夕暮れに消える白球―夜盲と「人にぶつかる」が示す網膜色素変性症
第101回医師国家試験 H問題 第39問
国試問題にチャレンジ
27歳の男性。夕方歩いていると人にぶつかることが多いことを主訴に来院した。中学生のころから夕方になるとクラブ活動でやっていた野球のボールが見にくいことに気付いていた。両眼とも矯正視力1.0である。前眼部検査では眼瞼,角膜および結膜に異常所見はみられないが,眼底に異常を認める。 診断の確定に必要な検査はどれか。2つ選べ。
- a.調節検査
- b.視野検査
- c.眼球運動検査
- d.網膜電図〈ERG〉
- e.視覚誘発脳波
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
若年から続く夜盲と周辺視野障害があり、視力が保たれ、眼底に異常を認める場合は網膜色素変性症を考えます。杆体が先行して障害されるため夜盲と中間周辺部からの視野障害が早期に現れ、眼底には骨小体様色素沈着・網膜血管狭細化・視神経乳頭蝋様萎縮がみられます。確定診断には、輪状暗点から求心性視野狭窄へ進む変化をとらえる視野検査と、早期からa波・b波ともに著しく減弱し多くは消失型となるERGが必要です。VEPは視神経から視覚中枢の評価、調節検査は老視などの評価、眼球運動検査は外眼筋・脳神経の評価に用いる検査であり、病変部位と検査の対応を整理しておくことが鑑別の力になります。根本治療はほぼ確立されていませんが、合併する白内障や黄斑浮腫の治療、ロービジョンケアによる生活支援が患者の生活の質を左右します。
解答・解説
正解はb, dです
所見の整理
・夕方になると見えにくい(中学生のころから野球のボールが見にくい):暗い環境で見えにくくなる夜盲である。10歳代から徐々に自覚しているので、後天性の急性疾患ではなく、長い経過で進む慢性・進行性の網膜疾患を考える。 ・歩いていると人にぶつかる:周辺の視野が欠けていることを示唆する。中心部は見えているので本人は気付きにくいが、視野の周辺にいる人や物を見落としてぶつかる。 ・矯正視力は両眼とも1.0:中心視機能(黄斑部)は保たれている。 ・前眼部(眼瞼・角膜・結膜)は正常で、眼底に異常がある:原因は網膜・脈絡膜にある。
診断へのプロセス
若年から進行する両眼の夜盲と周辺視野障害があり、視力は保たれ、眼底に異常を認めることから、網膜色素変性症が最も考えられる。網膜色素変性症は、暗所で働く杆体(かんたい)視細胞が先に障害され、のちに明所で働く錐体視細胞も障害される遺伝性の進行性疾患である。杆体は網膜の中間周辺部に多いため、夜盲と周辺の視野障害が早期から出現し、錐体が集まる黄斑部の機能(視力)は末期近くまで保たれることが多い。眼底には骨小体様色素沈着、網膜血管の狭細化、視神経乳頭の蝋様(ろうよう)萎縮がみられる。 鑑別すべき夜盲の原因として、ビタミンA欠乏症、小口病・白点状眼底などの停在性夜盲、コロイデレミア、脳回状網脈絡膜萎縮などがある。
設問の考え方
確定診断には、自覚的な症状を客観的に裏付ける検査が必要である。視野障害の有無と特徴的なパターン(輪状暗点から求心性視野狭窄へ)を確かめる視野検査と、網膜視細胞の機能を電気的に評価し、初期から高度の異常を示す網膜電図(ERG)の2つが中心となる。
選択肢考察
- ×a. 調節検査
調節検査は、水晶体の厚みを変えて近くにピントを合わせる力(調節力)を測る検査で、近点計測などで行う。老視、調節衰弱、調節けいれん、眼精疲労などの評価に用いる。本例の症状は夜盲と周辺視野障害であり、調節機能の異常を示す所見はないので、診断には役立たない。
- ○b. 視野検査
人にぶつかるという訴えは周辺視野の障害を示唆し、その確認と程度の評価に視野検査(Goldmann視野計による動的視野検査、自動視野計による静的視野検査)が必要である。網膜色素変性症では、初期には異常がはっきりしないこともあるが、進行すると中間周辺部に輪状暗点が現れ、それが広がって周辺視野が失われ、末期には中心の狭い範囲だけが残る求心性視野狭窄となる。特徴的な視野変化は診断の根拠となり、経過観察にも用いられる。
- ×c. 眼球運動検査
眼球運動検査は、外眼筋やそれを支配する動眼・滑車・外転神経の障害、斜視などを評価する検査である。本例には複視や眼位の異常などの訴えはなく、網膜色素変性症で眼球運動が障害されることもないため、診断には不要である。なお、網膜色素変性に外眼筋麻痺と心伝導障害を伴う Kearns-Sayre 症候群(ミトコンドリア病)では眼球運動障害がみられるが、本例はそれを疑う所見に乏しい。
- ○d. 網膜電図〈ERG〉
網膜電図(electroretinogram:ERG)は、光刺激に対する網膜全体の電気的反応を記録する検査で、視細胞由来の陰性波(a波)と、その後の双極細胞などに由来する陽性波(b波)から成る。網膜色素変性症では、自覚症状や眼底所見が軽い早期の段階から a波・b波ともに著しく減弱し、多くは記録できない平坦な波形(消失型)となる。視細胞機能の広範な障害を客観的に示せるため、確定診断に最も重要な検査である。
- ×e. 視覚誘発脳波
視覚誘発脳波(視覚誘発電位:VEP)は、光やパターン刺激に対して後頭葉の視覚野から生じる電位を記録し、視神経から視覚中枢に至る経路の機能を評価する検査である。視神経炎などの視神経疾患、皮質盲、心因性視覚障害(詐病を含む)や乳幼児の視機能評価などに用いられる。網膜視細胞の障害そのものを評価する検査ではなく、本例の確定診断には用いない。
網膜色素変性症の概要
・視細胞とその外側にある網膜色素上皮の遺伝子異常により、杆体が先行して障害され、のちに錐体も障害される進行性の疾患である。原因遺伝子は多数知られ、遺伝形式は常染色体潜性(劣性)、常染色体顕性(優性)、X連鎖性、および遺伝歴のはっきりしない孤発例がある。日本では指定難病に含まれる。 ・典型的な臨床経過:夜盲(多くは小児期〜青年期に出現)→ 輪状暗点 → 求心性視野狭窄 → 末期に視力低下。中途失明の主要な原因の一つである。 ・眼底所見の3徴:骨小体様色素沈着(中間周辺部)、網膜血管の狭細化、視神経乳頭の蝋様萎縮。 ・合併症:後嚢下白内障、嚢胞様黄斑浮腫など。 ・全身疾患に伴うもの:Usher症候群(感音難聴を伴う)、Bardet-Biedl症候群(肥満・多指症・知的障害・性腺機能低下などを伴う)、Kearns-Sayre症候群、Refsum病などがある。
検査のまとめ
・ERG:早期から a波・b波ともに著明に減弱〜消失(平坦型)。 ・視野検査:輪状暗点、求心性視野狭窄。 ・暗順応検査:暗順応の障害(閾値の上昇)。 ・光干渉断層計(OCT):視細胞層(ellipsoid zone)の消失、黄斑浮腫の評価。 ・眼底自発蛍光:網膜色素上皮の障害範囲の評価。
治療
根本的な治療法はほぼ確立されていない。遮光眼鏡、ロービジョンケア、合併する白内障や黄斑浮腫の治療が中心となる。RPE65遺伝子の両アレル変異による網膜ジストロフィには遺伝子治療薬が承認されている。
POINT
・若年からの夜盲+周辺視野狭窄+視力は保たれる+眼底異常 → 網膜色素変性症。 ・眼底3徴:骨小体様色素沈着、網膜血管狭細化、視神経乳頭蝋様萎縮。 ・確定診断:ERG(早期から a波・b波とも減弱〜消失型)と視野検査(輪状暗点→求心性視野狭窄)。 ・VEPは視神経〜視覚中枢の評価、調節検査は老視などの評価に用いる。
