「ただの腰痛」に潜む影―高齢者の背部痛から膵体部癌とCA19-9へ
第100回医師国家試験 F問題 第30問
国試問題にチャレンジ
69歳の男性。2か月前から持続する背部の鈍痛を主訴に来院した。腹部と背部とに異常を認めない。腹部造影CTを示す。 診断に有用な腫瘍マーカーはどれか。

- a.AFP
- b.CA19-9
- c.SCC
- d.NSE
- e.PSA
対話形式の解説
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医学生まとめ
高齢者で身体所見に乏しい持続性の背部痛は、後腹膜にある膵臓の悪性腫瘍、とくに黄疸を来しにくい膵体尾部癌を疑う手がかりになります。膵管癌は線維性間質が豊富なため造影CTで乏血性の低吸収腫瘤として描出され、腫瘍より尾側の主膵管拡張を伴います。膵癌の代表的な腫瘍マーカーはCA19-9で、AFPは肝細胞癌、SCCは扁平上皮癌、NSEは肺小細胞癌や神経芽腫、PSAは前立腺癌に対応します。ただしCA19-9は良性の胆道疾患でも上昇し、Le(a−b−)の人では上昇しないため、画像診断や組織診と組み合わせて評価する必要があります。腫瘍マーカーを臓器・組織型と対応づけ、その限界まで理解しておくことは、日常診療で検査を正しく使いこなす基盤になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
69歳の男性が、2か月続く背部の鈍痛を訴えている。腹部・背部の診察では異常を認めない。高齢者で、身体所見に乏しいのに持続する背部痛がある場合、整形外科的な疾患だけでなく、後腹膜に位置する臓器、とくに膵臓の悪性腫瘍を必ず念頭に置く必要がある。膵臓は後腹膜臓器であり、腫瘍が膵周囲の神経叢へ浸潤すると、体動と関係の乏しい持続的な背部痛を生じる。
画像の読み方
腹部造影CTでは、膵体部に周囲の膵実質より造影効果の乏しい(低吸収の)腫瘤を認め、その尾側(末梢側)の主膵管が拡張している。膵管癌(浸潤性膵管癌)は線維性間質が豊富で血流が乏しいため、造影CTで乏血性の低吸収腫瘤として描出されるのが典型である。また腫瘍が主膵管を閉塞すると、それより上流(尾側)の膵管が拡張する。以上から膵体部癌と診断できる。
設問の考え方
膵癌で最も広く用いられる血清腫瘍マーカーはCA19-9(糖鎖抗原19-9)である。各選択肢の腫瘍マーカーが、どの腫瘍の診断・経過観察に用いられるかを対応づけて考えれば正解に至る。なお、膵体尾部癌は膵頭部癌と異なり胆管を閉塞しにくいため黄疸で発見されることが少なく、本例のように背部痛などで見つかったときには進行していることが多い。
選択肢考察
- ×a. AFP
AFP(α-fetoprotein、α-フェトプロテイン)は胎児期に肝臓や卵黄嚢で産生される糖蛋白で、成人では主に肝細胞癌の腫瘍マーカーとして用いられる。そのほか卵黄嚢腫瘍(胚細胞腫瘍の一つ)や肝芽腫でも上昇し、慢性肝炎・肝硬変でも軽度上昇することがある。膵癌の診断には用いられない。
- ○b. CA19-9
CA19-9(carbohydrate antigen 19-9)は消化器癌、とくに膵癌で高率に上昇する糖鎖抗原で、膵癌の約70〜80%で陽性となる。本例は画像から膵体部癌が考えられるため、診断の補助や治療効果判定・再発の監視に有用なのはCA19-9である。ただし、ルイス式血液型でLe(a−b−)の人(日本人の約1割)ではCA19-9を合成できないため、膵癌があっても上昇しない。また胆管炎や閉塞性黄疸などの良性疾患でも上昇するため、単独での確定診断はできず、画像検査と組み合わせて評価する。
- ×c. SCC
SCC(squamous cell carcinoma antigen、扁平上皮癌関連抗原)は扁平上皮癌の腫瘍マーカーであり、子宮頸癌、食道癌、肺扁平上皮癌、頭頸部癌、皮膚癌などで上昇する。膵癌の大部分は腺癌(浸潤性膵管癌)であり、SCCは膵癌の診断に用いない。
- ×d. NSE
NSE(neuron-specific enolase、神経特異エノラーゼ)は神経細胞や神経内分泌細胞に存在する解糖系酵素で、肺小細胞癌や神経芽腫の腫瘍マーカーとして用いられる。膵臓の腫瘍でも神経内分泌腫瘍では上昇しうるが、本例のような乏血性の膵管癌の診断に用いるマーカーではない。
- ×e. PSA
PSA(prostate-specific antigen、前立腺特異抗原)は前立腺上皮から分泌される蛋白で、前立腺癌のスクリーニングや治療後の経過観察に用いられる。臓器特異性が高く、膵癌とは関係しない。なお前立腺肥大症や前立腺炎でも上昇することがある。
膵癌の概要
膵癌の大部分(約9割)は膵管上皮から発生する浸潤性膵管癌(腺癌)である。危険因子として、膵癌の家族歴、喫煙、糖尿病(とくに新規発症や急な増悪)、慢性膵炎、肥満、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)などが知られる。早期には症状が乏しく、発見時には進行していることが多い予後不良の癌である。
部位による症状の違い
・膵頭部癌: 総胆管を圧排・閉塞しやすく、閉塞性黄疸で発見されることが多い。無痛性に腫大した胆嚢を触知するCourvoisier徴候がみられることがある。 ・膵体尾部癌: 胆管から離れているため黄疸が出にくく、腹痛・背部痛、体重減少、糖尿病の悪化などを契機に見つかることが多い。背部痛は後腹膜の神経叢浸潤を示唆し、進行例であることが多い。
画像所見
造影CTで乏血性の低吸収腫瘤、腫瘍より尾側の主膵管拡張、膵頭部癌では胆管拡張(膵管と胆管がともに拡張するdouble duct sign)などがみられる。確定診断には超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)などによる組織診・細胞診が行われる。
主な腫瘍マーカーの整理
・AFP、PIVKA-II: 肝細胞癌 ・CEA: 大腸癌をはじめとする消化器腺癌、肺腺癌など(膵癌でも上昇しうる) ・CA19-9: 膵癌、胆道癌 ・DUPAN-2、SPan-1: 膵癌(CA19-9と並んで用いられる) ・CA125: 卵巣癌 ・SCC: 扁平上皮癌(子宮頸部、食道、肺、頭頸部など) ・CYFRA(サイトケラチン19フラグメント): 肺扁平上皮癌 ・NSE、ProGRP: 肺小細胞癌(NSEは神経芽腫でも) ・PSA: 前立腺癌 ・hCG: 絨毛癌、胚細胞腫瘍
腫瘍マーカーの限界
腫瘍マーカーは早期癌では陽性率が低く、良性疾患でも上昇することがあるため、スクリーニングや単独での確定診断には向かない。主な役割は画像診断の補助、治療効果の判定、再発の監視である。
POINT
・高齢者の持続する背部痛で身体所見に乏しい場合は、膵体尾部癌を疑う。 ・膵癌は造影CTで乏血性(低吸収)の腫瘤と、腫瘍より尾側の主膵管拡張を示す。 ・膵癌の代表的な腫瘍マーカーはCA19-9(ほかにCEA、DUPAN-2、SPan-1)。 ・Le(a−b−)の人ではCA19-9が上昇しない。 ・AFP=肝細胞癌、SCC=扁平上皮癌、NSE=肺小細胞癌・神経芽腫、PSA=前立腺癌。
