・血管透過性の亢進:血管内の水分が血管外(サードスペース:胸腔・腹腔・後腹膜腔など、本来体液がたまらない場所)へ大量に漏れ出す。その結果、胸水・腹水がたまり、循環血液量が減少する(循環血液量減少性ショック)。 ・出血性壊死:膵臓や周囲の脂肪組織が壊死・出血し、血液が後腹膜腔から皮下に広がると皮下出血斑として見える。 ・多臓器不全:循環血液量の減少や炎症により腎臓への血流が低下し、急性腎障害を来して尿量は減少する(乏尿)。肺では急性呼吸促迫症候群(ARDS)を生じ得る。 つまり重症急性膵炎では体液が血管外に失われるため「尿は減る」のであり、尿が増える多尿は病態から考えにくい。この点に気付けば、みられないものとして多尿を選べる。
選択肢考察
- ○a. 多尿
重症急性膵炎では、血管透過性の亢進により大量の体液がサードスペースへ移動し、さらに嘔吐や経口摂取不能も加わって、循環血液量が著しく減少する。腎血流が低下するため尿量は減少し(乏尿)、進行すると急性腎障害に至る。急性膵炎の重症度判定基準(厚生労働省)でも、「BUN≧40 mg/dL、Cr≧2 mg/dL、または乏尿(輸液後も1日尿量400 mL以下)」が予後因子の一つに挙げられている。したがって多尿は重症急性膵炎の所見としてみられない。なお、初期治療では十分な輸液を行い、尿量(例:0.5 mL/kg/時以上)を確保できているかを循環の指標として観察する。
- ×b. 腹痛
腹痛は急性膵炎で最も頻度の高い初発症状であり、重症例でもみられる。典型的には心窩部から上腹部の持続性の強い痛みで、背部へ放散し、前かがみ(膝を抱える姿勢)で軽くなることがある。ただし痛みの強さには個人差が大きく、腹痛の程度と重症度は必ずしも一致しない。高齢者などでは痛みが軽いこともあるため、痛みの程度だけで重症度を判断してはならない。
- ×c. 胸水
炎症性物質による血管透過性の亢進で体液が胸腔へ漏れ出し、胸水がたまる。膵臓周囲の炎症が横隔膜を介して波及するため、左側に多い。さらに膵臓から血中に逸脱したホスホリパーゼA2などが肺胞の毛細血管や肺サーファクタントを傷害し、急性呼吸促迫症候群(ARDS)や呼吸不全を来すことがある。重症度判定の予後因子にも「PaO2≦60 mmHg(room air)または呼吸不全(人工呼吸管理が必要)」が含まれる。
- ×d. 腹水
胸水と同様に、血管透過性の亢進による体液の漏出や、膵臓から漏れ出た膵液・炎症性滲出液によって腹水がたまる。これらサードスペースへの体液喪失が循環血液量減少の主因となる。造影CTでは膵周囲の液体貯留や炎症の広がり(前腎傍腔を越える進展など)が重症度判定に用いられる。
- ×e. 皮下出血
出血性壊死性膵炎では、後腹膜腔に広がった血液(出血性滲出液)が組織の間を伝って皮下に達し、皮膚に青紫色の出血斑として現れる。側腹部に出るものをGrey Turner徴候、臍周囲に出るもの(肝鎌状間膜・肝円索に沿って広がる)をCullen徴候という。出現頻度は低いが、いずれも重症膵炎を示唆する所見である。発症から1〜2日以上たって現れることが多い。
急性膵炎の診断基準(厚生労働省、2008年改訂)
次の3項目のうち2項目以上を満たし、他の膵疾患・急性腹症を除外したものを急性膵炎と診断する。 1.上腹部に急性腹痛発作と圧痛がある 2.血中または尿中に膵酵素の上昇がある(膵特異性の高いリパーゼなどが推奨される) 3.超音波、CTまたはMRIで膵に急性膵炎に伴う異常所見がある
重症度判定基準(厚生労働省、2008年改訂)
予後因子(各1点) 1.BE≦−3 mEqまたはショック(収縮期血圧≦80 mmHg) 2.PaO2≦60 mmHg(room air)または呼吸不全(人工呼吸管理が必要) 3.BUN≧40 mg/dL(またはCr≧2 mg/dL)または乏尿(輸液後も1日尿量が400 mL以下) 4.LDH≧基準値上限の2倍 5.血小板数≦10万/mm3 6.総Ca≦7.5 mg/dL 7.CRP≧15 mg/dL 8.SIRS診断基準における陽性項目数≧3 9.年齢≧70歳 予後因子が3点以上、または造影CT Grade 2以上であれば重症と判定する。
重症急性膵炎の主な合併症
・早期:循環血液量減少性ショック、急性腎障害、ARDS・呼吸不全、播種性血管内凝固(DIC)、低カルシウム血症(壊死した脂肪組織にCaが沈着し石けん様の複合体を作るため)、高血糖 ・後期:感染性膵壊死、仮性嚢胞、被包化壊死(WON)、仮性動脈瘤からの出血など
初期治療の要点
大量の細胞外液補充(循環血液量の維持)、疼痛管理、呼吸・循環のモニタリングが基本である。胆石性膵炎で胆管炎や胆道通過障害を伴う場合は内視鏡的治療(ERCPによる乳頭切開・結石除去)を検討する。
POINT
・重症急性膵炎の本態は、血管透過性の亢進によるサードスペースへの体液喪失と、全身性炎症による多臓器不全である。 ・体液喪失→循環血液量減少→腎血流低下→乏尿(多尿ではない)。乏尿・腎機能障害は重症度判定の予後因子。 ・胸水(左側に多い)・腹水、ARDS、ショック、DIC、低Ca血症がみられる。 ・皮下出血斑:側腹部=Grey Turner徴候、臍周囲=Cullen徴候。 ・腹痛の強さと重症度は相関しない。
