血糖は正常なのに尿糖4+―「薬が糖を捨てている」SGLT2阻害薬の落とし穴
第120回医師国家試験 F問題 第67問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,67~69の問いに答えよ。 65歳の女性。全身倦怠感と息切れを主訴に来院した。 現病歴:IgA腎症による慢性腎臓病と高血圧症で通院していたが,約3か月前から仕事(週5日のデスクワーク)が多忙であり,受診が中断していた。最終受診時に今後の腎代替療法について相談した結果,必要時には腹膜透析を導入し,将来的には夫からの腎移植も考慮することとなっていた。アンジオテンシン受容体拮抗薬とSGLT2阻害薬が処方されており,アンジオテンシン受容体拮抗薬の残薬はなくなったが,SGLT2阻害薬は残薬を規則正しく服用していた。1か月前から軽い全身倦怠感があり,同時期から自宅の2階まで上がると,軽度の息切れを自覚した。倦怠感と息切れが次第に悪化したため,救急外来を受診した。 既往歴:45歳時に腎生検でIgA腎症と診断され,同時期に高血圧症も指摘された。 家族歴:両親が高血圧症で,父親が糖尿病で治療中である。 現症:意識は清明。身長160cm,体重55kg。体温36.0℃。脈拍72/分,整。血圧186/80mmHg。呼吸数16/分。SpO2 97%(room air)。頸静脈の怒張は認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部に異常はない。両側下腿に圧痕性浮腫を認める。 検査所見:尿所見(食後2時間):蛋白2+,糖4+,潜血2+,尿蛋白/Cr比0.45g/gCr(基準0.15未満),沈渣に赤血球5~10/HPF,白血球0~1/HPF,円柱はない。血液所見:赤血球272万,Hb 7.5g/dL,Ht 25%,白血球5,200,血小板17万。血液生化学所見:総蛋白6.2g/dL,アルブミン3.7g/dL,AST 15U/L,ALT 8U/L,尿素窒素70mg/dL,クレアチニン5.0mg/dL,eGFR 7.4mL/分/1.73m2,血糖(食後2時間)110mg/dL,HbA1c 5.4%(基準4.9~6.0),Na 139mEq/L,K 5.3mEq/L,Cl 110mEq/L,Ca 8.2mg/dL,P 5.2mg/dL。胸部エックス線写真に異常はない。
尿糖陽性の原因はどれか。
- a.薬剤
- b.糖尿病
- c.血圧高値
- d.採血直前の食事
- e.尿潜血による偽陽性
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
尿糖は、血糖が腎糖排泄閾値(約160〜180mg/dL)を超えたときか、近位尿細管での糖再吸収が妨げられたときに出現します。本例は食後血糖もHbA1cも正常で、糖尿病や食事の影響では説明できず、規則正しく内服していたSGLT2阻害薬による薬理作用としての尿糖と考えられます。SGLT2阻害薬は尿細管糸球体フィードバックを介して糸球体内圧を下げる腎保護作用をもち、糖尿病のないCKDや心不全にも用いられます。尿糖試験紙はグルコース特異的で血尿による偽陽性は起こらず、本例の蛋白尿・血尿はIgA腎症によるものです。内服中は尿糖が血糖管理の指標にならないこと、正常血糖ケトアシドーシスなどの副作用に注意することも、日常診療で役立つ知識です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・背景: 45歳でIgA腎症と診断された慢性腎臓病(CKD)と高血圧症の65歳女性。約3か月間受診が途絶え、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)は飲み切って中断、SGLT2阻害薬だけを残薬で内服し続けていた。 ・症状: 1か月前からの全身倦怠感と、階段を上るときの息切れが次第に悪化。 ・身体所見: 血圧186/80mmHg(収縮期180mmHg以上でIII度高血圧)、両下腿の圧痕性浮腫。頸静脈怒張なし、心音・呼吸音正常、胸部エックス線写真正常で、明らかなうっ血性心不全の所見は乏しい。 ・尿所見: 蛋白2+(尿蛋白/Cr比0.45g/gCr)、潜血2+で沈渣赤血球5~10/HPF → IgA腎症による糸球体障害で説明できる。一方で糖4+と強陽性。 ・血液所見: Hb 7.5g/dLの貧血。MCV(平均赤血球容積)はHt÷赤血球数から約92fLで正球性であり、白血球・血小板は保たれている → 腎臓からのエリスロポエチン産生低下による腎性貧血が最も考えやすい。 ・腎機能・電解質: 尿素窒素70mg/dL、クレアチニン5.0mg/dL、eGFR 7.4mL/分/1.73m2でCKDのG5(eGFR 15未満、末期腎不全)。K 5.3mEq/Lの軽度高K血症、P 5.2mg/dLの高P血症、Ca 8.2mg/dLの低Ca傾向、Cl 110mEq/Lの高Cl血症(代謝性アシドーシスの存在を示唆)と、腎不全に伴う電解質異常がそろっている。 ・糖代謝: 食後2時間血糖110mg/dL、HbA1c 5.4%といずれも正常。
診断へのプロセス
IgA腎症を原疾患とするCKDが末期腎不全(CKD G5)まで進行した状態である。ARBの中断で降圧と糸球体内圧の軽減が失われたことも、血圧上昇や腎機能悪化の一因と考えられる。倦怠感と息切れは、腎性貧血、体液貯留、尿毒症、代謝性アシドーシスなどが重なった結果として説明できる。腎代替療法(透析・腎移植)の導入を具体的に検討すべき段階である。
設問の考え方
尿糖は、血糖値が腎臓の糖排泄閾値(おおむね160~180mg/dL)を超えて近位尿細管の再吸収能力を上回るか、近位尿細管での糖の再吸収そのものが妨げられたときに出現する。本例は血糖もHbA1cも正常なので、高血糖による尿糖ではない。そこで「再吸収が阻害されている」原因を探すと、規則正しく内服していたSGLT2阻害薬が該当する。SGLT2阻害薬は薬理作用そのものとして尿に糖を排泄させる薬であり、正常血糖でも尿糖が強陽性になる。
選択肢考察
- ○a. 薬剤
SGLT2(sodium-glucose cotransporter 2、ナトリウム・グルコース共輸送体2)は近位尿細管の起始部(S1・S2区域)にあり、糸球体でろ過された糖の大部分(約90%)を再吸収している。SGLT2阻害薬はこれを阻害して糖をそのまま尿へ排泄させるため、血糖が正常でも尿糖が強陽性となる。本来は糖尿病治療薬だが、ナトリウム再吸収の抑制により緻密斑へのNaCl到達量が増えて尿細管糸球体フィードバックが働き、輸入細動脈が収縮して糸球体内圧が下がる。この腎保護作用から、糖尿病のないCKDにも用いられており、本例もその目的で処方されていたと考えられる。本例で唯一規則正しく続けていた薬剤であり、尿糖4+の原因として最も合理的である。
- ×b. 糖尿病
糖尿病の既往はなく、食後2時間血糖110mg/dL(随時血糖200mg/dL以上や75g経口ブドウ糖負荷試験2時間値200mg/dL以上といった糖尿病型の基準に遠く及ばない)、HbA1c 5.4%(糖尿病型は6.5%以上)と、いずれも正常範囲である。父親に糖尿病があるという家族歴だけでは、糖尿病による尿糖とはいえない。
- ×c. 血圧高値
血圧が高いこと自体は尿糖の原因にならない。長期の高血圧で腎硬化症が進んでも主に傷むのは糸球体と細動脈であり、近位尿細管の糖再吸収能が保たれていれば尿糖は出ない。高血圧で増えるのは尿蛋白であって尿糖ではない。
- ×d. 採血直前の食事
食後に尿糖が出るのは、血糖値が糖排泄閾値(約160~180mg/dL)を超えたときである。本例の食後2時間血糖は110mg/dLと閾値を大きく下回っており、健常者でも食後2時間の血糖は通常140mg/dL未満に収まる。食事の影響では尿糖4+は説明できない。
- ×e. 尿潜血による偽陽性
試験紙法の尿糖はグルコースオキシダーゼ・ペルオキシダーゼ反応を使うグルコース特異的な検査であり、血尿やヘモグロビンの存在で陽性になることはない。むしろ尿潜血の試験紙はヘモグロビンのペルオキシダーゼ様活性を利用しており、ミオグロビン尿や酸化剤の混入で偽陽性、アスコルビン酸(ビタミンC)で偽陰性になる。本例の潜血2+は沈渣の赤血球増加を伴っており、IgA腎症による真の血尿である。
尿糖が出る仕組み
・糸球体でろ過された糖は、近位尿細管でほぼ全量が再吸収される。起始部のSGLT2が約90%、より下流のSGLT1が残りの約10%を担う。 ・再吸収には上限があり、血糖が約160~180mg/dLを超えると処理しきれずに尿糖が出る(腎糖排泄閾値)。 ・尿糖の原因は大きく分けて次の二つである。 1)高血糖型: 糖尿病、ステロイド投与、甲状腺機能亢進症、クッシング症候群などで閾値を超えるもの。 2)正常血糖型(腎性糖尿): SGLT2阻害薬の内服、先天的なSGLT2異常(家族性腎性糖尿)、近位尿細管障害(Fanconi症候群、多発性骨髄腫、重金属や一部の薬剤による障害など)、妊娠による閾値低下。
SGLT2阻害薬の要点
・代表薬: ダパグリフロジン、エンパグリフロジン、カナグリフロジンなど。 ・作用: 尿糖排泄の増加による血糖低下、軽度の体重減少・降圧、尿細管糸球体フィードバックを介した糸球体内圧の低下(腎保護)、心不全の予後改善。 ・適応: 2型糖尿病のほか、一部の薬剤は糖尿病の有無を問わず慢性心不全やCKDに適応をもつ。 ・注意すべき副作用: 尿路・性器感染症、脱水、正常血糖ケトアシドーシス(血糖がそれほど高くないのにケトアシドーシスを起こす)、インスリンやSU薬との併用時の低血糖。 ・服用中は尿糖が常に陽性となるため、尿糖は血糖コントロールの指標にならない。
本例の病態のまとめ
IgA腎症によるCKDが末期腎不全に至り、腎性貧血、高K血症、高P血症・低Ca傾向、代謝性アシドーシスを伴っている。受診中断によるARB中断で血圧が上昇し、病状悪化に拍車をかけたと考えられる。
POINT
・血糖・HbA1cが正常なのに尿糖が強陽性なら、まずSGLT2阻害薬の内服を疑う。 ・腎糖排泄閾値は血糖約160~180mg/dL。これを超えない限り、食事や糖尿病で尿糖は出ない。 ・SGLT2阻害薬は糖尿病がなくてもCKD・心不全の治療に使われる。 ・SGLT2阻害薬内服中の尿糖陽性は薬理作用であり、異常所見ではない。 ・IgA腎症による蛋白尿・血尿と、薬剤による尿糖を区別して読む。
