痛くない陰囊腫大を切ってはいけない場所―精巣腫瘍は鼠径部から摘る
第101回医師国家試験 A問題 第39問
国試問題にチャレンジ
32歳の男性。右陰囊の腫脹を主訴に来院した。3か月前から痛みを伴わずに右陰囊が徐々に大きくなってきた。左陰囊,陰茎および前立腺には異常を認めない。右陰囊は鶏卵大で一塊として触知する。圧痛,透光性はない。AFP 160ng/mL(基準20以下)。超音波検査で右精巣の腫大を認める。 対応として適切なのはどれか。
- a.精巣生検
- b.抗菌薬投与
- c.高位精巣摘除術
- d.精巣捻転整復術
- e.精巣水瘤〈陰嚢水腫〉切除術
対話形式の解説
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ドクターまとめ
若年男性の無痛性で透光性のない陰囊内腫大は、まず精巣腫瘍を考えます。超音波で精巣実質の腫大を確認し、AFP上昇があれば卵黄囊腫瘍や胎児性癌などを含む非セミノーマが示唆されます(純粋なセミノーマではAFPは上昇しません)。精巣腫瘍が疑われる場合、経陰囊的な生検は陰囊皮膚から鼠径リンパ節への新たな転移経路をつくるため禁忌で、鼠径部から精索を先に処理する高位精巣摘除術で診断と原発巣治療を同時に行います。その後は組織型・画像・術後マーカーで病期を判定し、BEP療法などの化学療法や放射線療法を選択します。疼痛の有無と透光性で陰囊疾患を振り分け、リンパ流の解剖から術式を理解することは、泌尿器疾患の初期対応の基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・32歳男性:20〜30歳代は精巣腫瘍の好発年齢である。 ・3か月かけて徐々に増大した右陰囊腫大で、痛みを伴わない(無痛性)。 ・右陰囊は鶏卵大で一塊として触れ、圧痛なし、透光性なし(内容が液体ではなく充実性であることを示す)。 ・AFP(α-フェトプロテイン)160 ng/mLと上昇している。 ・超音波検査で右精巣そのものの腫大を認める。 ・対側陰囊・陰茎・前立腺には異常がない。
診断へのプロセス
若年男性の無痛性・緩徐進行性の陰囊内腫大を見たら、まず精巣腫瘍を考える。鑑別として、急性の疼痛を伴う精巣捻転や精巣上体炎、透光性を示す陰囊水腫(精巣水瘤)が挙がるが、本例は疼痛・圧痛がなく、透光性もなく、超音波で精巣実質の腫大が確認されているため、これらは否定的である。さらに腫瘍マーカーのAFPが上昇していることから、精巣腫瘍(胚細胞腫瘍)がほぼ確実であり、AFPを産生する成分(卵黄囊腫瘍や胎児性癌など)を含む非セミノーマ(非精上皮腫)が推定される。
設問の考え方
精巣腫瘍が強く疑われる場合、診断と治療を兼ねて最初に行うのは高位精巣摘除術である。陰囊を切開して生検や腫瘍へのアプローチを行うと、腫瘍細胞が陰囊皮膚や鼠径部のリンパ流路へ散布される恐れがあるため避ける。鼠径部を切開して精索を内鼠径輪の高さで先に結紮・切断し、精巣を摘出することで、摘出標本の病理診断により組織型を確定し、その後の病期診断と追加治療(化学療法・放射線療法・後腹膜リンパ節郭清など)を決定する。
選択肢考察
- ×a. 精巣生検
精巣腫瘍が疑われる症例に対する経陰囊的な精巣生検は禁忌である。陰囊皮膚は鼠径リンパ節へ、精巣は後腹膜(傍大動脈)リンパ節へとリンパ流路が異なるため、陰囊を介した操作で腫瘍を播種させると転移経路を増やし、治療範囲を広げてしまう。組織診断は高位精巣摘除術で得られた摘出標本で行う。
- ×b. 抗菌薬投与
抗菌薬は急性精巣上体炎や精巣炎に対する治療である。これらは発熱や陰囊の疼痛・圧痛を伴い比較的急性に発症するのが典型だが、本例は3か月にわたる無痛性の増大で圧痛もなく、AFPも上昇しているので炎症性疾患は考えにくい。抗菌薬で経過をみることは精巣腫瘍の治療開始を遅らせるだけである。
- ○c. 高位精巣摘除術
臨床所見・腫瘍マーカー・超音波所見から精巣腫瘍がほぼ確実であり、診断確定と原発巣治療を兼ねて高位精巣摘除術を行う。鼠径部切開で精索を内鼠径輪付近で先に処理してから精巣を摘出するため、腫瘍細胞の播種を防げる。摘出後は病理組織型と、CTなどの画像検査・術後の腫瘍マーカー推移により病期を判定し、追加治療を決める。
- ×d. 精巣捻転整復術
精巣捻転症は思春期前後に好発し、突然の激しい陰囊痛で発症する緊急疾患で、発症後早期(おおむね6時間以内)の整復・固定が精巣温存に重要である。本例は3か月の経過で疼痛がなく、捻転の病像とは合わない。
- ×e. 精巣水瘤〈陰嚢水腫〉切除術
陰囊水腫は精巣固有鞘膜腔に液体が貯留した状態で、無痛性の陰囊腫大を示す点は似るが、ペンライトを当てると光が透過する(透光性陽性)のが特徴で、超音波でも精巣周囲の無エコー域として描出される。本例は透光性がなく、超音波で精巣自体の腫大を認め、AFPも上昇しているため否定的である。
精巣腫瘍の概要
・好発年齢は20〜30歳代で、この年代の男性に最も多い固形悪性腫瘍の一つである。 ・危険因子として停留精巣、対側精巣腫瘍の既往、家族歴などがある。 ・大部分(90%以上)が胚細胞腫瘍で、セミノーマ(精上皮腫)と非セミノーマ(胎児性癌、卵黄囊腫瘍、絨毛癌、奇形腫およびそれらの混合型)に大別される。
腫瘍マーカー
・AFP:卵黄囊腫瘍や胎児性癌で上昇する。純粋なセミノーマではAFPは上昇しないため、AFP高値なら非セミノーマ成分の存在を示唆する。 ・hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン):絨毛癌で著明に上昇し、セミノーマでも合胞体栄養細胞を含む場合に軽度上昇することがある。 ・LDH:腫瘍量を反映し、病期・予後分類に用いられる。 ・これらは診断のほか、治療効果判定や再発の監視にも使われる。
治療の流れ
1. 高位精巣摘除術(診断と原発巣治療) 2. 病理組織型・画像(胸腹部CTなど)・術後マーカーで病期を判定 3. 病期と組織型に応じて経過観察、化学療法(BEP療法:ブレオマイシン・エトポシド・シスプラチンなど)、放射線療法(セミノーマは放射線感受性が高い)、残存腫瘍切除や後腹膜リンパ節郭清を選択する。 精巣腫瘍は転移があってもシスプラチンを中心とした化学療法で高率に治癒が期待できる。
陰囊内腫大の鑑別
・無痛性・透光性なし・精巣実質の腫大:精巣腫瘍 ・無痛性・透光性あり:陰囊水腫、精液瘤 ・急性の激痛:精巣捻転(プレーン徴候陰性、精巣挙筋反射消失) ・疼痛と発熱、精巣上体の腫脹:精巣上体炎(プレーン徴候陽性で痛みが軽減することがある)
POINT
・若年男性の無痛性・透光性のない陰囊内腫大は精巣腫瘍をまず考える。 ・AFP上昇は非セミノーマ(卵黄囊腫瘍・胎児性癌など)を示唆し、純粋なセミノーマではAFPは上がらない。 ・精巣腫瘍疑いでは経陰囊的な生検は禁忌で、高位精巣摘除術(鼠径部アプローチ)を行う。 ・摘出後、組織型・病期に応じて化学療法(BEP)・放射線療法などを追加する。
