「辞めるしかない」は病気の声―配置転換後の不調をうつ病と見抜き、抗うつ薬で治す
第102回医師国家試験 A問題 第27問
国試問題にチャレンジ
35歳の男性。疲労感と意欲低下とを主訴に妻に伴われて来院した。3か月前に職場で配置転換があったころから,仕事が向いてないのではないかと悩み始めた。疲労感と食欲不振とを自覚し,体重が3kgほど減少した。寝つきは良いが夜中に目覚めてしまう。家にいるときも思い悩んでばかりいて,すっかり笑顔が消えてしまった。本人は,原因は職場にあり,この状態の解決には辞職するしかないと訴える。 治療薬で最も適切なのはどれか。
- a.睡眠薬
- b.抗うつ薬
- c.抗不安薬
- d.抗精神病薬
- e.抗てんかん薬
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
抑うつ気分、意欲低下、食欲低下と体重減少、中途覚醒、疲労感などが2週間以上続き、生活に支障を来していればうつ病(抑うつエピソード)と考えます。配置転換などの明らかな誘因があっても、うつ病の診断基準を満たす場合は適応障害ではなくうつ病の診断が優先されます。治療の中心はSSRI・SNRI・NaSSAなどの抗うつ薬と休養・心理教育であり、睡眠薬や抗不安薬は補助的な位置づけ、抗精神病薬は精神病性うつ病や増強療法、抗てんかん薬(気分安定薬)は双極性障害で用いられます。抗うつ薬は効果発現に2〜4週間かかること、躁・軽躁の既往確認、自殺念慮の評価、重大な決断の先延ばしの助言も欠かせません。「症状をうつ病として捉え直す」視点は、患者を守る適切な初期対応の出発点になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・35歳男性。職場の配置転換(明確な心理社会的ストレス因子)を契機に、約3か月前から症状が出現している。 ・精神症状:思い悩み続ける、笑顔が消えた(抑うつ気分)、意欲低下、「仕事が向いていない」という自己評価の低下。 ・身体症状:疲労感(気力の減退)、食欲不振と3kgの体重減少、中途覚醒(入眠は良好だが夜中に目覚める)。 ・「辞職するしかない」と視野が狭くなった思考(悲観的・短絡的な判断)。 ・幻覚や妄想、不安・焦燥の強さ、躁病エピソードの既往、けいれんなどを示す記載はない。
診断へのプロセス
うつ病(大うつ病性障害)の診断では、DSM-5の抑うつエピソードの基準が用いられる。①抑うつ気分、②興味・喜びの著しい減退のうち少なくとも1つを含み、③体重・食欲の変化、④不眠または過眠、⑤精神運動焦燥または制止、⑥疲労感・気力の減退、⑦無価値感・過剰な罪責感、⑧思考力・集中力の減退や決断困難、⑨死についての反復思考・自殺念慮のうち、合計5つ以上がほぼ毎日2週間以上続き、社会的・職業的な機能障害を来している場合に該当する。本例は抑うつ気分、意欲・喜びの低下、食欲低下と体重減少、睡眠障害(中途覚醒)、疲労感、自己評価の低下などがそろい、3か月にわたって持続しているため、抑うつエピソードを満たすと考えられる。 鑑別として適応障害が挙がる。適応障害は、はっきりしたストレス因子に反応して、その開始から3か月以内に情緒面・行動面の症状が出現するものである。ただし、症状が他の精神疾患(うつ病など)の診断基準を満たす場合は、そちらの診断を優先する取り決めになっている。本例は配置転換という誘因があっても、うつ病の基準を満たす症状がそろっているため、うつ病として治療する。
治療の考え方
うつ病の薬物療法の中心は抗うつ薬である。十分な休養と、疾患についての説明(病気であり治療で回復すること)を並行して行う。また、うつ病の患者は悲観的な認知のために退職・離婚などの重大な決断を急ぎがちであり、「回復するまでは人生の大きな決定を先延ばしにする」よう助言することが基本である。本例の「辞職するしかない」という訴えもその典型であり、うつ病の症状の一部とみなして対応する。あわせて自殺念慮の有無を必ず確認する。
選択肢考察
- ×a. 睡眠薬
本例には中途覚醒があり、睡眠薬を補助的に併用することはありうる。しかし、睡眠薬は睡眠障害という一症状を和らげるだけで、うつ病そのものを改善する作用はない。漫然とした使用は依存や耐性の問題もあるため、治療の中心とはならず、最も適切とはいえない。
- ○b. 抗うつ薬
本例はうつ病(抑うつエピソード)と診断でき、その薬物療法の主体は抗うつ薬である。第一選択として、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA:ミルタザピン)など、三環系抗うつ薬に比べて副作用の少ない新規抗うつ薬が用いられる。効果の発現までに通常2〜4週間程度かかるため、その点を患者に説明し、十分量を十分な期間用いる。改善後も再燃予防のため一定期間(数か月以上)継続する。
- ×c. 抗不安薬
抗不安薬(主にベンゾジアゼピン系)は、強い不安や焦燥を伴う場合に、抗うつ薬の効果が現れるまでの期間などに短期間補助的に用いられることがある。しかし、うつ病の中核症状を改善するものではなく、依存形成の問題もある。本例では目立った不安・焦燥の記載もなく、最も適切とはいえない。
- ×d. 抗精神病薬
抗精神病薬は統合失調症の治療薬であり、うつ病領域では、妄想(罪業妄想、貧困妄想、心気妄想など)を伴う精神病性うつ病や、抗うつ薬で効果不十分な場合の増強療法、双極性障害などで用いられる。本例には妄想などの精神病症状はなく、第一選択とはならない。「仕事が向いていない」「辞職するしかない」は悲観的な思考ではあるが、訂正不能な妄想とまではいえない。
- ×e. 抗てんかん薬
抗てんかん薬のうち、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンは気分安定薬として双極性障害の治療に用いられる。本例には躁病・軽躁病エピソードの既往を示す記載がなく、単極性のうつ病と考えられるため適応とならない。てんかん発作を示す所見もない。
うつ病の治療の基本
・休養:可能なら休職を含めて心身を休ませる。 ・心理教育:うつ病は治療可能な病気であり、怠けではないことを本人・家族に説明する。 ・重大な決定の延期:退職、離婚、転居などは回復してから判断するよう勧める。 ・自殺念慮の確認と安全確保:うつ病では自殺リスクが高く、回復期にも注意が必要である。 ・薬物療法:抗うつ薬(SSRI、SNRI、NaSSAなど)を中心に、必要に応じて睡眠薬・抗不安薬を短期間補助的に併用する。 ・精神療法:認知行動療法、対人関係療法など。 ・重症例(自殺の危険が切迫している、昏迷、拒食、薬物抵抗性など)では修正型電気けいれん療法を検討する。
抗うつ薬の注意点
・効果発現まで2〜4週程度かかるが、副作用(SSRIの悪心・下痢など)は早期から出やすい。 ・若年者では投与初期に不安・焦燥・衝動性が高まるアクチベーション症候群に注意する。 ・双極性障害のうつ状態に抗うつ薬を単剤で用いると躁転を招くおそれがあるため、躁・軽躁の既往を確認する。 ・急な中止で中断症候群(めまい、不安、感覚異常など)を起こすことがある。
適応障害との関係
適応障害は、明らかなストレス因子の開始から3か月以内に症状が出現し、ストレス因子の終結後は通常6か月以内に改善する。うつ病など他の精神疾患の診断基準を満たす場合には、そちらを優先して診断する。
典型的なうつ病の睡眠障害
中途覚醒や早朝覚醒が特徴的とされ、気分の日内変動(朝に悪く夕方に軽くなる)もしばしばみられる。
POINT
・抑うつ気分・意欲低下・食欲低下と体重減少・中途覚醒・疲労感が2週間以上 → うつ病(抑うつエピソード)。 ・誘因(配置転換など)があっても、うつ病の基準を満たせばうつ病の診断を優先し、適応障害とはしない。 ・治療の中心は抗うつ薬(SSRI、SNRI、NaSSAなど)+休養。睡眠薬・抗不安薬は補助的。 ・抗精神病薬は精神病性うつ病など、抗てんかん薬(気分安定薬)は双極性障害で用いる。 ・「辞職するしかない」などの重大な決断は回復まで保留させる。自殺念慮を必ず確認する。
