たばこを食べた3歳児―「何もしない」が最善になる理由
第118回医師国家試験 D問題 第39問
国試問題にチャレンジ
3歳の男児。テーブルに置かれていた加熱式たばこのスティックを食べたため救急車で搬入された。発見時に母親が口腔内のたばこ葉を吐き出させ,救急車内で2回嘔吐した。泣いているが,意識は清明。体温36.9℃。心拍数110/分,整。血圧100/64mmHg。呼吸数30/分。 適切な対応はどれか。
- a.胃洗浄
- b.気道確保
- c.経過観察
- d.多量飲水
- e.血液浄化法
対話形式の解説
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ドクターまとめ
小児のたばこ誤飲では、ニコチンの強い催吐作用のため自然に嘔吐することが多く、大多数は無症状か軽い消化器症状にとどまります。口腔内のたばこ葉を除去し、嘔吐で胃内容も出ていて意識清明・バイタルサイン安定であれば、数時間(目安としておおむね4時間)の経過観察が適切です。胃洗浄は合併症が多くルーチンには行わず、気道確保は意識障害や呼吸不全がある場合に限られ、ニコチンは分布容積が大きく速やかに代謝されるため血液浄化法の効果も期待しにくいです。また、水や牛乳を飲ませるとニコチンが溶け出して吸収が促されるおそれがあるため避けます。重症のニコチン中毒では徐脈、低血圧、けいれん、呼吸筋麻痺に至りうるため観察すべき徴候を押さえておくこと、そして誤飲を防ぐ保護者への指導までを含めて理解することが、小児救急の実践力につながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・3歳男児。テーブル上の加熱式たばこのスティックを口にした(小児のたばこ誤飲)。 ・発見時に母親が口の中のたばこ葉を吐き出させ、さらに救急車内で2回嘔吐している。 ・啼泣しているが意識は清明。体温36.9℃、心拍数110/分(整)、血圧100/64mmHg、呼吸数30/分。3歳児としては心拍数・呼吸数はほぼ正常範囲(泣いていることを考えれば妥当)であり、血圧も保たれている。
診断と重症度の判断
原因は明らかで、診断はたばこ(ニコチン)の誤飲である。重症度を考えるうえで重要なのは、(1)どれだけ体内に残っているか、(2)すでに中毒症状が出ているか、の2点である。 (1)口腔内のたばこ葉は除去され、その後2回の嘔吐で胃内容もかなり排出されたと考えられる。ニコチン自体に強い催吐作用があるため、たばこ誤飲では自然嘔吐によって体外に出てしまうことが多く、これが重症化しにくい理由の一つである。 (2)意識障害、けいれん、徐脈、低血圧、呼吸抑制といった重いニコチン中毒の徴候はない。嘔吐はニコチンによる軽い症状の可能性もあるが、全身状態は安定している。
設問の考え方
小児のたばこ誤飲の大多数は無症状か、嘔吐などの軽い消化器症状にとどまる。全身状態が保たれている場合は、侵襲的な処置(胃洗浄、血液浄化など)は不要で、症状の出現・悪化がないかを数時間(目安としておおむね4時間)観察するのが標準的対応である。一方、水や牛乳を飲ませる対応は、たばこ葉からニコチンを溶け出させて吸収を促すおそれがあるため避ける。したがって本例で適切なのは経過観察である。
選択肢考察
- ×a. 胃洗浄
誤り。胃洗浄は誤嚥性肺炎、咽頭・食道損傷、低酸素などの合併症があり、現在の中毒診療では、致死的な量を服用して間もない場合などに限って検討される処置であり、ルーチンには行わない。本例はたばこ葉を吐き出させ、さらに2回嘔吐しているため胃内に残る量は少ないと考えられ、中毒症状も乏しい。啼泣する3歳児に胃管を挿入する負担と危険に見合う利益はない。
- ×b. 気道確保
誤り。気道確保は意識障害、けいれん、呼吸筋麻痺などで自力で気道を保てない場合に必要となる。本例は意識清明で啼泣しており、呼吸数も30/分で幼児として大きな異常はない。気道や呼吸の問題はなく、現時点で気道確保の適応はない。
- ○c. 経過観察
正解。口腔内のたばこ葉は除去され、その後の嘔吐で胃内容も排出されており、吸収されるニコチン量は限られると考えられる。意識清明でバイタルサインも安定しており、重篤な中毒症状はない。ニコチン中毒の症状は通常誤飲後30分〜数時間で出現するため、嘔吐の持続、顔面蒼白、流涎、頻脈・徐脈、血圧変動、意識の変化、けいれんなどが出ないかを数時間観察する。症状が出なければ帰宅可能であり、症状が出た場合は対症療法を行う。
- ×d. 多量飲水
誤り。ニコチンは水溶性で、たばこ葉が水分に浸るとニコチンが溶け出し、吸収されやすくなる。胃の中は酸性のためニコチンの多くはイオン化して吸収されにくいが、多量の水分で胃内容が腸に送られると、アルカリ性の小腸で吸収が進む。このため、たばこ誤飲時に水や牛乳を飲ませることは避けるべきとされる(たばこを浸した水などの浸出液を飲んだ場合はさらに危険性が高い)。
- ×e. 血液浄化法
誤り。血液透析などの血液浄化法は、分子量が小さく、分布容積が小さく、蛋白結合率が低い物質で重篤な中毒をきたした場合に効果がある。ニコチンは分布容積が大きく組織に広く移行し、さらに大部分が肝臓で速やかに代謝される(半減期はおよそ1〜2時間)ため、血液浄化法の効果は期待しにくい。そもそも本例は中毒症状に乏しく適応はない。
たばこ誤飲の疫学
家庭用品による小児の誤飲事故の中で、たばこは長年上位を占めている。好発年齢は、手にしたものを口に入れる行動が盛んな生後6か月〜1歳半前後であるが、本例のような幼児でも起こる。加熱式たばこのスティックにも紙巻きたばこと同様にたばこ葉が入っており、ニコチンを含む。また、電子たばこのリキッド(ニコチン含有製品)は液体のため吸収が速く、より危険性が高いとされる。
ニコチンの体内動態
・弱塩基性物質であり、酸性の胃内ではイオン化して吸収されにくく、アルカリ性の小腸や口腔粘膜から吸収されやすい。 ・大部分(約80〜90%)が肝臓で代謝され(主な代謝物はコチニン)、残りが腎から排泄される。半減期はおよそ1〜2時間と短い。 ・強い催吐作用があるため、誤飲しても自然に嘔吐して体外に出ることが多い。
ニコチン中毒の症状
ニコチンは自律神経節と神経筋接合部のニコチン受容体に作用し、少量では刺激、大量では刺激に続いて遮断(脱分極性の抑制)をきたす。 ・軽症〜初期:悪心・嘔吐、流涎、腹痛、顔面蒼白、発汗、頻脈、血圧上昇、興奮。 ・重症〜後期:徐脈、低血圧、不整脈、意識障害、けいれん、筋力低下、呼吸筋麻痺による呼吸不全。 症状は誤飲後おおむね30分〜4時間以内に現れることが多く、この間に症状が出なければ重症化の可能性は低いと判断される。
対応の基本
・口の中に残っているものを取り除く(指でかき出す、拭う)。 ・水や牛乳を飲ませない。 ・無症状〜軽症なら、医療機関または家庭で数時間観察する。 ・大量摂取が疑われる、あるいは嘔吐が続く・顔色不良・意識の変化・けいれんなどがあれば医療機関で対症療法(輸液、制吐、抗けいれん薬、呼吸管理など)を行う。誤飲早期であれば活性炭投与を検討することがある。
致死量について
ニコチンの致死量は古くから成人で40〜60mg程度、小児で10〜20mg程度とされてきたが、近年はこれより多い量でも生存例があり、実際の致死量はより高いという指摘もある。いずれにせよ、たばこの葉のニコチンは誤飲しても催吐作用と吸収の遅さのため全量が吸収されることは少なく、たばこ誤飲による小児の重症例はまれである。
POINT
・小児のたばこ誤飲は、口腔内から除去し嘔吐もしていて全身状態が良好なら経過観察(数時間、目安4時間)でよい。 ・水や牛乳を飲ませるとニコチンが溶け出して吸収が促されるため禁忌に近い。 ・胃洗浄はルーチンには行わず、血液浄化法も分布容積が大きく代謝の速いニコチンには無効に近い。 ・ニコチン中毒は嘔吐・流涎・蒼白・頻脈・血圧上昇で始まり、重症では徐脈・低血圧・けいれん・呼吸筋麻痺へ進む。
