不整な脈と脳梗塞の既往―心房細動治療の二本柱「抗凝固」と「心拍数調節」
第100回医師国家試験 F問題 第20問
国試問題にチャレンジ
72歳の女性。動悸を主訴に来院した。数年前から労作時の動悸を自覚していた。脳梗塞の既往がある。脈拍104/分,不整。血圧130/74mmHg。心尖部を最強点とする2/6度の全収縮期雑音を聴取する。心電図を示す。 治療薬として適切なのはどれか。2つ選べ。

- a.ワルファリン
- b.ジギタリス
- c.アトロピン
- d.リドカイン
- e.ドパミン
対話形式の解説
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医学生まとめ
脈の不整に加え、心電図でP波の消失、f波、R-R間隔の完全な不整を認めれば心房細動と診断でき、心尖部の全収縮期雑音は左房拡大をもたらす僧帽弁閉鎖不全症の存在を示唆します。心房細動の治療は、左房内血栓による心原性脳塞栓症を防ぐ抗凝固療法と、房室伝導を抑えて心室拍数を下げるレートコントロールが二本柱であり、脳卒中既往はCHADS2スコアで2点となるため抗凝固療法の適応です。ワルファリンはPT-INRで用量を調整する抗凝固薬、ジギタリスは迷走神経を介して房室結節の伝導を抑える薬で、いずれも本例に適しています。一方、アトロピンは徐脈、リドカインは心室性不整脈、ドパミンはショックに用いる薬で、頻脈性心房細動には適しません。現在はDOACやβ遮断薬が中心になりつつあるものの、各薬剤の作用機序から適否を判断する力は、不整脈診療の基本として欠かせません。
解答・解説
正解はa, bです
所見の整理
・72歳女性。数年前から労作時の動悸があり、慢性的な不整脈の存在が疑われる。 ・脳梗塞の既往がある。心房細動に伴う心原性脳塞栓症の可能性を考えるべき重要な病歴である。 ・脈拍104/分で不整。頻脈かつ絶対性不整脈(リズムに規則性がまったくない脈)である。 ・心尖部を最強点とする2/6度の全収縮期雑音: 心尖部で聴こえる全収縮期雑音は僧帽弁閉鎖不全症(MR)の典型である。MRでは左房に逆流した血液で左房が拡大し、これが心房細動の発生・持続の土台になる。 ・心電図: P波が消失し、基線は細かく不規則に揺れ(f波、細動波)、R-R間隔が全く不規則である。心房細動(AF)の所見である。
診断
僧帽弁閉鎖不全症を背景とした、心室応答の速い(頻脈性)心房細動と診断できる。脳梗塞既往は心房細動による心原性塞栓症の既往と考えるのが自然である。
治療の考え方
心房細動の治療は大きく二本柱である。 1. 脳梗塞(心原性脳塞栓症)の予防: 心房細動では心房が有効に収縮しないため、左房、特に左心耳で血流がよどみ血栓ができやすい。血栓が剝がれて脳動脈に詰まると広範な脳梗塞を起こす。脳塞栓リスクはCHADS2スコア(心不全1点、高血圧1点、75歳以上1点、糖尿病1点、脳卒中・一過性脳虚血発作(TIA)の既往2点)で評価する。本例は脳梗塞既往だけで2点となり高リスクであり、抗凝固療法の適応である。 2. 心拍数コントロール(レートコントロール): 心房からの無秩序な興奮が房室結節を通って心室へ伝わるため、房室伝導が速いと頻脈になり、動悸や心機能低下の原因となる。房室結節の伝導を抑える薬で心室拍数を下げる。 したがって本例で適切なのは、抗凝固薬(ワルファリン)と、房室伝導を抑えて心拍数を下げる薬(ジギタリス)である。徐脈治療薬、心室性不整脈の薬、昇圧・陽性変力薬は適切ではない。
選択肢考察
- ○a. ワルファリン
ワルファリンはビタミンK拮抗薬で、肝臓でのビタミンK依存性凝固因子(II、VII、IX、X)の産生を抑えて抗凝固作用を示す。心房細動では左房内血栓ができやすく、本例は脳梗塞既往がありCHADS2スコア2点以上の高リスク例なので、塞栓症予防の抗凝固療法が必要である。効果は個人差や食事(ビタミンKを多く含む納豆・青汁など)、併用薬の影響を受けやすいため、プロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)で用量を調節する。日本では70歳以上の非弁膜症性心房細動でPT-INR 1.6〜2.6程度を目標とすることが多い。現在は直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)も広く用いられるが、選択肢の中で抗凝固薬はワルファリンのみであり、適切である。
- ○b. ジギタリス
ジギタリス(ジゴキシン)は迷走神経刺激作用により房室結節の伝導を遅らせ、心房細動の心室応答を減らして心拍数を下げる(レートコントロール)。また、Na+/K+-ATPase阻害により細胞内Ca2+を増やし心収縮力を高める陽性変力作用ももつため、MRなど心機能が低下しやすい例でも使いやすい。本例は脈拍104/分の頻脈性心房細動で動悸を訴えており、心拍数調節薬として適切である。なお中毒(悪心、視覚異常、徐脈、各種不整脈)に注意し、低K血症や腎機能低下で中毒が起こりやすくなる。
- ×c. アトロピン
アトロピンは抗コリン薬で、迷走神経の作用を遮断して洞結節の自動能と房室伝導を促進する。症候性の洞徐脈や房室ブロックなど徐脈の治療に用いる。頻脈性心房細動に使うと房室伝導が速くなり、心拍数がさらに上がるため不適切である。
- ×d. リドカイン
リドカインはVaughan Williams分類Ib群のNaチャネル遮断薬で、主に心室の心筋に作用し、心室頻拍や心室性期外収縮などの心室性不整脈に用いる。心房筋や房室結節への作用は乏しく、心房細動の心拍数調節にも洞調律化にも効果は期待できない。
- ×e. ドパミン
ドパミンはカテコラミンで、用量に応じてドパミン受容体、β1受容体、α1受容体を刺激し、心拍数と心収縮力を上げ、昇圧作用を示す。ショックや低心拍出状態で用いる点滴静注薬であり、本例のように血圧が保たれた頻脈性心房細動に使うと心拍数をさらに上げ、逆効果である。
心房細動の心電図
・P波の消失 ・基線の細かく不規則な揺れ(f波、350〜600/分程度) ・R-R間隔の完全な不整(絶対性不整脈)
心房細動の治療の柱
1. 抗凝固療法(脳塞栓予防) ・CHADS2スコア: C 心不全(1)、H 高血圧(1)、A 年齢75歳以上(1)、D 糖尿病(1)、S2 脳卒中・TIA既往(2)。点数が高いほど脳梗塞リスクが高い。かつては2点以上で抗凝固療法の適応とされたが、現在の日本のガイドラインでは1点以上で抗凝固療法が推奨される。 ・薬剤: ワルファリン(PT-INRで調整)と直接作用型経口抗凝固薬(DOAC: ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)。僧帽弁狭窄症(リウマチ性)を伴う心房細動と機械弁置換後はワルファリンを用い、DOACは使わない。それ以外の、いわゆる非弁膜症性心房細動(僧帽弁閉鎖不全症を伴う例も含む)では、出血が少なく使いやすいDOACが第一選択となることが多い。 ・抗血小板薬(アスピリン)は心房細動の脳塞栓予防には推奨されない。 2. レートコントロール(心拍数調節) ・β遮断薬、非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬(ベラパミル、ジルチアゼム)、ジギタリス。現在はβ遮断薬が中心で、心不全を伴う例ではジギタリスも併用される。 3. リズムコントロール(洞調律化) ・抗不整脈薬(Ia・Ic・III群)、電気的除細動、カテーテルアブレーション。持続時間が48時間以上または不明な場合は、除細動の前に抗凝固療法を行うか、経食道心エコーで左房内血栓がないことを確認する。
僧帽弁閉鎖不全症と心房細動
MRでは左房に逆流した血液による容量負荷で左房が拡大し、心房細動を合併しやすい。心尖部の全収縮期雑音で腋窩に放散するのが典型である。
POINT
・脈の不整、P波消失、f波、R-R間隔の完全な不整 → 心房細動。 ・心房細動の治療は「抗凝固(塞栓予防)」と「心拍数調節」が二本柱。 ・脳梗塞既往はCHADS2で2点 → 抗凝固療法の適応(ワルファリンやDOAC)。 ・心拍数調節にはジギタリス、β遮断薬、非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬。 ・アトロピンは徐脈、リドカインは心室性不整脈、ドパミンはショックの薬で、頻脈性心房細動には不適。
