回腸末端が担う「最後の砦」―Crohn病で失われる胆汁酸とビタミンB12
第100回医師国家試験 A問題 第28問
国試問題にチャレンジ
26歳の男性。1か月前から1日6,7行の粘血便が出現し来院した。4か月前から頻回の軟便がある。回盲部から右側腹部にかけて圧痛を認める。血液所見:赤血球389万,Hb 11.5g/dL,白血球9,600,血小板39万。血液生化学所見:総蛋白7.0g/dL,アルブミン3.5g/dL,AST 25U/L,ALT 22U/L,LD 360U/L(基準176~353)。CRP 5.6mg/dL。注腸造影写真を示す。 この患者で吸収障害が予想されるのはどれか。2つ選べ。

- a.鉄
- b.胆汁酸
- c.アミノ酸
- d.ブドウ糖
- e.ビタミンB12
対話形式の解説
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ドクターまとめ
若年者の慢性下痢・血便に回盲部の圧痛があり、造影で縦走潰瘍・敷石像・狭窄を認める場合はCrohn病を考え、その好発部位は回腸末端です。小腸では糖質・アミノ酸・鉄などの多くが上部小腸で吸収される一方、胆汁酸とビタミンB12は回腸末端でしか吸収されないため、本例で吸収障害が予想されるのはこの2つです。胆汁酸の再吸収障害は胆汁酸性下痢、脂肪便、脂溶性ビタミン欠乏、胆石、シュウ酸カルシウム結石へと連鎖し、ビタミンB12欠乏は数年の経過で巨赤芽球性貧血や神経障害をきたします。Crohn病の鉄欠乏は主に出血や炎症によるもので、吸収部位の障害とは区別して考える必要があります。病変部位と生理学的な吸収部位を結びつける考え方は、炎症性腸疾患や腸切除後の栄養管理を理解するうえでの基盤になります。
解答・解説
正解はb, eです
所見の整理
・26歳の若年男性。4か月前から頻回の軟便が続き、1か月前から1日6〜7回の粘血便が出るようになった。慢性に経過する下痢・血便である。 ・回盲部から右側腹部にかけての圧痛:病変が回盲部(回腸末端〜盲腸・上行結腸)にあることを示唆する。 ・血液所見:Hb 11.5g/dLと軽度の貧血、白血球9,600とやや増加、血小板39万と高めで、CRP 5.6mg/dLと炎症反応が陽性である。血小板増多は慢性炎症を反映する。アルブミン3.5g/dLとやや低めで、腸管からの蛋白漏出や摂取・吸収の低下を示唆する。 ・注腸造影:回腸末端から回盲部にかけて、腸管の内腔が狭くなり、縦方向に走る潰瘍(縦走潰瘍)とそれに囲まれた粘膜の隆起が石畳状に並ぶ像(敷石像)を認める。
診断
若年者の慢性下痢・血便、回盲部の病変、縦走潰瘍・敷石像・狭窄という所見から、Crohn病(小腸大腸型〜回盲部を主とする病型)と診断する。潰瘍性大腸炎は直腸から連続性に広がる大腸の病変で、回腸末端の狭窄や縦走潰瘍・敷石像はとらない。腸結核も回盲部に好発するが、潰瘍は輪状(横走)で、萎縮瘢痕帯を伴うのが特徴である。
設問の考え方
問われているのは、病変部位(回腸末端)と関連した吸収障害である。小腸の栄養素の吸収には部位による分担があり、多くの栄養素(糖質、アミノ酸、脂肪、鉄、カルシウム、葉酸など)は十二指腸〜空腸を中心とした上部小腸で吸収される。これに対し、回腸末端でしか吸収されないのが胆汁酸(能動輸送による再吸収)とビタミンB12(内因子と結合した形で吸収)である。したがって回腸末端に病変がある本例で吸収が障害されると予想されるのは、胆汁酸とビタミンB12である。
選択肢考察
- ×a. 鉄
鉄は主に十二指腸〜空腸上部で吸収される。食物中の3価鉄は胃酸や還元酵素により2価鉄に還元され、十二指腸上皮の輸送体(DMT1)を介して取り込まれる。本例の病変は回腸末端であり、鉄の吸収部位は保たれている。Crohn病では鉄欠乏性貧血がよくみられるが、その主な原因は腸管からの慢性的な出血や炎症による鉄利用障害であり(本例のHb 11.5g/dLもこれで説明できる)、上部小腸に病変が及ばない限り、鉄の吸収障害が主体となるわけではない。
- ○b. 胆汁酸
胆汁酸は肝臓で合成されて胆汁として十二指腸に分泌され、脂肪の乳化・ミセル形成に働いた後、約95%が回腸末端で能動的に再吸収され、門脈を通って肝臓に戻る(腸肝循環)。回腸末端が障害されるとこの再吸収が損なわれ、①大腸に流入した胆汁酸が水・電解質の分泌を促して下痢を起こし(胆汁酸性下痢)、②障害が広範で胆汁酸プールが減ると、脂肪のミセル化が不十分となり脂肪便や脂溶性ビタミン(A・D・E・K)の欠乏を招く。さらに胆汁中の胆汁酸が不足してコレステロール胆石ができやすくなる。
- ×c. アミノ酸
蛋白質は胃のペプシンと膵酵素(トリプシンなど)で分解され、アミノ酸やジペプチド・トリペプチドとして主に十二指腸〜空腸の上部小腸で吸収される。回腸末端の病変で特異的に障害されるものではない。Crohn病でみられる低アルブミン血症は、炎症による消化管からの蛋白漏出、摂取量の低下、炎症に伴う消費亢進などが主因である。
- ×d. ブドウ糖
糖質はアミラーゼと小腸刷子縁の二糖類分解酵素で単糖に分解され、ブドウ糖はナトリウム依存性グルコース輸送体(SGLT1)により主に十二指腸〜空腸で吸収される。吸収部位は上部小腸が中心であり、回腸末端に限局した病変で吸収障害が起こるとは考えにくい。
- ○e. ビタミンB12
ビタミンB12は胃で食物蛋白から遊離し、唾液由来のR蛋白(ハプトコリン)と結合した後、十二指腸で膵酵素によりR蛋白から離れて、胃の壁細胞から分泌された内因子と結合する。このB12-内因子複合体は回腸末端の特異的受容体(キュビリン)を介してのみ吸収される。回腸末端の病変や切除で吸収が障害され、巨赤芽球性貧血や、亜急性連合性脊髄変性症・末梢神経障害などの神経障害をきたしうる。ただし肝臓の貯蔵量が多いため、欠乏症状が現れるまでには数年を要する。
Crohn病の概要
・消化管のどの部位にも起こりうる原因不明の慢性肉芽腫性炎症性疾患で、10〜20歳代の若年者に好発し、男性にやや多い。回盲部(回腸末端)に最も好発し、病型は小腸型・小腸大腸型・大腸型に分けられる。 ・症状:腹痛、下痢、発熱、体重減少、肛門病変(難治性痔瘻・肛門周囲膿瘍)。 ・病理:全層性炎症、非乾酪性類上皮細胞肉芽腫。 ・画像・内視鏡所見:縦走潰瘍、敷石像、非連続性(区域性)病変(skip lesion)、アフタ、狭窄、瘻孔。 ・合併症:腸管狭窄、瘻孔、膿瘍、肛門病変、吸収障害・栄養障害、成長障害、胆石・尿路結石(シュウ酸カルシウム結石)、腸管外合併症(関節炎、結節性紅斑、壊疽性膿皮症、虹彩炎など)。 ・治療:栄養療法(成分栄養剤)、5-アミノサリチル酸製剤、ステロイド、免疫調節薬(アザチオプリン)、抗TNF-α抗体などの生物学的製剤。狭窄・瘻孔などには手術も行うが、再発が多いため小範囲の切除にとどめる。
小腸の部位別吸収
・十二指腸〜空腸上部:鉄、カルシウム、葉酸など ・空腸(上部小腸)中心:ブドウ糖などの単糖、アミノ酸、脂肪酸・モノグリセリド、脂溶性ビタミン、水溶性ビタミンの多く ・回腸末端:胆汁酸、ビタミンB12(内因子と結合)
回腸末端障害の連鎖
胆汁酸再吸収障害 → 胆汁酸性下痢、胆汁酸プール減少 → 脂肪吸収障害(脂肪便)・脂溶性ビタミン欠乏、コレステロール胆石。 脂肪吸収障害 → 腸管内で脂肪酸がカルシウムと結合 → 本来カルシウムと結合して便に出るシュウ酸が遊離して大腸から過剰に吸収される → 高シュウ酸尿症・シュウ酸カルシウム結石。 ビタミンB12吸収障害 → 巨赤芽球性貧血、神経障害。
POINT
・若年者の慢性下痢・血便+回盲部病変+縦走潰瘍・敷石像・狭窄 → Crohn病(回盲部に好発) ・回腸末端で吸収されるのは胆汁酸とビタミンB12 ・鉄は十二指腸〜空腸上部、ブドウ糖・アミノ酸は上部小腸で吸収 ・回腸末端障害 → 胆汁酸性下痢・脂肪便・胆石、ビタミンB12欠乏(巨赤芽球性貧血) ・Crohn病の貧血は出血・炎症による鉄欠乏とB12欠乏の両方がありうる
