ゆるい便は健康のしるし?―母乳栄養と人工栄養の違いを腸内細菌から読み解く
第100回医師国家試験 E問題 第8問
国試問題にチャレンジ
人工栄養と比べて母乳栄養で正しいのはどれか。
- a.便が軟らかい。
- b.蛋白の代謝負担が多い。
- c.アレルギーの発症が多い。
- d.呼吸器感染症の罹患率が高い。
- e.乳児ビタミンK欠乏症の頻度が低い。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
母乳栄養では乳糖やオリゴ糖によりビフィズス菌が優位となり、便は酸性・黄色で軟らかく回数が多くなります。母乳は蛋白質やミネラルが控えめで腎溶質負荷が小さく、分泌型IgA・ラクトフェリン・リゾチームなどの感染防御因子により消化器・呼吸器感染症や中耳炎が少なくなります。一方で、ビタミンKが少なく腸内のビタミンK産生菌も少ないため、乳児ビタミンK欠乏性出血症が起こりやすく、ビタミンK2シロップによる予防が行われます。母乳性黄疸、HTLV-1やHIV・薬物の移行、長期化による鉄欠乏性貧血といった注意点もあわせて理解しておくと、乳児健診や保護者指導の場で正確な助言ができます。
解答・解説
正解はaです
問われていること
母乳栄養と人工栄養(育児用調製粉乳、いわゆる粉ミルク)を比較し、母乳栄養の特徴として正しいものを選ぶ問題である。
考え方
母乳は、乳児の未熟な消化・腎機能に合った組成をもち、さらに感染防御因子を含む「生きた栄養」である。母乳栄養の長所と短所を整理しておくと解きやすい。 長所 ・消化吸収がよく、蛋白質やミネラルの量が控えめで、腎臓など代謝への負担が小さい。 ・分泌型IgA(sIgA)、ラクトフェリン、リゾチーム、白血球などの感染防御因子を含み、消化器・呼吸器感染症や中耳炎にかかりにくい。 ・オリゴ糖などがビフィズス菌の増殖を促し、腸内細菌叢がビフィズス菌優位となる。その結果、便は酸性で軟らかく、黄色で回数が多い。 ・異種蛋白(牛乳由来の蛋白)を含まないため、牛乳アレルギーの感作を受けにくい。 ・母子の愛着形成を促し、経済的で調乳の手間もいらない。 短所・注意点 ・ビタミンKの含有量が少なく、乳児ビタミンK欠乏性出血症を起こしやすい。 ・母乳性黄疸(遷延性黄疸)がみられることがある。 ・母親が摂取した薬物、アルコール、環境汚染物質(PCBなど)が移行しうる。また、HTLV-1やHIVなどのウイルスが母乳を介して感染しうる。 ・離乳が遅れて母乳栄養が長引くと、鉄欠乏性貧血をきたしやすい。 これらと照らし合わせると、母乳栄養の特徴として正しいのは「便が軟らかい」である。
選択肢考察
- ○a. 便が軟らかい。
正しい。母乳には乳糖やオリゴ糖が豊富に含まれ、腸内でビフィズス菌が優位に増殖する。ビフィズス菌が乳酸や酢酸を産生するため便は酸性(pH 5前後)となり、黄色で酸っぱいにおいのある軟らかい便が、1日に何回も出る。これに対し人工栄養児では、大腸菌などの割合が相対的に多く、便はやや硬めで色が淡く、回数も少ない傾向がある。母乳栄養児の軟便は生理的なもので、下痢と誤認しないことが大切である。
- ×b. 蛋白の代謝負担が多い。
誤り。母乳の蛋白質含量は約1.1 g/dLと少なく(牛乳は約3.3 g/dL)、消化しやすい乳清蛋白(ホエイ)の割合が多い。育児用ミルクは牛乳を原料として母乳に近づけるよう調整されているが、それでも蛋白質は母乳よりやや多い。母乳は蛋白質やミネラルが控えめなため、未熟な腎臓にかかる溶質負荷(腎溶質負荷)も小さい。したがって代謝の負担が少ないのは母乳栄養のほうである。
- ×c. アレルギーの発症が多い。
誤り。人工栄養は牛乳由来の蛋白質(β-ラクトグロブリンなど、ヒトにとっての異種蛋白)を含むため、牛乳アレルギーの原因となりうる。母乳栄養でアレルギーの発症が多くなることはない。ただし、母乳栄養がアレルギー疾患全般を予防する効果については、かつて強調されていたほど明確ではないとする見解が現在は多く、特に食物アレルギーの予防効果は十分に証明されていない。いずれにしても「母乳栄養のほうが多い」という記述は誤りである。
- ×d. 呼吸器感染症の罹患率が高い。
誤り。母乳、とくに分娩後数日間に分泌される初乳には、分泌型IgA、ラクトフェリン(鉄と結合して細菌の増殖を抑える)、リゾチーム(細菌の細胞壁を分解する)、マクロファージなどの感染防御因子が豊富に含まれる。これにより、母乳栄養児は人工栄養児に比べて胃腸炎などの消化器感染症や、呼吸器感染症、中耳炎の罹患率が低いことが示されている。
- ×e. 乳児ビタミンK欠乏症の頻度が低い。
誤り。母乳はビタミンKの含有量が少ないうえ、母乳栄養児の腸内ではビタミンKを産生する大腸菌などの細菌が少なく、ビフィズス菌が優位である。さらに新生児では胎盤を通じたビタミンKの移行が乏しく、肝臓の蓄えも少ない。このため母乳栄養児では、ビタミンK依存性凝固因子(第II・VII・IX・X因子)が不足し、生後1〜2か月ごろに頭蓋内出血などを起こす乳児ビタミンK欠乏性出血症の頻度が高い。育児用ミルクにはビタミンKが強化されているため、人工栄養児ではまれである。予防として、ビタミンK2シロップを出生時、生後1週(または産科退院時)、1か月健診時に内服させる方法が広く行われてきた。近年は、生後3か月まで週1回投与する方法も推奨されている。
母乳と牛乳(人工栄養の原料)の組成の違い
・蛋白質:母乳約1.1 g/dL、牛乳約3.3 g/dL。母乳は乳清蛋白が多く、牛乳はカゼインが多い(カゼインは胃内で凝固しやすく消化に時間がかかる)。 ・乳糖:母乳のほうが多い。 ・ミネラル(ナトリウム、カルシウム、リンなど):牛乳のほうが多く、腎溶質負荷が大きい。 ・鉄:量はどちらも少ないが、母乳の鉄は吸収率が高い。 ・ビタミンK:母乳は少ない(育児用ミルクには添加されている)。 ・ビタミンD:母乳は少なく、母乳栄養児ではくる病の一因となりうる。
初乳
分娩後数日間に分泌される黄色く粘稠な乳汁で、成乳に比べて蛋白質(特に分泌型IgA)、ラクトフェリン、白血球が多く、乳糖と脂肪は少ない。感染防御の面で特に重要である。
母乳栄養が勧められない、または注意が必要な場合
・母親がHTLV-1陽性:母乳を介した感染予防のため、完全人工栄養や短期母乳栄養などの選択肢を説明する。 ・母親がHIV陽性:日本では原則として人工栄養とする。 ・母親が授乳中に避けるべき薬剤(抗悪性腫瘍薬など)を使用している場合 ・児がガラクトース血症などの先天代謝異常症をもつ場合
母乳性黄疸
母乳栄養児で生後2週以降も黄疸(間接ビリルビン優位)が続くことがある。多くは自然に軽快し、原則として母乳を中止する必要はない。ただし遷延性黄疸では、直接ビリルビン高値を示す胆道閉鎖症などを見逃さないよう鑑別することが重要である。
POINT
・母乳栄養児の便:ビフィズス菌優位で酸性、黄色、軟らかく回数が多い。 ・母乳は蛋白質・ミネラルが少なく、代謝・腎臓への負担が小さい。 ・母乳には感染防御因子(分泌型IgA、ラクトフェリン、リゾチームなど)が含まれ、消化器・呼吸器感染症が少ない。 ・人工栄養は牛乳蛋白(異種蛋白)を含み、牛乳アレルギーの原因となりうる。 ・母乳栄養の短所:ビタミンK欠乏性出血症(ビタミンK2シロップで予防)、母乳性黄疸、ウイルス(HTLV-1、HIV)・薬物の移行、長期化による鉄欠乏性貧血。
