StudyMed医師国家試験

耳鳴りの陰に潜む「4,000Hzの谷」―騒音性難聴のオージオグラムを読み解く

第100回医師国家試験 I問題 第4問

国試問題にチャレンジ

第100回 I問題 第4問

56歳の男性。耳鳴りを主訴に来院した。30年以上大型貨物船の機関員として勤務していた。結核と中耳炎との既往はない。脈拍76/分,整。血圧134/86mmHg。鼓膜は左右とも異常を認めず眼振はない。神経学的にも異常はない。血液所見,血液生化学所見および心電図に異常はない。オージオグラムを示す。 考えられるのはどれか。

第100回 I問題 第4問の問題画像
  1. a.正常な骨導聴力
  2. b.老人性難聴
  3. c.伝音性難聴
  4. d.不可逆的な聴力障害
  5. e.会話域の著しい聴力障害

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は耳鳴りで受診した男性のオージオグラムを読む問題だ。注目してほしいのは「長年どんな環境で働いてきたか」という職歴と、聴力がどの周波数で、気導・骨導のどちらで落ちているか、の2点。まずオージオグラム全体を眺めて、どんな形に見えるかな。
医学生医学生
低音から2,000Hzまではほぼ正常なのに、4,000Hzだけガクッと落ちて、8,000Hzでまた戻っています。V字の谷みたいな形です。
ドクタードクター
いい観察だね。4,000Hzを谷とするこのV字型の聴力低下を「c5-dip」と呼ぶ。そして長年の大型船の機関室勤務という強大な騒音環境を合わせると、真っ先に考えるのは騒音性難聴だ。では、この谷は気導だけかな、骨導も落ちているかな。
医学生医学生
4,000Hzでは骨導の記号も気導とほぼ同じ40dB台まで下がっていて、気骨導差はなさそうです。
ドクタードクター
その通り。ここで気導と骨導の意味を確認しておこう。気導はイヤホンで外耳から音を入れるから、外耳・中耳・内耳・それより中枢のすべてを通る経路を評価する。骨導は頭蓋骨の振動で直接内耳を刺激するから、内耳以降の機能を見ている。
医学生医学生
耳鼻科の講義で「骨導が落ちていれば感音、骨導が正常で気導だけ落ちていれば伝音」と習いました。
ドクタードクター
まさにそれ。だから「正常な骨導聴力」は誤りで、4,000Hzで骨導が下がっていることが内耳の障害を示している。同じ理由で伝音性難聴も否定できる。鼓膜は正常で中耳炎の既往もないから、伝音系を疑う材料はないね。
医学生医学生
年齢的に老人性難聴も考えたんですが、高音が落ちるのは同じじゃないんですか。
ドクタードクター
よくある迷いどころだ。加齢性難聴も両側対称性の感音難聴だけど、高い周波数ほど悪くなる右下がり、つまり8,000Hzに向かってどんどん閾値が上がる「高音漸傾型」をとる。今回は8,000Hzで聴力が回復しているから、谷の形が騒音性難聴に特徴的なんだ。
医学生医学生
8,000Hzが戻っているかどうかが見分けのポイントなんですね。では、会話域の著しい聴力障害はどうでしょう。
ドクタードクター
会話の聴き取りに主に関わるのはおおむね500〜2,000Hzの帯域。この患者さんではそこが0〜15dB程度とほぼ正常だから、会話域の障害は著しいとはいえない。だからこそ本人は難聴をあまり自覚せず、耳鳴りを主訴に来ることが多いんだ。
医学生医学生
ということは、正解は不可逆的な聴力障害ですね。騒音で内耳の有毛細胞が傷んでしまうからですか。
ドクタードクター
そう。強大な音で蝸牛の有毛細胞、特に外有毛細胞が変性・脱落する。ヒトの有毛細胞は一度失われると再生しないので、聴力は回復しない。だから騒音性難聴は不可逆的な障害で、治療よりも予防が大切になる。
医学生医学生
そもそも、なぜ4,000Hzあたりがやられやすいんですか。
ドクタードクター
いくつか説があるけれど、外耳道の共鳴によって3,000〜4,000Hz付近の音が増強されて内耳に届くことが一因と考えられている。曝露が続くと谷が深く広がって、周囲の高音域や会話音域にまで障害が及んでいくんだ。
医学生医学生
臨床実習の耳鼻科外来で、工場勤務の方の健診で4,000Hzの低下を指摘されたケースを見ました。あれが早期発見の場だったんですね。
ドクタードクター
そうだね。騒音の多い職場では、騒音源の低減、耳栓やイヤーマフの着用、曝露時間の管理、定期的な聴力健診が対策の柱になる。それから、騒音曝露直後の一時的な閾値上昇(TTS)を繰り返すうちに永続的な閾値上昇(PTS)へ移行する、という流れも覚えておこう。内耳性なので補充現象が陽性になるのも特徴だ。
医学生医学生
コンサートの爆音で急に聞こえにくくなる場合も同じ扱いですか。
ドクタードクター
そこは区別が必要だ。短時間の強大音による急性音響性難聴は、早期にステロイドなどで治療すれば改善の余地がある。慢性の騒音性難聴とは対応が異なるから、急に聞こえが悪くなった患者さんは早めに受診してもらうことが大事だよ。

まとめ

長期の騒音曝露歴があり、両側の4,000Hzに限局したV字型の聴力低下(c5-dip)を示し、気導と骨導がともに低下して気骨導差がない場合は、騒音性難聴(内耳性の感音難聴)と考えます。加齢性難聴は8,000Hzに向かって悪化する高音漸傾型であり、8,000Hzで聴力が回復するc5-dipとは形が異なります。初期は500〜2,000Hzの会話音域が保たれるため難聴の自覚に乏しく、耳鳴りで受診することが多い点も特徴です。障害された有毛細胞は再生しないため聴力障害は不可逆的であり、耳栓などによる予防と定期的な聴力健診による早期発見が何より重要です。オージオグラムの「形」と気導・骨導の関係を読み取る力は、難聴の鑑別全般に役立つ基本技術です。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

・56歳男性、主訴は耳鳴り。 ・30年以上、大型貨物船の機関員(エンジンルームなど強大な騒音環境)として勤務してきた。 ・結核(ストレプトマイシンなどの耳毒性薬物使用の可能性)や中耳炎の既往はない。 ・鼓膜は両側正常で、眼振や神経学的異常はない。

オージオグラムの読み方

・○(右気導)と×(左気導)は、125〜2,000Hzでは0〜15dB程度とほぼ正常範囲にある。 ・4,000Hzでのみ両側とも約40〜45dBまで閾値が上昇し、8,000Hzでは約15dBまで回復している。すなわち4,000Hzを谷とするV字型の聴力低下(c5-dip)である。 ・4,000Hzの骨導閾値([ ]の記号)も気導とほぼ同じ高さまで上昇しており、気導と骨導の差(気骨導差)はない。したがって障害部位は中耳ではなく内耳(感音系)である。

診断

長期の騒音曝露歴、両側対称性の4,000Hz付近に限局した感音難聴(c5-dip)、正常鼓膜という組み合わせから、騒音性難聴(職業性難聴)と診断できる。騒音性難聴は、強大な音響により蝸牛の有毛細胞(特に外有毛細胞)が障害されて生じ、ヒトの有毛細胞は再生しないため聴力障害は不可逆的である。

設問の考え方

選択肢はいずれもオージオグラムの解釈と病態の理解を問うものである。骨導の低下の有無、伝音難聴か感音難聴か、加齢性変化との違い、会話音域が保たれているかをオージオグラムから一つずつ確認すると、正しいのは「不可逆的な聴力障害」だけとなる。

選択肢考察

  1. ×a.  正常な骨導聴力

    4,000Hzでは骨導閾値が約40〜45dBまで上昇しており、正常(おおむね20〜25dB以内)とはいえない。骨導は内耳以降の機能を反映するため、骨導の低下は内耳障害(感音難聴)の存在を示している。

  2. ×b.  老人性難聴

    加齢性(老人性)難聴は両側対称性の感音難聴だが、最も高い周波数から低下し、8,000Hzに向かって閾値が次第に悪くなる右下がり(高音漸傾型)の聴力像を示す。本例は8,000Hzの聴力が回復しており、4,000Hzに限局した谷(c5-dip)であるため、加齢性難聴ではなく騒音性難聴の型である。また56歳という年齢と長期の騒音曝露歴も騒音性難聴を支持する。

  3. ×c.  伝音性難聴

    伝音難聴では骨導は正常で気導のみが低下し、気骨導差が生じる。本例は4,000Hzで気導・骨導がともに同程度に低下して気骨導差がなく、感音難聴である。鼓膜所見が正常で中耳炎の既往もないことも、伝音系の障害を否定する材料となる。

  4. ○d.  不可逆的な聴力障害

    騒音性難聴は、長年の騒音曝露により蝸牛の有毛細胞が変性・脱落して生じる内耳性の感音難聴である。ヒトの有毛細胞は一度失われると再生しないため、聴力は回復しない。騒音曝露が続くと4,000Hzの谷が深く広くなり、周囲の高音域や2,000Hz以下の会話音域へと障害が拡大していく。治療法がないため、耳栓・イヤーマフなどによる予防と定期的な聴力検査による早期発見が重要である。

  5. ×e.  会話域の著しい聴力障害

    会話の聴き取りに主に関わる周波数(会話音域)はおおむね500〜2,000Hzである。本例ではこの帯域の閾値は0〜15dB程度とほぼ正常に保たれており、著しい障害はない。騒音性難聴の初期に本人が難聴を自覚しにくく、耳鳴りで受診することが多いのはこのためである。

オージオグラムの記号

・気導:右は○、左は×。 ・骨導:右は[(または ⊏ 型)、左は](または ⊐ 型)。 ・気導はイヤホンで音を外耳から入れ、外耳・中耳・内耳・聴神経以降すべての経路を評価する。骨導は頭蓋骨の振動で直接内耳を刺激し、内耳以降の機能を評価する。

難聴の分類とオージオグラム

・伝音難聴:骨導正常、気導のみ低下(気骨導差あり)。外耳・中耳の障害(耳垢栓塞、中耳炎、耳硬化症など)。 ・感音難聴:気導・骨導がともに低下し、気骨導差なし。内耳性(騒音性難聴、加齢性難聴、メニエール病、突発性難聴、薬剤性など)と後迷路性(聴神経腫瘍など)に分けられる。 ・混合性難聴:両者の要素をもつ。

騒音性難聴の特徴

・85dB程度以上の騒音への長期曝露で生じやすく、両側性・対称性の感音難聴となることが多い。 ・初期には4,000Hz付近に限局した閾値上昇(c5-dip)がみられる。この周波数が障害されやすい理由として、外耳道の共鳴特性により3,000〜4,000Hz付近の音が増強されて内耳に届くことなどが考えられている。 ・耳鳴りを伴うことが多い。初期は会話音域が保たれるため、難聴の自覚が乏しい。 ・内耳性難聴のため、補充現象(音が少し大きくなると急に過度にうるさく感じる現象)が陽性となる。 ・一時的な閾値上昇(TTS:騒音曝露直後の可逆的な聴力低下)を繰り返すうちに、永続的な閾値上昇(PTS)へ移行する。 ・対策:騒音源の低減、耳栓・イヤーマフの着用、曝露時間の管理、定期的な聴力健診(職場の騒音障害防止対策)。

急性の音響性聴器障害との区別

コンサートや爆発音など短時間の強大音で生じる急性音響外傷は、早期治療(副腎皮質ステロイドなど)で改善する余地がある点で、慢性の騒音性難聴とは扱いが異なる。

POINT

・長期の騒音曝露歴+両側4,000Hzに限局した感音難聴(c5-dip)=騒音性難聴。 ・気導と骨導がともに低下し気骨導差がなければ感音難聴。 ・加齢性難聴は8,000Hzに向かって悪化する高音漸傾型で、8,000Hzで回復するc5-dipとは異なる。 ・会話音域(500〜2,000Hz)は初期には保たれ、耳鳴りで気付かれることが多い。 ・有毛細胞は再生しないため騒音性難聴は不可逆的であり、予防が最重要。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。