脂肪抑制でも消えない白い囊胞―不妊の陰に潜むチョコレート囊胞と腹腔鏡手術
第100回医師国家試験 F問題 第42問
国試問題にチャレンジ
32歳の女性。未経妊。月経痛と3年間の不妊とを主訴に来院した。基礎体温は2相性で,卵管の通過性と性交後試験とに異常を認めない。夫の精液所見は正常。内診で右卵巣が鵞卵大に腫大し,可動性不良である。直腸診でDouglas窩に硬結と圧痛とを認める。超音波検査で右付属器部に径8cm,内容が高輝度の囊胞を認める。血中プロラクチン12ng/mL(基準30以下)。血清CA125 128U/mL(基準35以下)。骨盤部単純MRIのT1強調像(A)と脂肪抑制T1強調像(B)とを示す。 治療として最も適切なのはどれか。

- a.クロミフェン療法
- b.ゴナドトロピン療法
- c.ブロモクリプチン療法
- d.体外受精・胚移植
- e.腹腔鏡下卵巣囊胞摘出術
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
月経痛と不妊に、Douglas窩の硬結・圧痛、CA125上昇、付属器の囊胞がそろえば子宮内膜症とチョコレート囊胞を考えます。MRIでT1強調像の高信号が脂肪抑制でも保たれれば出血成分であり、信号が消える皮様囊腫と区別できます。排卵やプロラクチンが正常なら排卵誘発薬やドパミン作動薬の適応はなく、挙児希望のある若年女性の大きなチョコレート囊胞には、病理診断・疼痛改善・妊孕性向上を兼ねて卵巣を温存する腹腔鏡下囊胞摘出術を行います。一方で卵巣予備能の低下や、明細胞癌・類内膜癌の発生母地となる点にも注意が必要です。不妊の原因を因子ごとに整理し、画像で囊胞の中身を見極める考え方は、婦人科診療の基本として身につけておきたい視点です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・32歳、未経妊。主訴は月経痛(月経困難症)と3年間の不妊。 ・基礎体温は2相性であり、排卵は起きていると考えられる。卵管の通過性、性交後試験(Huhner試験:性交後の頸管粘液中で運動精子を確認する検査)、夫の精液所見はいずれも正常であり、排卵因子・卵管因子・頸管因子・男性因子は否定的である。 ・内診で右卵巣が鵞卵大に腫大し可動性不良、直腸診でDouglas窩(子宮と直腸の間の腹膜のくぼみ)に硬結と圧痛を認める。可動性不良とDouglas窩の硬結は、子宮内膜症による骨盤内癒着を強く示唆する所見である。 ・超音波で右付属器に径8cm、内容が高輝度(均一なすりガラス状)の囊胞。 ・血中プロラクチンは基準内で、高プロラクチン血症はない。 ・CA125は128U/mLと上昇している。CA125は卵巣癌の腫瘍マーカーであるが、子宮内膜症でも上昇することが多い。 ・MRIでは、T1強調像で囊胞内容が高信号を示し、脂肪抑制T1強調像でも高信号のまま保たれている。
診断のプロセス
T1強調像で高信号を示す囊胞内容は、主に「脂肪」か「血液(メトヘモグロビン)」である。脂肪抑制をかけて信号が低下すれば脂肪を含む成熟囊胞性奇形腫(皮様囊腫)、脂肪抑制でも高信号が残れば出血成分と判断できる。本例は後者であり、月経痛、不妊、Douglas窩の硬結・圧痛、CA125上昇と合わせて、右卵巣の子宮内膜症性囊胞(チョコレート囊胞)と診断できる。不妊の他の主要因子が否定されていることから、不妊の原因も子宮内膜症(癒着による卵管采の捕捉障害、腹腔内環境の変化など)と考えるのが自然である。
治療の考え方
本例では排卵もプロラクチンも正常なので、排卵誘発薬や高プロラクチン血症の治療薬を使う理由はない。挙児を希望する若年女性で、径8cmと大きな内膜症性囊胞があり、月経痛などの症状も強いことから、まず腹腔鏡下手術で囊胞を摘出し、同時に癒着剥離や腹膜病変の焼灼を行うのが最も適切である。手術により病理組織診断が得られ悪性を除外できること、疼痛が軽減すること、術後に自然妊娠率の改善が期待できることが利点である。腹腔鏡は開腹に比べ侵襲が小さく、術後癒着も少ないため妊孕性の温存に適している。
選択肢考察
- ×a. クロミフェン療法
クロミフェンは視床下部のエストロゲン受容体を遮断してGnRH・ゴナドトロピン分泌を増やす経口の排卵誘発薬で、第1度無月経や無排卵周期症など、ある程度のエストロゲン分泌が保たれている排卵障害に用いる。本例は基礎体温が2相性で排卵が確認されており、排卵誘発の適応はない。また内膜症性囊胞そのものを治療する効果もない。
- ×b. ゴナドトロピン療法
hMG(ヒト閉経期ゴナドトロピン)やFSH製剤で卵胞を発育させ、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)で排卵を惹起する治療で、クロミフェンが無効な排卵障害や第2度無月経に用いる。本例は排卵障害がないため適応にならず、卵巣を強く刺激することは内膜症の治療にもならない。なお子宮内膜症の薬物療法では、逆にゴナドトロピン分泌を抑えるGnRHアゴニスト・アンタゴニストを用いる。
- ×c. ブロモクリプチン療法
ブロモクリプチンはドパミン作動薬で、プロラクチン分泌を抑制する。高プロラクチン血症による無月経・排卵障害・乳汁漏出の治療に用いる。本例のプロラクチンは12ng/mLと基準内であり、適応はない。子宮内膜症にも効果はない。
- ×d. 体外受精・胚移植
体外受精・胚移植(IVF-ET)は、両側卵管閉塞などの高度な卵管因子、重度の男性因子、他の治療で妊娠に至らない難治性不妊などに行う。子宮内膜症合併不妊でも最終的に選択されることはあるが、本例は径8cmの大きな内膜症性囊胞と強い月経痛があり、悪性の除外も必要である。また大きな囊胞は採卵の妨げや穿刺時の感染(卵巣膿瘍)の原因にもなる。まずは囊胞に対する手術を優先すべきであり、最初の治療としては適切でない。
- ○e. 腹腔鏡下卵巣囊胞摘出術
挙児希望のある若年女性の大きな卵巣子宮内膜症性囊胞に対する標準的な初期治療である。腹腔鏡下に囊胞壁を正常卵巣組織から剥離して摘出する(核出術)ことで、病理診断による悪性の除外、疼痛の改善、術後の自然妊娠率の向上が期待できる。同時に癒着剥離や腹膜内膜症病変の焼灼・蒸散も行える。囊胞壁を摘出せず内容を吸引して壁をレーザー蒸散・電気凝固する方法もあるが、摘出術の方が再発が少ないとされる。卵巣を温存するため、患側の付属器摘出は行わない。
子宮内膜症の概要
子宮内膜に類似した組織が子宮外(卵巣、Douglas窩、仙骨子宮靱帯、膀胱子宮窩など)で増殖・出血を繰り返す、エストロゲン依存性の疾患である。生殖年齢女性の約10%にみられ、主症状は月経困難症、慢性骨盤痛、性交痛、排便痛、不妊である。不妊症女性の3〜5割に子宮内膜症を認めるとされる。
卵巣子宮内膜症性囊胞(チョコレート囊胞)
卵巣内に古い血液が貯留し、チョコレート色の粘稠な内容液を持つ囊胞である。 ・超音波:内部に均一な細かいエコー(すりガラス状)を認める。 ・MRI:T1強調像で高信号、脂肪抑制T1強調像でも高信号(出血)。T2強調像では、繰り返す出血で濃縮した内容のため信号が低下する「shading」がみられることが特徴的である。 ・腫瘍マーカー:CA125が軽〜中等度上昇することが多い。 ・悪性化:卵巣明細胞癌・類内膜癌の発生母地となる。特に40歳以上、径10cm前後以上の囊胞、囊胞内の充実部分(造影される壁在結節)の出現は悪性化を疑う所見である。
MRIでのT1高信号囊胞の鑑別
・脂肪抑制で信号低下 → 脂肪 → 成熟囊胞性奇形腫(皮様囊腫) ・脂肪抑制でも高信号 → 血液 → 子宮内膜症性囊胞、出血性黄体囊胞など
子宮内膜症の治療の選択
・挙児希望がなく疼痛が主体:低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(LEP)、黄体ホルモン製剤(ジエノゲスト)、GnRHアゴニスト・アンタゴニスト、NSAIDsなどの薬物療法。薬物療法は排卵を抑えるため、妊娠を目指す期間には使えない。 ・挙児希望があり大きな囊胞がある:腹腔鏡下囊胞摘出術(核出術)で卵巣を温存する。術後は妊娠しやすい時期を逃さないよう、早めに妊娠を試みる(必要に応じて人工授精や体外受精へステップアップ)。 ・挙児希望がなく症状が強い、閉経が近い、悪性が疑われる:付属器摘出術や子宮全摘術などの根治手術も検討する。
不妊症の主な原因と治療
・排卵因子:クロミフェン、ゴナドトロピン療法(高プロラクチン血症ならドパミン作動薬) ・卵管因子:卵管形成術、体外受精・胚移植 ・子宮内膜症:腹腔鏡手術、生殖補助医療 ・男性因子:人工授精、顕微授精など
POINT
・月経痛+不妊+Douglas窩の硬結・圧痛+CA125上昇+付属器囊胞 → 子宮内膜症・チョコレート囊胞を考える。 ・MRIでT1高信号かつ脂肪抑制T1でも高信号 → 出血成分 → チョコレート囊胞(脂肪抑制で信号が消えれば皮様囊腫)。 ・排卵あり・プロラクチン正常なら、排卵誘発薬やドパミン作動薬の適応はない。 ・挙児希望の若年女性の大きなチョコレート囊胞には、卵巣を温存する腹腔鏡下囊胞摘出術を行う。 ・チョコレート囊胞は卵巣明細胞癌・類内膜癌の発生母地となることにも注意する。
