StudyMed医師国家試験

通勤電車の急な便意―過敏性腸症候群の便は何を語るか

第101回医師国家試験 D問題 第17問

国試問題にチャレンジ

第101回 D問題 第17問

26歳の男性。下痢を主訴に来院した。3年前から通勤途上の電車の中で便意が突然に出現するようになり,我慢をすると徐々に下腹部を中心とした腹痛が出現するようになった。駅のトイレに駆け込むと一気に排便があり,腹痛も便意も改善する。 この患者でみられるのはどれか。

  1. a.未消化便
  2. b.灰白色便
  3. c.脂肪便
  4. d.粘血便
  5. e.水様便

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、慢性の下痢と腹痛の病歴から病態を見抜き、そこで出る便の性状を答える問題だ。注目してほしいのは、症状が出る「場面」と、排便したあとに症状がどうなるか。この2点からどんな病気が浮かぶかな。
医学生医学生
電車の中というトイレに行けない状況で悪化して、出したら楽になる……過敏性腸症候群でしょうか。
ドクタードクター
その通り。若い人で3年も続いているのに、発熱や血便、体重減少といった全身への影響がない。心理的に緊張する場面で誘発されて、排便で腹痛が軽くなる。過敏性腸症候群、いわゆるIBSの典型的なパターンだ。
医学生医学生
消化器内科の講義で、IBSは内視鏡をしても異常がない「機能性疾患」だと習いました。
ドクタードクター
そう。器質的な病変がないのに、腹痛と便通異常が慢性に続く病気だ。ストレスなどの心理的要因、腸管運動の異常、腸の刺激を痛みとして感じやすい内臓知覚過敏、そして脳と腸が互いに影響し合う脳腸相関の異常が関わると考えられている。
医学生医学生
病型も分かれていましたよね。この人は下痢が主訴なので下痢型ですか。
ドクタードクター
正解。突然の便意切迫を伴うことからも下痢型に当たる。では、下痢型IBSでは便はどうなると思う?
医学生医学生
腸の動きが速くなりすぎて、水分を吸収しきれないまま出てしまうので、水様便になると思います。
ドクタードクター
そのとおり。腸内容が短時間で通過するから、大腸での水分吸収が不十分になって軟便〜水様便になる。「我慢していたら一気に出る」という経過も、液状の便が急に直腸へ送り込まれている様子をよく表しているね。
医学生医学生
粘血便も迷いました。IBSでも粘液が出ることがあると聞いたので。
ドクタードクター
鋭いね。IBSで粘液を伴うことはある。でも器質的な異常がないから、出血は伴わない。粘血便は潰瘍性大腸炎、細菌性赤痢やアメーバ赤痢などの感染性腸炎、大腸癌のように、粘膜にびらんや潰瘍、腫瘍がある病気で出る。血便はむしろIBS以外を疑う警告症状なんだ。
医学生医学生
灰白色便は胆汁が出ないときでしたね。小児科の実習で、胆道閉鎖症のスクリーニングに便色カードを使うと教わりました。
ドクタードクター
よく覚えているね。便の茶色はビリルビン由来の色素によるもので、総胆管結石や膵頭部癌、胆管癌などで胆汁が腸に流れなくなると灰白色になる。胆道に問題のないIBSとは関係ない。
医学生医学生
脂肪便は膵臓の病気で出るんでしたっけ。
ドクタードクター
慢性膵炎や膵癌で膵外分泌機能が落ちたとき、胆汁酸が足りないとき、小腸の吸収不良などで、脂肪が消化・吸収されずに出てくる。光沢があって悪臭が強く、水に浮きやすい便だ。未消化便も同じく消化の問題で、消化酵素の不足や急性腸炎で極端に通過が速いとき、乳幼児の消化不良などでみられる。IBSでは消化吸収の機能そのものは保たれているから、どちらも合わない。
医学生医学生
つまり、IBSでは「消化吸収の異常」や「出血」を示す便は出ず、そういう便があれば別の病気を考えるということですね。
ドクタードクター
その理解が大事だ。発展として診断基準も押さえよう。Rome IV基準では、最近3か月間、平均して週1日以上の腹痛があり、排便に関連する、排便頻度の変化を伴う、便の形状の変化を伴う、のうち2項目以上を満たすこと。便の形状はブリストル便形状スケールで評価するんだ。
医学生医学生
診察では、どこまで検査すればいいのか迷いそうです。
ドクタードクター
そこで役立つのがアラームサインだ。発熱、関節痛、血便、予期しない体重減少、腹部腫瘤などの異常な身体所見、50歳以上での発症、大腸癌の家族歴。これらがあれば大腸内視鏡などで大腸癌や炎症性腸疾患を除外する。逆にない場合は、病態を説明して安心してもらうことが治療の第一歩になる。
医学生医学生
薬はどんなものを使うんですか。
ドクタードクター
生活習慣や食事の調整が基本で、薬では消化管運動調整薬やポリカルボフィルカルシウム、プロバイオティクスなどを使う。下痢型ではラモセトロンという5-HT3受容体拮抗薬、便秘型ではリナクロチドなどが選択肢になる。必要なら抗不安薬や抗うつ薬、心理療法も組み合わせるよ。

まとめ

ストレスのかかる場面で誘発され、排便で軽快する慢性の腹痛・便通異常は過敏性腸症候群(IBS)の典型像であり、下痢型では腸管運動の亢進により水分吸収が不十分となって軟便〜水様便を呈します。IBSは器質的異常のない機能性疾患なので、粘血便(大腸の器質的病変)、灰白色便(胆汁流出障害)、脂肪便(膵外分泌不全・吸収不良)、未消化便(消化障害)は本来みられず、これらがあればむしろ別の疾患を疑います。診断はRome IV基準に基づき、発熱・血便・体重減少・50歳以上での発症などのアラームサインがあれば内視鏡などで器質的疾患を除外します。便の性状から病態を推測する力は、IBSと器質的疾患を見分けるうえでの基本的な臨床スキルです。

解答・解説

正解はeです

所見の整理

・26歳の若年男性 ・3年にわたる慢性の経過 ・通勤電車の中という、すぐにトイレに行けず緊張しやすい状況で、突然の便意が出現する ・便意を我慢すると下腹部中心の腹痛が出てくる ・排便すると一気に便が出て、腹痛も便意も消失する ・発熱、血便、体重減少などの警告症状の記載はない

診断へのプロセス

若年者で長期間続いているのに全身状態の悪化がなく、症状が心理的緊張の強い場面に誘発され、腹痛が排便によって軽快するというパターンは、過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)に典型的である。IBS は内視鏡や血液検査で説明できる器質的異常がないのに、腹痛と便通異常が慢性に続く機能性消化管疾患である。ストレスなどの心理的要因、腸管運動の異常、内臓知覚過敏(腸管の刺激に対して痛みを感じやすい状態)、脳と腸の相互作用(脳腸相関)の異常などが関与すると考えられている。 本例は下痢を主訴とし、便意切迫を伴うことから下痢型 IBS に相当する。

問われていること

設問は、この患者でみられる便の性状である。下痢型 IBS では腸管の運動亢進により腸内容が短時間で通過し、水分が十分吸収されないまま排出されるため、軟便〜水様便となる。一方、IBS には器質的病変がないため、出血(粘血便)、胆汁の流出障害(灰白色便)、脂肪の消化吸収障害(脂肪便)などは本来みられない。これらの便性状が見られる場合は、むしろ器質的疾患を疑う根拠になる。

選択肢考察

  1. ×a.  未消化便

    未消化便は、食物の消化が不十分なまま排出された便で、消化酵素の分泌不全や、急性腸炎などで極端に通過が速い場合、乳幼児の消化不良などでみられる。IBS では栄養素の消化・吸収機能自体は保たれており、栄養障害や体重減少も起こらない。本例の特徴的な便性状とはいえない。

  2. ×b.  灰白色便

    便の褐色はビリルビン由来の色素(ステルコビリン)による。胆管の閉塞(総胆管結石、膵頭部癌、胆管癌など)で胆汁が腸管に流れ込まなくなると、便は灰白色になる。小児では胆道閉鎖症の重要な徴候である。胆汁の流出には異常のない IBS ではみられない。

  3. ×c.  脂肪便

    脂肪便は、慢性膵炎や膵癌などによる膵外分泌機能低下(リパーゼ不足)、閉塞性黄疸などによる胆汁酸不足、小腸粘膜障害や短腸症候群などの吸収不良症候群で、脂肪が消化・吸収されずに排出されるものである。光沢があり悪臭が強く、水に浮きやすい。消化吸収機能が保たれている IBS ではみられない。

  4. ×d.  粘血便

    粘血便は、潰瘍性大腸炎、細菌性赤痢やアメーバ赤痢などの感染性腸炎、大腸癌など、大腸粘膜にびらん・潰瘍や腫瘍などの器質的病変がある場合にみられる。IBS では粘液の排出を伴うことはあるが、腸管に器質的異常がないため出血は伴わない。血便は IBS 以外の疾患を疑うべき警告症状である。

  5. ○e.  水様便

    本例はストレス状況で突然の便意が生じ、排便で腹痛が軽快する下痢型 IBS と考えられる。腸管運動が亢進して腸内容の通過時間が短くなり、大腸での水分吸収が不十分になるため、便は軟便〜水様便となる。便意を我慢したあと一気に排便するという経過も、液状の便が急速に直腸に送り込まれていることを示している。

過敏性腸症候群(IBS)の診断基準:Rome IV 基準

最近3か月間、平均して週1日以上繰り返す腹痛があり、次のうち2項目以上を満たすもの。 1. 排便に関連する 2. 排便頻度の変化を伴う 3. 便の形状(外観)の変化を伴う 少なくとも診断の6か月以上前に症状が出現し、最近3か月間は基準を満たしていることが必要である。

病型分類(便の形状による)

便の形状はブリストル便形状スケール(1:硬いコロコロ便〜7:水様便)で評価する。 ・便秘型(IBS-C):硬便・兎糞状便が多い ・下痢型(IBS-D):軟便・水様便が多い ・混合型(IBS-M):硬便と軟便・水様便がいずれも多い ・分類不能型(IBS-U) 若年男性では下痢型、女性では便秘型が多い傾向がある。

器質的疾患を疑う警告症状・徴候(アラームサイン)

発熱、関節痛、血便、6か月以内の予期しない3kg以上の体重減少、異常な身体所見(腹部腫瘤など)、50歳以上での発症、大腸癌の家族歴などがあれば、大腸内視鏡などで器質的疾患(大腸癌、炎症性腸疾患など)を除外する。

治療

病態の説明と安心感の付与、生活習慣・食事の調整が基本である。薬物療法として、消化管運動調整薬、高分子重合体(ポリカルボフィルカルシウム)、プロバイオティクスを用い、下痢型では5-HT3受容体拮抗薬(ラモセトロン)、便秘型では粘膜上皮機能変容薬(リナクロチドなど)、腹痛には抗コリン薬などを使う。必要に応じて抗不安薬・抗うつ薬や心理療法を併用する。

便の色・性状と疾患

・灰白色便:閉塞性黄疸、胆道閉鎖症 ・タール便(黒色便):上部消化管出血 ・粘血便:潰瘍性大腸炎、感染性腸炎(赤痢など)、大腸癌 ・イチゴゼリー状便:腸重積症 ・米のとぎ汁様便:コレラ ・脂肪便:膵外分泌機能不全、吸収不良症候群

POINT

・ストレス状況で誘発され、排便で軽快する慢性の腹痛・便通異常は過敏性腸症候群(IBS)を考える。 ・IBS は器質的異常を伴わない機能性疾患であり、血便・発熱・体重減少はみられない(あれば器質的疾患を疑う)。 ・下痢型 IBS の便は軟便〜水様便、便秘型は兎糞状の硬便となる。 ・灰白色便=胆汁流出障害、脂肪便=膵外分泌不全・吸収不良、粘血便=大腸の器質的病変。 ・診断は Rome IV 基準(腹痛が週1日以上、排便関連・排便頻度変化・便形状変化のうち2項目以上)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。