胃がなくなって6年後に来る貧血―内因子と胃酸が教える「2つの欠乏」
第99回医師国家試験 F問題 第9問
国試問題にチャレンジ
62歳の女性。労作時の息切れと倦怠感とのため来院した。2か月前から体のだるさを自覚し,3週前に階段を昇る時息切れが出現した。6年前に胃癌のため胃全摘術を受けているが最近は受診していない。意識は清明。脈拍108/分,整。血圧98/56mmHg。眼瞼結膜は貧血様。下肢の感覚異常を認める。血液所見:赤血球125万,Hb 4.2g/dL,Ht 14%,白血球3,500,血小板13万。 この患者に欠乏しているのはどれか。2つ選べ。
- a.鉄
- b.銅
- c.葉酸
- d.ビタミンB6
- e.ビタミンB12
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
胃全摘術後には、壁細胞由来の内因子が失われることによるビタミンB12欠乏と、胃酸の消失や十二指腸を通らない再建による鉄欠乏の両方が起こりえます。鉄欠乏は術後早期から、ビタミンB12欠乏は肝臓の貯蔵が尽きる術後数年以降に顕在化し、両者が合併すると大球性・小球性の要素が混在して、RDWの増大が手がかりになります。大球性貧血に汎血球減少や下肢の感覚異常(亜急性連合性脊髄変性症など)を伴えばビタミンB12欠乏を強く疑い、神経症状は葉酸欠乏との鑑別点になります。葉酸・銅・ビタミンB6は主に小腸で吸収されるため胃全摘の影響はほとんど受けません。治療ではビタミンB12を筋注で補充し、併存する鉄欠乏の表面化にも注意しながら長期にフォローすることが、術後患者を守るうえで欠かせない視点です。
解答・解説
正解はa, eです
所見の整理
62歳女性。2か月前からの倦怠感、3週前からの労作時息切れで受診した。6年前に胃癌で胃全摘術を受け、その後の通院は途絶えている。頻脈(108/分)と血圧低めの傾向は高度貧血に対する代償反応とみられ、眼瞼結膜は貧血様である。さらに下肢の感覚異常という神経所見がある。
赤血球指数の計算
赤血球125万/μL、Hb 4.2 g/dL、Ht 14%から求めると、 ・MCV(平均赤血球容積)=Ht(%)÷赤血球数(百万/μL)×10=14÷1.25×10=112 fL(基準はおよそ80〜100 fL) ・MCH(平均赤血球ヘモグロビン量)=Hb÷赤血球数×10=4.2÷1.25×10=33.6 pg ・MCHC(平均赤血球ヘモグロビン濃度)=Hb÷Ht×100=30% となり、大球性貧血である。白血球3,500/μL、血小板13万/μLと他の血球系も減少しており、汎血球減少の傾向がある。
診断へのプロセス
胃全摘後、数年経ってから出現した大球性貧血+汎血球減少+下肢の感覚障害という組み合わせは、ビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血に典型的である。胃の壁細胞が分泌する内因子がなくなるとビタミンB12を回腸で吸収できなくなるが、肝臓に数年分の貯蔵があるため、症状は術後およそ3〜5年以上たってから現れる。本例の6年という経過はこれとよく合う。下肢の感覚異常は、脊髄後索・側索が障害される亜急性連合性脊髄変性症や末梢神経障害によるものと考えられ、葉酸欠乏では通常みられない、ビタミンB12欠乏に特徴的な所見である。巨赤芽球性貧血では骨髄での無効造血のため、白血球・血小板も減少しやすい。
設問の考え方
胃全摘によって吸収が障害される栄養素を考える。ビタミンB12(内因子の欠如)に加え、胃酸の消失と食物の十二指腸通過の変化によって鉄の吸収も低下する。胃切除後の貧血は、術後早期には鉄欠乏性貧血、数年後にはビタミンB12欠乏性貧血が前面に出るのが一般的で、両者が合併することも多い。本例では大球性が目立つが、鉄欠乏も並存していると考えるのが妥当である。したがって欠乏しているのは鉄とビタミンB12の2つである。
選択肢考察
- ○a. 鉄
食物中の鉄の多くは三価鉄(Fe3+)の非ヘム鉄で、胃酸によって溶けやすい状態に保たれ、二価鉄(Fe2+)に還元されてから主に十二指腸〜空腸上部で吸収される。胃全摘後は胃酸がなくなるうえ、再建法(Roux-en-Y法など)によっては食物が十二指腸を通らなくなるため、鉄の吸収が低下する。このため胃切除後は早い時期から鉄欠乏をきたしやすい。本例は大球性の所見が目立つが、それはビタミンB12欠乏の影響が強く出ているためであり、鉄欠乏が合併していても矛盾しない。ビタミンB12を補充すると造血が急に盛んになり、隠れていた鉄欠乏が表面化することもある。
- ×b. 銅
銅は主に小腸上部で吸収され、胃全摘によって吸収が大きく損なわれることはない。本例の病態を説明する欠乏としては考えにくい。なお、銅欠乏は長期の中心静脈栄養や亜鉛の過剰摂取などで起こり、貧血・好中球減少や脊髄障害を起こすことがあるが、本例にはそうした背景がない。
- ×c. 葉酸
葉酸は主に空腸(小腸上部)で吸収され、内因子のような胃由来の因子を必要としない。そのため胃全摘によって欠乏することはない。葉酸もDNA合成に必要な補酵素であり、欠乏すると巨赤芽球性貧血を起こすが、ビタミンB12欠乏と違って亜急性連合性脊髄変性症などの神経症状はみられない。本例の下肢の感覚異常はビタミンB12欠乏を示唆する。体内の貯蔵量が少なく数か月で欠乏するため、主な原因はアルコール多飲・偏食などの摂取不足、妊娠などの需要増加、メトトレキサートなどの薬剤である。
- ×d. ビタミンB6
ビタミンB6は主に小腸で吸収され、胃全摘の影響はほとんど受けない。ビタミンB6はヘム合成の最初の段階(δ-アミノレブリン酸合成酵素)の補酵素であり、欠乏すると鉄芽球性貧血(通常は小球性)を起こすことがある。イソニアジドなどの薬剤による欠乏で末梢神経障害をきたすこともあるが、本例の大球性貧血とは合わない。
- ○e. ビタミンB12
ビタミンB12は胃の壁細胞が分泌する内因子と結合し、回腸末端で吸収される。胃全摘により内因子が作られなくなるため、ビタミンB12は吸収されなくなる。肝臓の貯蔵が尽きるまで数年かかるので、術後数年たってから欠乏症状が現れる。本例の大球性貧血(MCV 112 fL)、白血球・血小板減少、下肢の感覚異常(亜急性連合性脊髄変性症など)はすべてビタミンB12欠乏で説明できる。内因子がないので経口剤の吸収は期待しにくく、筋注で補充するのが基本である。
巨赤芽球性貧血
ビタミンB12または葉酸の欠乏によりDNA合成が障害され、細胞質の成熟に比べて核の成熟が遅れる(核と細胞質の成熟の解離)。その結果、骨髄に巨赤芽球が出現し、骨髄内で血球が壊れる無効造血が起こる。検査所見の特徴は次のとおりである。 ・大球性貧血(MCVが高値)、しばしば汎血球減少 ・末梢血で好中球の過分葉 ・無効造血を反映した間接ビリルビン上昇、LDの著明な上昇 ・ビタミンB12欠乏ではメチルマロン酸とホモシステインが上昇、葉酸欠乏ではホモシステインのみ上昇
ビタミンB12欠乏の原因
・悪性貧血(抗内因子抗体・抗壁細胞抗体による自己免疫性萎縮性胃炎) ・胃全摘・胃切除後 ・回腸末端の切除やCrohn病などの回腸病変 ・盲係蹄症候群(腸内細菌の増殖による消費)、広節裂頭条虫症 ・厳格な菜食主義(ビタミンB12は主に動物性食品に含まれる)
ビタミンB12欠乏による神経障害
亜急性連合性脊髄変性症は脊髄の後索(振動覚・位置覚の障害、Romberg徴候)と側索(錐体路:痙性・Babinski徴候)が障害されるもので、末梢神経障害や認知機能低下を伴うこともある。治療が遅れると神経障害は後遺しやすい。また葉酸だけを投与すると貧血は改善しても神経障害は進行しうるので注意が必要である。
胃切除後の貧血の経過
・術後早期〜数年: 鉄欠乏性貧血(小球性)が多い ・術後およそ3〜5年以降: ビタミンB12欠乏性貧血(大球性)が出現 両者が合併するとMCVは一見正常に近くなることもあり、赤血球の大きさのばらつき(RDW)の増大が手がかりになる。
POINT
・胃全摘後は、内因子の欠如によるビタミンB12欠乏と、胃酸の消失などによる鉄欠乏の両方が起こる。 ・ビタミンB12欠乏は肝臓の貯蔵のため術後数年たって顕在化し、鉄欠乏はより早期から起こる。 ・MCVは Ht÷赤血球数×10 で計算する(本例は112 fLの大球性)。 ・大球性貧血に神経症状(亜急性連合性脊髄変性症)を伴えばビタミンB12欠乏を考える。葉酸欠乏では神経症状は通常起こらない。 ・葉酸・銅・ビタミンB6は主に小腸で吸収され、胃全摘の影響はほとんど受けない。
