タバコ1cm、4時間たって元気なら?―「何もしない」が最善になる誤飲対応
第100回医師国家試験 D問題 第29問
国試問題にチャレンジ
2歳の男児。4時間前に紙巻きタバコを約1 cm誤飲したため来院した。症状はない。 最も適切な対応はどれか。
- a.胃洗浄を行う。
- b.水を飲ませる。
- c.牛乳を飲ませる。
- d.緩下薬を投与する。
- e.無処置で観察する。
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
小児のタバコ誤飲では、問題となるニコチン中毒の危険を「摂取量」と「経過時間・症状の有無」で判断します。葉タバコは胃内で吸収されにくく嘔吐も誘発しやすいため、紙巻きタバコ2 cm未満の誤飲で、症状が出やすい摂取後30分〜4時間を無症状で過ぎていれば、無処置で経過観察とし、症状出現時の再受診と再発予防を指導します。胃洗浄は合併症が多く適応は限定的で、水や牛乳はニコチンの溶出・吸収を促すおそれがあり、下剤も単独では推奨されません。一方、吸い殻の浸かった液体や電子タバコのリキッドは吸収が速く危険性が高いため速やかな受診が必要です。処置の利益とリスクを比べて「あえて何もしない」判断ができることは、中毒診療と小児救急の基本となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・2歳男児。乳幼児の誤飲事故のなかでタバコは代表的な原因物質であり、日常臨床でよく遭遇する。 ・誤飲量:紙巻きタバコ約1 cm(1本の一部で、少量)。 ・経過時間:誤飲から4時間が経過している。 ・現在、症状はない。
タバコ誤飲の重症度を判断する考え方
タバコ誤飲で問題となるのはニコチンによる中毒である。判断の軸は「摂取量」と「経過時間・症状の有無」の2つである。 ①摂取量:一般に、乳幼児が紙巻きタバコ2 cm未満(おおむね1本の半分以下)を食べた程度であれば、重篤な中毒となる可能性は低いとされる。 ②経過時間:ニコチン中毒の症状は、多くが摂取後30分〜4時間以内に現れる。葉タバコそのものを飲み込んだ場合、ニコチンは酸性の胃内ではイオン化して吸収されにくく、また少量でも嘔吐を誘発しやすい。そのため吸収は緩やかで、少量なら症状が出ないまま経過することが多い。誤飲から4時間を経ても無症状であれば、以後に中毒症状が出る可能性は極めて低い。
本症例の判断
誤飲量は約1 cmと少なく、4時間経過しても無症状である。ニコチン中毒の危険はほぼないと判断でき、胃洗浄や下剤などの処置は不要である。処置そのものにも合併症(誤嚥、消化管損傷など)のリスクがあるため、利益がない以上は行うべきではない。保護者には、嘔吐・顔色不良・ぐったりするなどの変化があれば再受診するよう説明したうえで、無処置で経過観察とするのが最も適切である。あわせて、タバコや灰皿を子どもの手の届かない場所に置くよう指導する。
選択肢考察
- ×a. 胃洗浄を行う。
胃洗浄は、誤嚥性肺炎、喉頭けいれん、消化管穿孔などの合併症を起こしうる侵襲的な処置である。現在の中毒診療では、生命を脅かす量の毒物を摂取しておおむね1時間以内の症例などに限って検討される処置であり、ルーチンには行わない。タバコ誤飲でも、多量(紙巻きタバコ2 cm以上、または量が不明)を摂取して嘔吐・顔色不良などの症状があり、早期に来院した場合などに適応が検討されるにとどまる。本症例は少量で4時間無症状のため、適応はない。
- ×b. 水を飲ませる。
タバコ誤飲の直後に水などの液体を飲ませると、タバコの葉からニコチンが溶け出しやすくなり、また胃内容が腸へ送られることで吸収が促される可能性があるため、勧められない(吸い殻が浸かった灰皿の水などは、ニコチンがすでに溶け出しているため特に危険である)。本症例ではすでに4時間が経過して無症状なので、水を飲ませても大きな害はないが、治療として行う意味もない。
- ×c. 牛乳を飲ませる。
牛乳には毒物を中和・解毒する作用はなく、水と同様に、誤飲直後に飲ませるとニコチンの溶出・吸収を促すおそれがある。「誤飲したらとりあえず牛乳」という民間的な対応は、タバコでは推奨されない。本症例では時間が経って無症状なので、治療的意義はない。
- ×d. 緩下薬を投与する。
下剤は、消化管内に残る毒物の排泄を早める目的で使われることがある。しかし、単独での有効性は示されておらず、脱水や電解質異常などの副作用もある。タバコ誤飲でも、中毒症状があって腸管内の残存が問題となる場合に検討される程度である。本症例は少量で無症状のため、投与の必要はない。
- ○e. 無処置で観察する。
誤飲量が紙巻きタバコ2 cm未満と少なく、ニコチン中毒の症状が出やすい時間帯(摂取後30分〜4時間)を過ぎても無症状である。今後、中毒症状が出現する可能性は極めて低く、処置による利益はない。侵襲的な処置の合併症リスクを避け、保護者に症状出現時の再受診を指示して観察するのが最も適切である。
ニコチンの作用と中毒症状
ニコチンは自律神経節や神経筋接合部のニコチン性アセチルコリン受容体に作用する。少量では受容体を刺激し、多量では刺激に続いて遮断を起こす(二相性の作用)。 ・軽症:悪心・嘔吐、顔面蒼白、腹痛、流涎(よだれ) ・中等症:発汗、興奮、頻脈、血圧上昇、下痢 ・重症:意識障害、けいれん、徐脈、血圧低下、呼吸筋麻痺による呼吸不全 症状の出方は摂取量に比例し、早く症状が出るほど重症の傾向がある。嘔吐が早期に起こることが多く、これが吸収量を減らす方向にはたらくため、葉タバコの誤飲で重症化することはまれである。
タバコ誤飲への対応の目安
・紙巻きタバコ2 cm未満で無症状:家庭または外来で経過観察。誤飲後4時間程度症状が出なければ、以後の心配はほぼない。 ・2 cm以上、量が不明、または症状がある:医療機関での評価が必要。早期(おおむね1時間以内)であれば活性炭の投与を検討し、胃洗浄は適応を慎重に判断する。呼吸・循環の管理など対症療法を行う。 ・吸い殻が浸かった液体(灰皿の水、飲料缶を灰皿代わりにしたものなど):ニコチンがすでに溶け出していて吸収が早く、少量でも危険性が高いため、速やかに受診させる。 ・電子タバコのリキッド(ニコチン含有のもの):高濃度のニコチンを含むことがあり、液体のため吸収が速く危険である。
誤飲時に家庭で飲み物を与えることについて
タバコの場合、水や牛乳を飲ませるとニコチンの溶出を促すおそれがあるため、勧められない。なお、誤飲物によって対応は異なり、酸・アルカリなどでは無理に吐かせない、ボタン電池は早急に摘出が必要など、物質ごとの判断が必要である。困ったときは中毒110番(日本中毒情報センター)などに相談できる。
消化管除染の現在の位置づけ
・胃洗浄:生命を脅かす量を摂取して1時間以内などに限定。ルーチンでは行わない。 ・活性炭:吸着される物質を摂取して早期(おおむね1時間以内)の場合に考慮する。 ・下剤:単独での使用は推奨されない。 ・催吐(吐かせること):誤嚥の危険があり、医療機関では原則行わない。
POINT
・小児のタバコ誤飲は「摂取量」と「経過時間・症状」で対応を決める。 ・紙巻きタバコ2 cm未満の誤飲で、摂取後4時間無症状であれば、無処置で経過観察でよい。 ・ニコチン中毒の症状は摂取後30分〜4時間以内に出現することが多く、嘔吐・顔面蒼白が初期症状である。 ・タバコ誤飲時に水や牛乳を飲ませるのは、ニコチンの溶出・吸収を促すおそれがあるため勧められない。 ・吸い殻の浸かった液体の誤飲は、ニコチンがすでに溶け出していて危険性が高い。 ・胃洗浄は合併症があり、適応は限定的(生命を脅かす量の摂取からおおむね1時間以内など)である。
