お腹が張っても硬くはならない―筋性防御が教える「腹膜の炎症」
第101回医師国家試験 C問題 第23問
国試問題にチャレンジ
筋性防御を伴わないのはどれか。
- a.十二指腸潰瘍穿孔
- b.麻痺性イレウス
- c.汎発性腹膜炎
- d.急性胆囊炎
- e.急性虫垂炎
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
筋性防御は、炎症が壁側腹膜に及んだときに体性神経を介して腹壁筋が反射的に緊張する所見で、Blumberg徴候や板状硬と並ぶ腹膜刺激徴候です。十二指腸潰瘍穿孔、汎発性腹膜炎、急性胆囊炎、急性虫垂炎はいずれも腹膜に炎症が及んで筋性防御を来しえます。一方、麻痺性イレウスは腸管運動が停止した状態で腹膜の炎症ではないため、単独では筋性防御を伴いませんが、腹膜炎に続発した場合には原因の腹膜炎による筋性防御がみられます。また高齢者やステロイド使用者では腹膜炎があっても所見が出にくい点に注意が必要です。内臓痛と体性痛の違いから筋性防御の意味を理解しておくと、急性腹症で緊急手術の要否を判断するときの確かな土台になります。
解答・解説
正解はbです
筋性防御とは
筋性防御(defense musculaire、muscular guarding)は、腹部を触診したときに腹壁の筋肉が反射的に緊張して硬く触れる所見である。腹腔の内側を覆う壁側腹膜に炎症が及ぶと、痛みを感じる体性神経が刺激され、その部位を守るように腹壁筋が脊髄反射で収縮する。つまり筋性防御は、炎症が壁側腹膜に達したこと(腹膜炎)を示す腹膜刺激徴候の一つである。
腹膜刺激徴候
・筋性防御:触診時に腹壁が硬く緊張する。 ・Blumberg 徴候(反跳痛):腹壁をゆっくり圧迫してから急に手を離すと痛みが強まる。 ・板状硬:汎発性腹膜炎で腹壁全体が板のように硬くなる。筋性防御の最も高度な状態である。 ・その他、咳嗽や歩行・振動で痛みが響く(咳嗽試験、踵落とし試験)なども腹膜刺激を示す。
考え方
「誤っているもの(伴わないもの)」を選ぶ問題である。各疾患が壁側腹膜の炎症(腹膜炎)を起こしうるかどうかで判断する。消化管穿孔、汎発性腹膜炎、急性胆囊炎、急性虫垂炎はいずれも炎症が腹膜に及び、筋性防御を来しうる。これに対して麻痺性イレウスは、腸管の蠕動が低下・停止して内容物が停滞した「状態」であり、それ自体は腹膜の炎症ではないため、単独では筋性防御を伴わない。ただし、麻痺性イレウスは汎発性腹膜炎の結果として生じることが多く、その場合は原因である腹膜炎によって筋性防御がみられる点に注意する。
選択肢考察
- ×a. 十二指腸潰瘍穿孔
筋性防御を伴う。十二指腸潰瘍が穿孔すると、胃酸や胆汁を含む消化液が腹腔内に漏れ出し、急速に化学的な腹膜炎、さらに細菌性の汎発性腹膜炎を引き起こす。突然発症する激しい上腹部痛に続いて、腹壁全体が板状硬となるのが典型的である。立位胸部X線やCTで横隔膜下の遊離ガス(free air)を認めることが診断の手がかりとなる。
- ○b. 麻痺性イレウス
これが正解(筋性防御を伴わない)。麻痺性イレウスは、機械的な閉塞がないのに腸管の運動が低下・停止する病態で、開腹術後、電解質異常(特に低カリウム血症)、薬剤(オピオイド、抗コリン薬など)、脊髄損傷、腹膜炎などが原因となる。腹部は全体に膨満し、腸蠕動音は減弱・消失するが、腸管運動の麻痺そのものは壁側腹膜の炎症ではないので、単独では筋性防御は生じない。ただし、汎発性腹膜炎に続発した麻痺性イレウスでは、原因である腹膜炎によって筋性防御がみられる。麻痺性イレウスの患者で腹膜刺激徴候を認めた場合は、背景に腹膜炎がないかを考える必要がある。
- ×c. 汎発性腹膜炎
筋性防御を伴う。汎発性腹膜炎は、消化管穿孔や虫垂炎・胆囊炎の進行などにより、炎症が腹腔全体の腹膜に広がった状態である。壁側腹膜が広範に刺激されるため、腹部全体に筋性防御を認め、高度になると板状硬となる。Blumberg 徴候などの他の腹膜刺激徴候も伴い、多くは緊急手術(洗浄・ドレナージや原因の処置)の適応となる。経過中に腸管の動きが止まり、麻痺性イレウスを合併することも多い。
- ×d. 急性胆囊炎
筋性防御を伴いうる。急性胆囊炎は多くが胆石の胆囊頸部・胆囊管への嵌頓によって起こる。胆囊壁の炎症が漿膜側から周囲の壁側腹膜に及ぶと、右季肋部に限局した筋性防御を認める。Murphy 徴候(右季肋部を圧迫しながら深呼吸させると、痛みのため吸気が途中で止まる)が特徴的である。壊疽や穿孔を起こすと汎発性腹膜炎へ進展する。
- ×e. 急性虫垂炎
筋性防御を伴いうる。急性虫垂炎は、初期には心窩部〜臍周囲の漠然とした痛み(内臓痛)で始まり、炎症が虫垂周囲の壁側腹膜に及ぶと右下腹部に限局した痛み(体性痛)となり、同部位に筋性防御や Blumberg 徴候を認めるようになる。McBurney 点・Lanz 点の圧痛、Rosenstein 徴候、Rovsing 徴候なども診断に役立つ。穿孔すると汎発性腹膜炎となり、筋性防御は広範囲に及ぶ。
内臓痛と体性痛
・内臓痛:臓器そのものの伸展・収縮・虚血などによる痛み。自律神経(内臓求心性線維)を介するため、局在がはっきりせず、鈍い痛みや疝痛となる。腹膜刺激徴候は伴わない。 ・体性痛:壁側腹膜や腸間膜などへの刺激による痛み。体性神経(脊髄神経)を介するため、局在が明確で鋭く、持続的である。体動で増悪し、筋性防御などの腹膜刺激徴候を伴う。 急性虫垂炎で心窩部痛から右下腹部痛へ移動するのは、内臓痛から体性痛への移行として理解できる。
イレウス(腸閉塞)の分類
・機械的イレウス:腸管の物理的閉塞。単純性(閉塞性)イレウス(癒着、腫瘍、糞便など)と、血行障害を伴う複雑性(絞扼性)イレウスに分けられる。絞扼性イレウスでは腸管の壊死により腹膜刺激徴候が出現し、緊急手術の適応となる。 ・機能的イレウス:麻痺性イレウス(腸管運動の低下・停止)と痙攣性イレウス(腸管の攣縮)。 なお、近年の急性腹症診療ガイドラインでは、機械的閉塞による「腸閉塞」と、閉塞機転のない腸管麻痺を指す「イレウス」を区別して用いることが推奨されている。
聴診での区別
・機械的(単純性)腸閉塞:腸蠕動音の亢進、金属音 ・麻痺性イレウス:腸蠕動音の減弱・消失
筋性防御がみられない、あるいは出にくい状況
高齢者、ステロイドや鎮痛薬の使用中、意識障害、腹壁筋の弱い人などでは、腹膜炎があっても筋性防御が目立たないことがあり、所見がないことで腹膜炎を否定しないよう注意が必要である。
POINT
・筋性防御は壁側腹膜への炎症波及を示す腹膜刺激徴候である。 ・腹膜刺激徴候:筋性防御、Blumberg 徴候(反跳痛)、板状硬(汎発性腹膜炎)。 ・消化管穿孔、汎発性腹膜炎、急性胆囊炎、急性虫垂炎は筋性防御を来しうる。 ・麻痺性イレウス単独では筋性防御を伴わない(腹膜炎に続発した場合は伴う)。 ・高齢者やステロイド使用者では腹膜刺激徴候が出にくい。
