かすれ声は出ても脈は速くならない―胸部手術の合併症を「機序」で結ぶ
第101回医師国家試験 B問題 第104問
国試問題にチャレンジ
胸部手術の合併症と症候の組合せで誤っているのはどれか。
- a.横隔神経損傷 ―― 横隔膜の挙上
- b.気管支断端瘻 ―― 血痰
- c.高度肺瘻 ―― 皮下気腫
- d.反回神経麻痺 ―― 頻脈
- e.肺水腫 ―― 呼吸困難
対話形式の解説
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ドクターまとめ
胸部手術の術後合併症は、障害された構造とその機能から症候を導くと理解しやすくなります。横隔神経損傷では横隔膜が弛緩して挙上し、気管支断端瘻では胸腔内の血性液や膿が気道に流れ込んで血痰・膿性痰が出現し、高度肺瘻では漏れた空気が胸壁へ入り込んで握雪感を伴う皮下気腫を、肺水腫ではガス交換障害による呼吸困難をきたします。反回神経は内喉頭筋を支配する神経で、麻痺の症候は嗄声と誤嚥(両側麻痺では気道狭窄)であり、心臓枝とは別経路のため頻脈の原因にはなりません。左反回神経は大動脈弓を回って長く走行するため、縦隔郭清や食道癌手術で損傷されやすい点も重要です。術後の頻脈を見たら出血、不整脈、疼痛、感染、低酸素血症、肺塞栓症を考えるという姿勢は、周術期管理の実践に直結します。
解答・解説
正解はdです
本問は「誤っている組合せ」を選ぶ問題である。胸部手術(肺切除術、食道手術、縦隔手術など)の術後合併症について、それぞれの病態から「どのような症候が生じるか」を機序に基づいて結びつけられるかが問われている。 各合併症の機序を整理すると次のようになる。 ・横隔神経損傷:横隔膜の運動神経が障害され、横隔膜が弛緩して挙上する。 ・気管支断端瘻:肺切除後の気管支断端の縫合不全により、気管支と胸腔が交通する。胸腔内の血性液や膿が気道に流れ込み、喀出される。 ・高度肺瘻:肺の切離面・剥離面から空気が漏れ続け、胸壁の損傷部を通って皮下に空気がたまる。 ・反回神経麻痺:声帯を動かす喉頭筋が麻痺し、声がかすれる(嗄声)。 ・肺水腫:肺胞や間質に水分が貯留し、ガス交換が障害される。 反回神経は喉頭の運動・感覚を担う神経であり、心拍数の調節とは関係しない。したがって「反回神経麻痺 ―― 頻脈」が誤った組合せである。反回神経麻痺の代表的な症候は嗄声と誤嚥である。
選択肢考察
- ×a. 横隔神経損傷 ―― 横隔膜の挙上
正しい組合せである。横隔神経(C3〜C5由来)は横隔膜を支配する運動神経で、縦隔内を心膜に沿って下行するため、縦隔操作や肺門部の剥離で損傷されやすい。麻痺すると横隔膜は収縮できず緊張を失い、腹圧に押されて患側横隔膜が挙上する。胸部X線で患側横隔膜の挙上を認め、透視では吸気時に患側横隔膜がむしろ上昇する奇異性運動がみられる。
- ×b. 気管支断端瘻 ―― 血痰
正しい組合せである。気管支断端瘻は、肺切除(特に肺全摘術や右下葉切除)後に気管支断端の縫合部が離開し、気管支と胸腔が交通してしまう重篤な合併症である。胸腔内にたまった血性の液体や膿が瘻孔を通じて気道へ流入するため、血痰や漿液性・膿性の痰が喀出される。発熱や膿胸を伴うことが多く、流入した液体が健側肺に吸引されると誤嚥性肺炎を起こし致命的となりうる。
- ×c. 高度肺瘻 ―― 皮下気腫
正しい組合せである。肺瘻とは、肺切除時の切離面や癒着剥離面など肺表面の損傷部から空気が漏れる状態をいう。漏れが多い(高度の)場合は胸腔ドレーンで排気しきれず、胸腔内圧が上昇して空気が開胸創やドレーン挿入部から胸壁の皮下組織へ入り込み、皮下気腫を生じる。触診で握雪感(雪を握るようなプツプツした感触)を認める。
- ○d. 反回神経麻痺 ―― 頻脈
誤った組合せであり、これが正解である。反回神経は迷走神経の枝で、左は大動脈弓、右は鎖骨下動脈を反回して上行し、輪状甲状筋を除く内喉頭筋を支配する。麻痺すると声帯の運動が障害され、嗄声が生じる。また声門閉鎖不全により誤嚥を起こしやすくなり、両側麻痺では声帯が正中位付近で固定して気道狭窄・呼吸困難をきたすことがある。心臓へ向かう迷走神経の枝(心臓枝)は、反回神経とは別に分岐して心臓神経叢へ向かうため、反回神経の麻痺で心拍数が変化することはない。左反回神経は大動脈弓周囲や縦隔リンパ節郭清、食道手術で損傷されやすい。
- ×e. 肺水腫 ―― 呼吸困難
正しい組合せである。術後の肺水腫は、過剰輸液、心機能低下、肺切除後に残った肺への血流集中、毛細血管透過性の亢進などで生じる。肺の間質や肺胞内に水分がたまると、酸素の拡散が障害され、肺のコンプライアンス(膨らみやすさ)も低下するため、低酸素血症と呼吸困難をきたす。泡沫状痰や両肺の湿性ラ音(水泡音)を伴うこともある。特に肺全摘後に起こる肺水腫は重篤で、術後は輸液量の管理が重要である。
胸部手術の主な術後合併症と症候
・術後出血:胸腔ドレーンからの血性排液の増加、血圧低下、頻脈(循環血液量減少による)。 ・肺瘻(エアリーク):ドレーンからの持続的な気泡、皮下気腫、気胸。 ・気管支断端瘻:血痰・膿性痰、発熱、膿胸。胸部X線で胸腔内の液面の低下や新たな鏡面像の出現。 ・無気肺・肺炎:喀痰の貯留による。発熱、低酸素血症。早期離床と排痰が予防に重要。 ・肺水腫:呼吸困難、低酸素血症。 ・不整脈:心房細動が多く、頻脈・動悸を呈する。肺切除後の頻度は比較的高い。 ・乳び胸:胸管損傷により乳白色の胸水がドレーンから排出される。 ・神経損傷:横隔神経(横隔膜挙上)、反回神経(嗄声・誤嚥)。
反回神経の走行と損傷されやすい場面
・左反回神経:大動脈弓の下をくぐって上行するため走行が長く、縦隔操作、大動脈弓近傍のリンパ節郭清、食道癌手術、大動脈瘤などで障害されやすい。 ・右反回神経:右鎖骨下動脈を反回するため、頸部操作や甲状腺手術、食道癌手術の上縦隔郭清で損傷されうる。 ・喉頭鏡・喉頭ファイバースコピーで声帯の固定位置(正中位〜副正中位など)を確認して診断する。
頻脈を示す術後合併症
術後の頻脈は、出血(循環血液量減少)、心房細動などの不整脈、疼痛、発熱・感染、低酸素血症、肺塞栓症などを考える。反回神経麻痺は頻脈の原因とはならない。
POINT
・反回神経麻痺の症候は嗄声と誤嚥(両側麻痺では気道狭窄)であり、頻脈とは無関係である。 ・横隔神経損傷→横隔膜挙上・奇異性運動。 ・気管支断端瘻→血痰・膿性痰、発熱、膿胸。 ・高度肺瘻→皮下気腫(握雪感)、持続するエアリーク。 ・肺水腫→呼吸困難、低酸素血症。 ・左反回神経は大動脈弓を回るため、縦隔操作で損傷されやすい。
