叩けば分かる横隔膜の高さ―肺肝境界が下がる病態を読み解く
第100回医師国家試験 E問題 第19問
国試問題にチャレンジ
肺肝境界の下降で最も考えられるのはどれか。
- a.胸膜炎
- b.肺気腫
- c.右心不全
- d.急性肝炎
- e.アルコール性肝障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
肺肝境界は右鎖骨中線上で肺の清音が肝の濁音に変わる点で、右横隔膜のおおよその高さを反映し、正常では第5肋間〜第6肋骨付近にあります。肺気腫ではエアトラッピングによる肺の過膨張で横隔膜が押し下げられ、肺肝境界が下降するとともに呼吸性移動も減少します。胸膜炎や右心不全では胸水が肝濁音の上に重なって境界が見かけ上上昇し、急性肝炎やアルコール性肝障害による肝腫大も下降の原因にはなりません。肝濁音界の消失は消化管穿孔の遊離ガスなどでもみられ、打診所見は横隔膜や腹腔内の状態を推測する手がかりになります。打診所見を解剖と病態生理に結びつけて理解することは、身体診察の精度を高める基本です。
解答・解説
正解はbです
肺肝境界とは、右鎖骨中線上を上から下へ打診していったとき、含気のある肺による清音(共鳴音)が、実質臓器である肝による濁音に変わる位置をいう。これは肝濁音界の上縁にあたり、右横隔膜の高さをおおまかに反映する。正常では安静呼気位でおよそ第5肋間〜第6肋骨の高さにあり、深吸気と深呼気でおよそ4〜6 cm 上下に移動する(横隔膜の可動域を反映する)。 肺肝境界の位置を変える要因は、大きく次のように整理できる。 ・下降させる要因: 肺の過膨張で横隔膜が押し下げられる(肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患、気管支喘息発作時など)、右気胸、肝と横隔膜の間に腸管が入り込む(Chilaiditi 症候群)など。 ・上昇させる(見かけ上を含む)要因: 胸水(肝濁音の上に胸水の濁音が連続する)、肝腫大、腹水・鼓腸・妊娠などによる横隔膜挙上、右横隔神経麻痺、右下葉の無気肺など。 本問の選択肢のうち、肺の過膨張によって横隔膜を押し下げ、肺肝境界を下降させる疾患は肺気腫である。その他の選択肢は、胸水や肝腫大により肺肝境界を上昇させるか、少なくとも下降させる方向には働かない。
選択肢考察
- ×a. 胸膜炎
胸膜炎では胸水が貯留しやすい。胸水は液体であるため打診で濁音を呈し、肝濁音のすぐ上に胸水による濁音が連続する。その結果、清音から濁音に変わる位置は肝の本来の上縁より高くなり、肺肝境界は見かけ上上昇する。胸水がなければ位置は大きく変わらない。いずれにしても下降の原因とはならない。
- ○b. 肺気腫
肺気腫では肺胞壁が破壊されて肺の弾性収縮力が失われ、呼気時に末梢気道が虚脱して空気が肺内にとどまる(エアトラッピング)。その結果、肺は過膨張となり、横隔膜が押し下げられて平低化する。これに伴い肝も下方へ押しやられるため、肺肝境界は下降する。加えて、横隔膜の可動性が低下するため、深吸気と深呼気での肺肝境界の移動幅も小さくなる。胸部X線では横隔膜の平低化、肋間腔の開大、滴状心などを認める。よって肺肝境界の下降を最もきたしやすいのは肺気腫であり、正解である。
- ×c. 右心不全
右心不全では体静脈系にうっ血が生じ、うっ血肝による肝腫大をきたす。また胸水が貯留することも多い。肝腫大や胸水はいずれも肺肝境界を上昇させる方向に働くため、下降の原因とは考えにくい。
- ×d. 急性肝炎
急性肝炎では肝細胞の炎症・腫脹により肝腫大を呈することが多い。肝の腫大は肝濁音界を広げ、肺肝境界を上昇させる方向に働く(腫大は主に下縁の下降として触知されることが多い)。肺肝境界を下降させる機序はなく、答えではない。なお劇症肝炎(急性肝不全)では逆に肝が萎縮し、肝濁音界が縮小する。
- ×e. アルコール性肝障害
アルコール性肝障害では、脂肪肝やアルコール性肝炎の段階で肝腫大をきたしやすく、肺肝境界は上昇する方向に働く。肝硬変に進行すると肝は萎縮し肝濁音界は縮小するが、これは横隔膜の位置を下げるものではない。いずれの段階でも肺肝境界の下降の原因としては考えにくい。
肺肝境界と肝濁音界の打診
・肺肝境界(肝濁音界上縁): 右鎖骨中線上を上方から打診し、清音が濁音に変わる点。正常ではおよそ第5肋間〜第6肋骨の高さ。 ・肝濁音界下縁: 下方(臍の高さ付近の鼓音域)から上へ打診し、鼓音が濁音に変わる点。正常では右肋骨弓付近。 ・上縁と下縁の間が肝濁音界で、右鎖骨中線上の正常な縦径はおよそ6〜12 cm とされる。 ・呼吸性移動: 深吸気と深呼気で肺肝境界は数 cm(およそ4〜6 cm)移動する。肺気腫や横隔膜麻痺では移動幅が小さくなる。
肝濁音界の変化をきたす病態
・肝濁音界の消失: 消化管穿孔による腹腔内遊離ガス(ガスが肝前面に入り込む)、Chilaiditi 症候群、高度の肺気腫など。 ・肝濁音界の拡大: 肝腫大(うっ血肝、急性肝炎、脂肪肝、肝腫瘍など)、右胸水。 ・肝濁音界の縮小: 肝硬変、劇症肝炎(急性肝不全)での肝萎縮。
肺気腫(COPD)の身体所見
樽状胸郭、口すぼめ呼吸、呼吸補助筋(胸鎖乳突筋など)の発達、打診での鼓音化、肺肝境界の下降と呼吸性移動の減少、呼吸音の減弱、呼気延長、心濁音界の縮小、Hoover 徴候(吸気時に下部肋間・肋骨縁が内側に引き込まれる)などがみられる。
POINT
・肺肝境界は右鎖骨中線上で清音が濁音に変わる点で、右横隔膜の高さを反映する(正常はおよそ第5肋間〜第6肋骨)。 ・下降: 肺気腫(肺の過膨張による横隔膜の押し下げ)、右気胸、Chilaiditi 症候群など。 ・上昇(見かけ上を含む): 胸水(胸膜炎、心不全)、肝腫大(うっ血肝、急性肝炎、脂肪肝)、横隔膜挙上など。 ・肺気腫では肺肝境界の呼吸性移動も減少する。
