胸背部痛と冷たい下肢―大動脈基部の「お隣さん」で解く解離の合併症
第99回医師国家試験 G問題 第23問
国試問題にチャレンジ
56歳の女性。突然の強い胸背部痛のため救急車で搬送された。10年前から高血圧の治療を受けている。脈拍92/分,整。上肢の血圧180/92mmHg。下肢は冷たく,脈拍は微弱である。血液所見:赤血球360万,Hb 10.2g/dL,Ht 31%。胸部造影CTを示す。 この疾患に合併するのはどれか。3つ選べ。

- a.心タンポナーデ
- b.冠動脈閉塞
- c.心室中隔穿孔
- d.僧帽弁閉鎖不全
- e.大動脈弁閉鎖不全
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高血圧を背景とする突然の胸背部痛に四肢の血圧差や下肢の虚血所見が加われば、急性大動脈解離を疑い造影CTで剥離内膜と二腔構造を確認します。上行大動脈に解離が及ぶStanford A型では、大動脈基部に隣接する構造が侵され、心膜腔への穿破による心タンポナーデ、冠動脈入口部の閉塞による心筋梗塞、弁輪拡大や交連部の支持喪失による大動脈弁閉鎖不全が代表的な合併症となります。心室中隔穿孔や乳頭筋断裂による僧帽弁閉鎖不全は急性心筋梗塞の機械的合併症であり、解離の典型的合併症ではありません。解離による心筋梗塞を通常の心筋梗塞と誤認して血栓溶解療法を行うと致命的になりうるため、胸痛診療では常に解離を鑑別に置く必要があります。合併症を「どの部位の大動脈と分枝が侵されたか」で整理することは、解離の重症度判断と治療方針の理解に直結します。
解答・解説
正解はa, b, eです
所見の整理
・56歳女性、10年来の高血圧(大動脈解離の最大の危険因子) ・突然発症の激烈な胸背部痛 ・上肢血圧180/92mmHgと高値なのに、下肢は冷たく脈拍が微弱(上下肢の血流差=下肢への灌流障害) ・Hb 10.2g/dL、Ht 31%と軽度の貧血(偽腔内や周囲への出血・血液の漏出を反映している可能性がある)
診断へのプロセス
高血圧を背景とした突然の胸背部痛で、痛みが背部に及ぶ点、四肢の脈拍・血圧に左右差や上下肢差がある点は、急性大動脈解離を強く疑わせる典型的な組み合わせである。急性心筋梗塞や肺塞栓症も胸痛の鑑別に挙がるが、下肢の虚血所見は説明しにくい。 胸部造影CTでは、上行大動脈と下行大動脈の双方で内腔が剥離した内膜(フラップ)によって真腔と偽腔に分けられており、解離が上行大動脈に及ぶStanford A型の大動脈解離と判断できる。解離が腹部大動脈以下へ進展し、偽腔による真腔の圧排や分枝の閉塞で下肢血流が低下していると考えられる。
設問の考え方
Stanford A型では解離が大動脈基部(上行大動脈の起始部)に及びうる。大動脈基部の周囲には心膜腔・冠動脈入口部・大動脈弁輪が隣接しているため、「基部の近くに何があるか」を思い浮かべれば合併症を整理できる。一方、心室中隔や僧帽弁は大動脈基部の解離が直接到達する構造ではなく、これらの障害は急性心筋梗塞の機械的合併症として出題されるものである。
選択肢考察
- ○a. 心タンポナーデ
上行大動脈の基部は心膜腔の内側に位置する。この部の偽腔が破綻して心膜腔内へ出血(穿破)すると、急速に心嚢内圧が上昇して心室の拡張が妨げられ、心タンポナーデとなる。血圧低下・頸静脈怒張・心音減弱(Beckの三徴)や奇脈を示し、A型解離の主要な死因の一つである。緊急手術の適応となる重篤な合併症である。
- ○b. 冠動脈閉塞
冠動脈はバルサルバ洞(大動脈基部)から起始する。解離が基部に及ぶと、偽腔による冠動脈入口部の圧排や、解離そのものの冠動脈内への進展によって冠血流が途絶し、急性心筋梗塞を生じる。右冠動脈が侵されることが多く、心電図で下壁のST上昇を示すことがある。心筋梗塞と誤認して抗血栓療法・血栓溶解療法を行うと致命的になりうるため、鑑別が重要である。
- ×c. 心室中隔穿孔
心室中隔穿孔は、急性心筋梗塞で壊死した心室中隔が発症後数日以内に破れて左右シャントを生じる機械的合併症である。大動脈解離が心室中隔を直接破壊することはない。解離による冠動脈閉塞から心筋梗塞を起こし、その結果として穿孔に至る可能性は理論上あるが、あくまで二次的・間接的な経過であり、大動脈解離の合併症としては挙げない。
- ×d. 僧帽弁閉鎖不全
大動脈解離が僧帽弁に直接波及することは通常ない。急性に生じる僧帽弁閉鎖不全は、急性心筋梗塞に伴う乳頭筋の断裂・機能不全や、感染性心内膜炎・腱索断裂などで起こるものであり、大動脈解離の典型的合併症ではない。
- ○e. 大動脈弁閉鎖不全
解離が大動脈起始部に及ぶと、大動脈弁輪の拡大や、弁尖を支える交連部の支持が失われることによる弁尖の逸脱(落ち込み)が起こり、大動脈弁逆流が生じる。拡張期雑音の出現、脈圧の増大、急性左心不全として現れ、A型解離でしばしばみられる合併症である。手術時には弁の吊り上げ・温存や、弁を含めた基部置換が検討される。
大動脈解離の分類
・Stanford分類:上行大動脈に解離があればA型、なければB型。A型は原則として緊急手術、合併症のないB型は降圧・安静を中心とした内科治療が基本である(臓器灌流障害や破裂・切迫破裂を伴うB型は、ステントグラフト内挿術などの侵襲的治療の対象となる)。 ・DeBakey分類:Ⅰ型(上行から弓部以遠まで広範)、Ⅱ型(上行大動脈に限局)、Ⅲ型(下行大動脈以下、Ⅲaは胸部に限局・Ⅲbは腹部に及ぶ)。本例は上行から下行に及んでおり、DeBakeyⅠ型に相当すると考えられる。
大動脈解離の合併症を部位で整理
・大動脈基部:心タンポナーデ、冠動脈閉塞(心筋梗塞)、大動脈弁閉鎖不全 ・弓部分枝(腕頭動脈・総頸動脈・鎖骨下動脈):脳梗塞・意識障害、上肢の血圧左右差・脈拍欠損 ・下行・腹部大動脈とその分枝:対麻痺(脊髄を栄養する動脈、特にAdamkiewicz動脈の虚血)、腸管虚血(上腸間膜動脈)、腎不全(腎動脈)、下肢虚血 ・外膜の破綻:胸腔内・縦隔への出血(血胸)、ショック
診断のポイント
造影CTが第一選択で、剥離した内膜(フラップ)と真腔・偽腔の二腔構造を確認する。心エコーは心嚢液貯留や大動脈弁逆流の評価に有用である。胸部X線での縦隔陰影拡大、Dダイマー高値も参考になる。
急性心筋梗塞の機械的合併症(比較)
心室中隔穿孔、乳頭筋断裂による僧帽弁閉鎖不全、左室自由壁破裂(心タンポナーデ)、心室瘤。心タンポナーデは両疾患に共通してみられうる点に注意する。
POINT
・高血圧+突然の胸背部痛+上下肢・左右の血圧差 → 急性大動脈解離を疑い造影CTで確認 ・上行大動脈を含めばStanford A型 → 緊急手術 ・大動脈基部の解離の三大合併症:心タンポナーデ、冠動脈閉塞(右冠動脈に多い)、大動脈弁閉鎖不全 ・心室中隔穿孔・乳頭筋断裂による僧帽弁閉鎖不全は急性心筋梗塞の機械的合併症 ・解離による心筋梗塞に血栓溶解療法を行うのは禁忌的で危険
