首で聞こえる喘鳴は気管の悲鳴―食道癌が押しつぶした気道を内側から支える
第99回医師国家試験 F問題 第47問
国試問題にチャレンジ
66歳の男性。呼吸困難を主訴に救急車で来院した。2か月前から体重減少と嚥下困難とに気付いていた。1か月前から痰を伴わない咳嗽と喘鳴を伴う呼吸困難とが出現し,次第に増強し,不穏状態となってきた。20歳ころから日本酒1日5合の飲酒歴と1日30本の喫煙歴とがある。呼吸数28/分。脈拍104/分,不整。血圧180/90mmHg。頸部の聴診でwheezesを聴取する。胸部エックス線写真では気管の右方への著しい圧排と高度の狭窄とを認める。 気管支鏡下の処置で最も適切なのはどれか。
- a.喀痰吸引
- b.光化学療法
- c.ステント挿入
- d.レーザー焼灼
- e.エタノール注入
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
嚥下困難と体重減少に大量飲酒・喫煙歴が重なれば進行食道扁平上皮癌を考え、頸部で聴取される喘鳴と気管の偏位・狭窄は、腫瘍が気管を外側から圧排・浸潤した中枢気道狭窄を示します。呼吸不全が切迫している場合は気道確保が最優先で、壁外からの圧排による狭窄には、内側から気道を支え留置直後から換気を改善できる気道ステントが最も適しています。レーザー焼灼やエタノール注入は内腔へ突出した腫瘍の減量に、光線力学的療法は表在性の早期癌に用いる治療であり、喀痰吸引は分泌物による閉塞にしか効果がありません。食道ステントを併用する際は気道ステントを先に留置するのが原則で、ステントはその後の化学療法・放射線療法につなぐための処置としても意義があります。狭窄の「型」に応じて処置を選ぶ考え方は、悪性腫瘍による気道狭窄全般に通じる臨床判断の基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・66歳男性、呼吸困難で救急搬送。 ・2か月前から体重減少と嚥下困難:食道の通過障害を示唆し、体重減少を伴うことから悪性腫瘍を強く疑う。 ・1か月前から乾性咳嗽と、喘鳴を伴う呼吸困難が出現し増悪、不穏状態:低酸素血症・高二酸化炭素血症の進行を示唆する切迫した状態である。 ・大量の飲酒歴(日本酒1日5合)と重喫煙歴(1日30本を40年以上):いずれも食道扁平上皮癌の代表的な危険因子である。 ・頻呼吸(28/分)、頻脈(104/分)で不整、血圧上昇:呼吸不全に伴う交感神経の緊張状態と考えられる。 ・頸部聴診でwheezes:頸部で聴取される喘鳴は、気管など中枢(上気道寄り)の気道が狭くなっていることを示す。気管支喘息のような末梢気道の病変とは区別して考える。 ・胸部エックス線で気管の右方への著しい圧排と高度の狭窄:気管が外側から押されて狭くなっていることを示す。
診断へのプロセス
嚥下困難と体重減少、飲酒・喫煙歴から進行食道癌が最も考えられる。胸部上部〜頸部の食道は気管の背側やや左に位置するため、この部位の食道癌が大きくなると気管を左後方から圧排して右前方へ偏位させ、さらに気管壁へ浸潤して高度の気道狭窄をきたす。頸部のwheezesと気管の偏位・狭窄は、この中枢気道狭窄を反映している。
設問の考え方
本例は、腫瘍による中枢気道の狭窄により呼吸不全が進行し、生命が脅かされている状態である。まず優先すべきは気道の確保であり、気管支鏡下に狭窄部を物理的に押し広げて開存を維持できる処置が求められる。気管の外からの圧排が主体の狭窄では、気管内腔の腫瘍を削ったり焼いたりする処置は効果が乏しく、内側から支える気道ステントが適している。
選択肢考察
- ×a. 喀痰吸引
喀痰吸引は、分泌物の貯留による気道閉塞に対して行う処置である。本例の咳嗽は痰を伴わず、呼吸困難の原因は分泌物ではなく腫瘍による気管の圧排・狭窄である。吸引しても狭窄そのものは解除されないため、呼吸困難の改善は期待できない。
- ×b. 光化学療法
腫瘍に集積する光感受性物質を投与した後にレーザー光を照射し、発生した活性酸素で腫瘍細胞を壊死させる治療(光線力学的療法:PDT)を指すと考えられる。光が届く深さが浅いため、適応は粘膜表層にとどまる中枢気道や食道の早期癌であり、根治を目指す治療である。気管外から圧排する進行癌には効果がなく、また効果が出るまでに時間がかかるため、緊急の気道確保にも使えない。
- ○c. ステント挿入
気道ステントは、狭窄した気管・気管支の内腔に筒状の器具(金属製の自己拡張型ステントやシリコン製ステント)を留置し、内側から支えて気道を開存させる処置である。外部からの圧排による狭窄にも効果があり、留置直後から換気が改善するため、本例のような切迫した中枢気道狭窄に対する処置として最も適切である。食道の狭窄に対して食道ステントを追加する場合、食道ステントの拡張力で気管の圧排がかえって悪化するおそれがあるため、気道ステントを先に留置するのが原則である。
- ×d. レーザー焼灼
Nd:YAGレーザーなどによる焼灼は、気管・気管支の内腔へ突出した腫瘍を焼いて減量し、内腔を再開通させる処置である。腫瘍が気道内に露出している場合には有効だが、本例の狭窄は主に気管外からの圧排によるもので、内腔に焼灼すべき腫瘍塊があるとは限らない。圧排型の狭窄を無理に焼灼すると気管壁の穿孔や気管食道瘻を招く危険もある。
- ×e. エタノール注入
気管支鏡下のエタノール注入は、気道内腔の腫瘍に無水エタノールを直接注入して壊死・縮小させる処置であり、レーザー焼灼と同様に気管内に腫瘍が露出している場合に考慮される。効果が現れるまでに時間がかかり、壁外からの圧排による狭窄は解除できないため、本例の緊急の気道確保には適さない。
食道癌の概要
・日本では組織型の約90%が扁平上皮癌で、好発部位は胸部中部食道。男性に多く、60〜70歳代に多い。 ・危険因子:飲酒(特に少量で顔が赤くなる、アルデヒド脱水素酵素2の活性が低い人)、喫煙、熱い飲食物など。頭頸部癌(特に下咽頭癌)との重複が多い。 ・食道には漿膜がないため周囲臓器へ浸潤しやすく、リンパ節転移も早期から起こる。 ・進行すると、嚥下困難、体重減少、胸痛のほか、反回神経浸潤による嗄声、気管・気管支への浸潤による気道狭窄や気管食道瘻(食事の際にむせて誤嚥性肺炎を繰り返す)をきたす。
悪性腫瘍による中枢気道狭窄への気管支鏡下治療
・内腔へ突出する腫瘍(内腔型):レーザー焼灼、アルゴンプラズマ凝固、高周波スネア、エタノール注入などで腫瘍を減量する。 ・壁外からの圧排(壁外型):気道ステントで内側から支える。 ・混合型:腫瘍を減量したうえでステントを留置する。 ・ステントは症状を速やかに改善し、その後の化学療法・放射線療法などを行う時間を得るための処置としても意義がある。 ・食道癌による食道と気道の両方の狭窄、あるいは気管食道瘻では、気道ステントと食道ステントを両方留置すること(ダブルステント)もある。
光線力学的療法(PDT)
・光感受性物質(タラポルフィンナトリウムなど)を投与後、腫瘍に特定の波長のレーザー光を照射して活性酸素を発生させ、腫瘍を壊死させる。 ・適応:胸部エックス線で異常を示さない中枢気道の早期肺癌、化学放射線療法後の局所遺残・再発食道癌など。 ・治療後しばらくは光線過敏症に注意し、遮光が必要となる。
POINT
・嚥下困難+体重減少+大量飲酒・喫煙歴→進行食道癌。 ・頸部のwheezes(喘鳴)は中枢気道の狭窄を示す。 ・進行食道癌は気管・気管支へ浸潤・圧排し、気道狭窄や気管食道瘻をきたす。 ・壁外からの圧排による気道狭窄→気道ステントで内側から支える。 ・レーザー焼灼・エタノール注入は気道内腔へ突出した腫瘍に、光線力学的療法(PDT)は表在性の早期癌に用いる。
