「早く始めて、長く続けない」―ロボット支援前立腺全摘除術の術前説明を読み解く
第119回医師国家試験 D問題 第52問
国試問題にチャレンジ
60歳の男性。前立腺癌(T2N0M0)の診断で骨盤内リンパ節郭清を伴うロボット支援腹腔鏡下前立腺摘除術を予定している。 手術前の説明で正しいのはどれか。
- a.「骨盤底筋訓練は術後早期から行います」
- b.「膀胱カテーテルは術後1か月目に抜去します」
- c.「抗菌薬投与は術直前から術後2週間まで行います」
- d.「深部静脈血栓症の予防は術後1日目から行います」
- e.「リンパ浮腫への対策は術後6か月から開始します」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
前立腺全摘除術では膀胱頸部の括約機能が失われるため術後に腹圧性尿失禁が高頻度に生じ、骨盤底筋訓練をカテーテル抜去後など術後早期から開始することが尿禁制の回復を早めます。尿道カテーテルは吻合部の治癒を待って数日〜1週間程度で抜去し、予防的抗菌薬は執刀前に開始して準清潔手術では原則24時間以内に終了します。深部静脈血栓症の予防は頭低位と気腹のリスクを踏まえて術中から開始し、リンパ節郭清後のリンパ浮腫対策も術前説明と術後早期からの予防が基本です。勃起障害や射精時の精液消失も術前に説明すべき重要な合併症です。「早く始め、必要以上に長く続けない」という周術期管理の原則は、泌尿器科に限らず多くの手術に共通する考え方として押さえておきたい知識です。
解答・解説
正解はaです
症例の整理
・60歳の男性、前立腺癌T2N0M0:腫瘍は前立腺内にとどまり(T2)、リンパ節転移(N0)も遠隔転移(M0)もない限局癌である。期待余命が十分に見込める年齢であり、根治的前立腺全摘除術のよい適応となる。 ・予定術式は骨盤内リンパ節郭清を伴うロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術(RARP:robot-assisted radical prostatectomy)である。
手術の内容と術後経過の基本
前立腺全摘除術では前立腺と精嚢を一塊に摘出し、残った膀胱頸部と尿道を吻合(膀胱尿道吻合)する。吻合部の治癒を待つ間は尿道カテーテルを留置し、数日~1週間程度で抜去するのが一般的である。前立腺のすぐ下にある外尿道括約筋や神経血管束への影響のため、主な術後合併症として腹圧性尿失禁と勃起障害が問題となる。またリンパ節郭清を行うため、リンパ嚢腫やリンパ浮腫、さらに骨盤手術であることから深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)も注意すべき合併症である。
設問の考え方
本問は「術前に患者へ説明する内容」として、術後管理の時期・期間が標準的かどうかを問うている。現在の周術期管理は、早期離床・早期リハビリテーション・必要最小限の抗菌薬投与・術中からの血栓予防を基本とする。各選択肢の内容が、この「早く始め、必要以上に長く続けない」という考え方に合致するかで判断すればよい。尿禁制回復のための骨盤底筋訓練を術後早期から行うという説明が正しい。
選択肢考察
- ○a. 「骨盤底筋訓練は術後早期から行います」
前立腺全摘除術後は、尿道を閉める仕組みのうち前立腺部の内尿道括約筋(膀胱頸部の機能)が失われ、残った外尿道括約筋と骨盤底筋群に尿禁制を頼ることになる。そのため術後には腹圧性尿失禁がほぼ必発に近い頻度で一時的に生じる。肛門や尿道を締める骨盤底筋訓練(ケーゲル体操)を術後早期、具体的には尿道カテーテル抜去後から速やかに開始すると、尿禁制の回復が早まるとされる。術前から指導を始める施設も多い。術前説明で必ず伝えるべき内容であり、正しい。
- ×b. 「膀胱カテーテルは術後1か月目に抜去します」
尿道カテーテルは膀胱尿道吻合部を安静に保つ目的で留置するが、RARPでは吻合が精密に行えるため、施設差はあるものの術後数日~1週間程度(長くても2週間以内)で抜去するのが一般的である。必要に応じて膀胱造影で吻合部からの尿漏れがないことを確認してから抜去する。1か月もの留置は尿路感染症のリスクを高め、離床や退院を遅らせるため標準的ではない。
- ×c. 「抗菌薬投与は術直前から術後2週間まで行います」
周術期の予防的抗菌薬は手術部位感染(SSI:surgical site infection)を防ぐためのもので、執刀前(通常は執刀60分以内)に投与を開始し、組織中濃度を手術中に保つことが目的である。尿路を開放する前立腺全摘除術は準清潔手術(clean-contaminated)に分類され、投与は単回~術後24時間以内(長くても48時間以内)とすることが推奨される。2週間もの投与は感染予防効果を高めず、耐性菌の出現や Clostridioides difficile 感染症などの有害事象を増やすため誤りである。
- ×d. 「深部静脈血栓症の予防は術後1日目から行います」
静脈血栓は手術中から形成され始める。特にRARPでは頭低位(トレンデレンブルグ体位)と気腹による腹腔内圧上昇で下肢の静脈還流が低下し、骨盤内操作も加わるため、DVTのリスクがある。そのため弾性ストッキングの着用や間欠的空気圧迫法(フットポンプ)は手術開始時(麻酔導入時)から行い、術後も早期離床まで継続する。リスクが高い場合には術後に抗凝固薬を併用する。予防開始が術後1日目では遅く、誤りである。
- ×e. 「リンパ浮腫への対策は術後6か月から開始します」
骨盤内リンパ節郭清後は下肢や陰部にリンパ浮腫が生じることがある。リンパ浮腫は一度進行すると改善しにくいため、術前から症状や予防法(スキンケア、患肢の挙上、適度な運動、弾性着衣など)を説明し、術後早期から予防とセルフチェックを開始することが重要である。術後6か月まで待つのは誤りである。
限局性前立腺癌の治療選択
限局性前立腺癌では、PSA値・Gleason スコア(グレードグループ)・T分類によるリスク分類と、年齢・期待余命・患者の希望をもとに治療を選ぶ。選択肢には監視療法(active surveillance)、根治的前立腺全摘除術、放射線治療(外照射・小線源療法)などがある。手術は一般に期待余命10年以上が見込める患者に勧められる。
ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術(RARP)
2012年に保険適用となり、現在の日本では前立腺全摘除術の主流である。開腹手術と比べ、出血量が少なく、拡大視野下での精密な吻合や神経温存が可能で、在院日数が短い。一方で、頭低位と気腹に伴う合併症(眼圧上昇、顔面・上気道の浮腫、皮下気腫、換気障害など)に注意を要する。
前立腺全摘除術の主な合併症
・尿失禁:多くは腹圧性で、術後数か月~1年で徐々に改善する。骨盤底筋訓練が回復を早める。改善しない高度の失禁には人工尿道括約筋埋込術などが検討される。 ・勃起障害:前立腺の外側を走る神経血管束が障害されて起こる。癌の広がりから可能な場合は神経温存術を行うが、年齢や術前の性機能によっては回復しないことも多い。射精は(精嚢・精管が切除されるため)精液を伴わなくなる。 ・膀胱尿道吻合部の縫合不全・狭窄、直腸損傷。 ・リンパ節郭清に伴うリンパ嚢腫、下肢リンパ浮腫。 ・深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症。
周術期管理の原則
・予防的抗菌薬:執刀前60分以内に開始し、手術の清潔度に応じて必要最小限の期間とする(準清潔手術では原則24時間以内)。 ・血栓予防:リスク分類に応じて、早期離床・弾性ストッキング・間欠的空気圧迫法・抗凝固療法を組み合わせ、術中から開始する。 ・早期離床・早期リハビリテーション:合併症予防と機能回復の基本である。
POINT
・前立腺全摘除術後の尿失禁には、術後早期(カテーテル抜去後すぐ)からの骨盤底筋訓練が有効である。 ・尿道カテーテルは膀胱尿道吻合部の治癒を待って、数日~1週間程度で抜去するのが一般的である。 ・予防的抗菌薬は執刀前に開始し、準清潔手術では24時間以内で終了する。長期投与は不要である。 ・DVT予防(弾性ストッキング・間欠的空気圧迫法)は手術中から開始する。 ・リンパ浮腫対策は術前の説明と術後早期からの予防が基本である。 ・主な合併症として、尿失禁と勃起障害を必ず術前に説明する。
